第五十一話 戦後処理無双
神聖ヴァダリス教国の神聖騎士団を二度に渡り撃退し、戦争に参加した騎士たちの四分の三は倒した。
事実上、教国と大霊連合の戦いは、大霊連合の勝利で終わったと言っていいだろう。
自称神を名乗る存在を撃退した日から一週間、俺は戦場の片付けに参加していた。
自称神の爆発を起こす術で、森が広範囲に渡って吹き飛ばされた上に、砕けた木々や土砂、それに数万の騎士の死体が森中に飛び散ってしまっている。
クレーターはどうにもならないとしても、ある程度は片付けておかないと、野生動物や魔物の縄張りが大きく変動して人々の生活に影響が出るかもしれないし、エルフたちは傷ついた木々の治療もしてやりたいと思っているようだ。
獣人たちは主に、戦場付近から移動してしまった魔物が、村や町を襲わないように警備にあたっている。
ドワーフたちは、せっかく作った砦が壊されたのを嘆き、どうせだからクレーターの外縁を使って新たな砦を作ろうと張り切っているらしい。
一度目はともかく、二度目の戦いでは一人の死者も出なかったことが、彼らが前向きになる助けになっているようだ。
俺も『空間収納』をフル活用して、瓦礫の回収を頑張ろう。
◇
さらに数日経過し、俺は一度、遺跡の街に戻った。
冒険者ギルドを訪れ、ギルドマスター・アーヴスに事の次第を報告した。
それを受けて、再び戦時体制に入っていた遺跡の街も、日常を取り戻した。
連合の人々が街からいなくなったという意味でも、それ以前の街の様子に戻っていくのだろう。
これからしばらくは、街と森を行き来するか。
しかしもう、すっかり冬だなあ……。
◇
終戦から一月ほど経過し、森はクレーター周辺を除き、ほぼ元に戻ったようだ。
俺が立ち寄ったのは獣人の街だけだが、みんな笑顔だったように思う。
それと、教国の周辺六カ国へ、隣国が攻め入り始めたらしい。
どの国も王都が落とされ、王族が殺されていたそうで、教国が大霊連合に負けて大きく戦力を落とした今が攻め時――と各国は判断したと考えられる。
例外なのはセプテン王国の隣国メディオウス王国で、ここは第三王子レックスがセプテンの第一王女と婚約関係であるため、あくまで『セプテン王都・セプトの開放』を目的としているそうだ。
まあ、実際のところは、王族が王妃と王女しか残っていない以上、結婚したら自動的に第三王子が王位に就くわけで、事実上、属国扱いになるんじゃないだろうか。
第三王子自身は俺の知る限り善良な人柄だから、悪いことにはならないと思うが……さすがに国同士のことは何とも言えないなあ……。
とりあえず俺は、途中になっていた魔道具の研究でも続けるかね。
あーでも、レベル上げもしなきゃなあ。
◇
さらに一月ほど経過した頃、件の六カ国は全て占領、あるいは開放されたそうだ。
これほど時間がかかったのは、各王都にいた神聖騎士が恐ろしく激しく抵抗したかららしい。
おそらく『瘴気』を用いた術を使いまくったのだろう。
あれは、対処法を持っていなければ、本当にどうにもならないからなあ……。
しかしまあ、ここまで来れば俺が心配しても仕方がない。
ということで、そろそろ遺跡の街からも大霊の森からも離れよう。
さて……次に向かう場所は、どこにするべきか。
――と考えていたとき、第三王子から冒険者ギルドにメッセージが届いたとギルドマスターに呼び出された。
それによると、何万人もの平民がセプテン王国に押し寄せているという。
しかも彼らは教国の国民で、飲まず食わずで、眠りもせずに歩き続け、「神のために」としか喋らないらしい。
そして、人によっては神聖騎士同様、黒い靄を発している――と。
(完全に洗脳だよな、これ……)
あの自称神が言っていた「次」ってのが、これか?
しかし、一体何のためにこんな行動をさせているのかが解らない。
自国民を洗脳して、死の行進をさせる……死なせるのが目的?
「失礼します!」
俺が考え込んでいると、ギルドの職員がギルドマスター室内に駆け込んできた。
「どうした?」
「ソーラ様にお客様が……先日のエルフの方です!」
驚いたギルドマスター・アーヴスが問うと、職員は俺に向かってそう告げた。
――こりゃあ、または波乱の予感だぞ。
◇
先日のエルフというのは、一度目の教国戦で俺を呼びに来たシェリアさんだった。
彼女の話では、大霊の森でもセプテン王国同様のことが、それも数倍の規模で起きているらしい。
今のところは、ドワーフの大盾隊だった者たちが中心となって、洗脳されている人々の瘴気を浄化することで対処しているそうだ。
残念なことに、浄化された途端、眠るように死んでしまう人もいるという。
……なんとも、胸糞悪いとしか言いようのない状況だ。
無事、というか、生きている人はクレーターの砦で保護しているらしいが、数が数だから、早晩、どうにもならなくなるだろう。
「解りました、行きましょう」
説明を聞き終え、俺は即座に大霊の森に行くことを決断した。
◇
クレータ砦は、思っていた以上の混沌とした様子になっていた。
どういうわけか教国の人々は、まっすぐ砦に向かってきており、間に障害物があってもお構いなしに歩いては、転んだり、ぶつかったり、水場に沈んでしまったりする。
とくにクレーター湖になっている場所では、浄化が間に合わなかった人が、さながら入水自殺を図っているかのような有様だ。
ひとまず、浄化役は俺が引き受ける。
使うのは光属性の魔法、『浄化光』だ。
俺の魔力量なら、数万人程度は苦もなく浄化できる……のだが、ある程度の範囲に留めておかなければ、将棋倒しになって死傷者が出かねないため、浄化された人から順番に、回収役の森の住人たちに連れ出して貰う必要がある。
そのため、全ての作業を終えるのに六時間ほどの時間がかかった。
驚いたことに、なんと総数、四十万人を超えていた。
これから、この人々が元気になるまで面倒が見れるのだろうか。
――いったい、これほどの数の人々を他国で死なせて何をしようとしているんだ?
あの自称神は……。
おそらく、六カ国でも同じことが起きているのだろう。
となると……下手をすれば百万人近い死者が出るはずだったということになる。
こうしている間にも、各国では死んでいく人が多くいるのだろうが……。
「ソーラ、何を考えているんだ?」
クレーター湖の畔でぼんやりしていると、エルフの魔法戦士・ミスティがやってきた。
同じ戦場に立って以降、いろんな仕事を共に過ごした彼女は、何かと俺に気を使ってくれている。
「ん、あー……どこまで勝手やって良いのかなあ、ってね」
もちろん他国のことに介入して良いのか? という意味だ。
この森でやったように、俺ならあっという間に『死の行進』を止められる。
だが、場合によっては、助けて迷惑がられる可能性もある。
――たとえば、行進してくる人々を、『敵』、『教国軍』と見たい国などだ。
六カ国の近隣国で、それぞれの隣の国を占領した国であれば、無力な人々の群れを『敵軍』とみなすことで、教国への侵攻を正当化できる――と考えないとも限らない。
その場合、俺は『敵軍を助けた』なんてイチャモンを付けられかねないのだ。
そうなれば、その国にとって俺は重大な犯罪者とされるだろう。
権力の前では、一人の冒険者なんてミジンコみたいなもんだしねえ……。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」
「仮面でも被っておけばいいだろう?」
ミスティの反応は至極軽いものだった。
しかし、言われてみればそうである。
「……そうだね。仮面つけて……うん、見返りを求めず民を救済する、『仮面の聖者』とでも名乗るか」
「ははは、それは良いな!」
やたらとカッコつけた名前がツボにはまったのか、ミスティは大笑いし始める。
その笑顔に、俺は気持ちが軽くなっていく気がした。
さて、そんじゃあ『仮面の聖者』出動と行きますか!
◇
セプテン王国を皮切りに、俺は教国周辺の六カ国を、文字通り飛び回った。
『死の行軍』を続けてきた人々への負担が気にはなったが、時間を重視し、まず回復魔法をかけ、闇属性の魔法『麻痺』で行軍を停止させて、それから浄化を行う。
最後にもう一度回復魔法をかけ、地属性で作った巨大な桶――サイズ的には完全にプール――に飲水を大量に用意してから次の場所へ移動する。
という工程で、目につく限りの行軍を丸一日ほどで止めた。
やはり、マッハで移動できるのが物凄く大きかったよ。
それから翌日にはもう一周し、水の補給と簡単なスープの用意をする。
時間属性のレベルが上ったことで『空間収納』内の時間経過がさらにゆっくりになったので、売っていなかった肉類が大量にあったのが良かった。
魔法のおかげで、巨大石鍋で一気に茹でまくれるから楽ちんだしね。
塩もびっくりするほど大量に消費したけど、まあ、数十万の人を助けたことからすれば、些細な出費だろう。
――とはいえ、俺が助けるまでに、すでに数万人は死者が出てしまっていたのも事実。
気分は一気にダウンである。
自称神の目的が何なのか解らないが、多くの人を殺すことで達成れるものだと考えると……やはり、生贄か?
神に類する者、あるいはそれに従う者が行う儀式となると、それくらいしか思い浮かばない。
今回のことが、もし生贄を捧げる儀式であるなら、その先に起きるのは神の復活とかかなあ……。
でも、自称神がどこでどうなっているのかなんて、知る由もない。
「あー……いやー……アレか? 大霊ってもしかして……」
これはちょっと、森の人たちに確認してみる必要があるか。
しかし今回は、あやうく無双されるところを止められた、ということでいいのかな?
とりあえず、森に戻ろう。




