第五十話 ???無双
俺と神聖騎士団長マック・プルートの戦いを見ていた『大霊連合』の戦士たちから、大歓声が上がった。
巨大な悪魔騎士と化した男――それも無尽蔵の瘴気を持って、どんな負傷も再生する者――を相手取って圧勝してみせたのだから、当然といえば当然だ。
しかし、実のところ戦闘は終わっていない。
悪魔化した軍勢三万は未だ健在で、ドワーフの大盾隊は、どんどん消耗して櫛の歯が抜けるように数を減らしている。
魔力が枯渇した者は即座に後方に退避させているため、死者は出ていないが、けが人は無数に出ているし、もはや戦線崩壊は時間の問題だ。
まあ、俺が教国軍の後方から攻撃すれば良いといえば良いのだが……。
「何だ……?」
――そのとき、戦場に怪しい空気が流れた。
戦いの熱気に、ゾッとするような冷気が混ざったのだ。
その空気の動きは、悪魔の軍勢上空にあるように感じる。
「!」
俺が空を見上げた次の瞬間、戦場全域に広がっていた瘴気が、一気に収束を始めた。
それは悪魔たちの瘴気さえも吸い上げ、衰弱させてゆく。
ビーストデーモンたちがまとっていた黒い炎はかき消え、デーモンゾンビたちは力を失い倒れ、死体に戻る。
さっきまでの好戦的な雄叫びとは真逆の、悪魔たちの悲鳴が森にこだました。
「オ……」
全ての悪魔が地に伏した頃、上空に生まれた瘴気の塊から声らしきものが漏れた。
それと同時に、莫大な瘴気が圧縮されてゆく。
「マズイ! ……『空間結界』!」
俺はとっさに『飛行』で塊へと近づきながら、連合との間に割って入り、円錐形の巨大な――底面の直径は三キロほどにはなるだろう――結界を発生させる。
それとほぼ同時に、恐ろしい轟音と閃光、そして衝撃波が戦場を襲った。
すぐに耳は聞こえなくなり、閉じた目にも焼付きが起こる。
上も下もわからなくなり、俺は自分の位置を見失った。
「『高速治癒』!」
即座に魔法を使い、耳と目を回復させる。
そこに飛び込んできたのは――瘴気の塊から発せられる咆哮と、直径十キロはあろうかというクレーターが穿たれた森の光景。
「まるで、『核』みたいな破壊力だな……」
背筋に寒いものを感じながら、俺は衝撃で吹き飛ばされている『大霊連合』の戦士たちを治療すべく地上に降りた。
みんな大怪我を負っているが、死者は出ていないようだ。
とっさに結界を張っておいてよかった……
「『高速広域大回復』!」
一瞬で傷を治癒させる広範囲回復魔法で、どんどん負傷者を回復させてゆく。
意識が回復しない者もいるだろうが、それは周囲の者にどうにかしてもらおう。
「問題は、アレか……」
一通り、治療し終え、俺は上空を見上げた。
もはや咆哮なのか風鳴なのかわからなくなった音は、相変わらず鳴り響いている。
「オオオオォォォ……ノレ……」
音が止まった、と思いきや、何らかの感情が乗った言葉が発せられた。
「オ、ノレ……ヒト、ゴトキ、ガ……」
恨み言か。
瘴気の塊は凝縮され、徐々に人――いや悪魔の姿をとり始めた。
「マック・プルート……いや、違うか」
俺が倒した悪魔騎士そっくりの姿形になっているが、口から漏れる言葉は、どう聞いても人のものではない。
「コノ、ワレ、ノ……ジャマ、ヲ……シオッ、テ……」
おいおい……もしかして、これ教国の言う『神』じゃないか?
「シ、ネ」
奴はそう言うと、おもむろに右手を上げた。
その掌には膨大な量の瘴気が集まっている。
――また、さっきの爆発を起こす気か!
「チィッ!」
俺は盛大に舌打ちしながら、悪魔に突進し、『震電』でその右腕を切断、『空間結界』で隔離した。
すぐに爆発が起きるが、今度は完全に閉じ込めたため、大した音は聞こえてこない――が、結界が破壊され、衝撃波に吹き飛ばされた。
「マジかよ……そう大した魔力は込めてなかったが、『空間結界』が破られるとは……」
俺は空中で態勢を立て直し、驚き、つぶやく。
これまで『空間結界』は一度として破られたことはなかった。
それこそ、遺跡の第五十区画の悪魔『デーモンロード』の攻撃すら通さなかったのだ。
――それが破られたということは、少なくとも奴の力はデーモンロードを凌駕しているのは間違いない。
俺が吹き飛ばされたあと、数秒もせず悪魔の右腕は再生していた。
はてさて……奴の瘴気は無尽蔵なのかどうか……。
「試してみるしかないか!」
俺は気合とともに魔力を放出、新たな魔法を形成してゆく。
「行け! 『八岐大蛇』!」
俺の手元から、八つの頭を持つ蛇の姿をした水と光の合成魔法が放たれた。
それは俺の魔力で際限なく伸び、悪魔の体に絡みついてゆく。
光を内包した水は、さながら聖水のように瘴気を浄化し、徐々に奴の動きを鈍らせている。
――どうやら供給は止まっているようだな。
「ウットオシ、イ」
悪魔の不満げな声が響き、その体から漏れた瘴気が爆発し、大蛇を消しとばす。
が、それは二発目までとは比べ物にならないほど小さな規模だった。
消耗するのを嫌ったか……? それなら削るか。
一番早いのは、『震電』と『紫電改』で斬りまくることだが……近づきすぎるのは危ないか。
「なら……『次元斬』!」
ほとんどの魔法は瘴気で相殺されてしまうが、空間ごと切断する『次元斬』なら問題なく通る。
問題は発動に少しだけ時間がかかることだが、相手の隙きを狙えばどうにかなる。
――悪魔の体の正中線に沿って『次元斬』が両断した。
「ガッ」
苦悶の声が上がり、奴は真っ二つになった――が、即座に瘴気が体をくっつけ修復を開始する。
そこで次の『次元斬』を放ち、修復され、次を放ち――と何度も何度も繰り返させる。
一回ごとに瘴気が消費され、徐々に放出される量が減少してゆく。
特に、頭、首を切断すると、大きく消耗するようだ。
「オノ……ゴッ」
怨嗟の声を中断させるように、口から上を斬り飛ばす。
当然、あっさりくっつくのだが、そろそろ厳しくなってきているようだ。
俺の方も魔力を大量に消費しているが、まだ二十パーセント減というところ。
まだまだ余裕がある。
「オノ、ゲッ……ェエエエエエ!!」
また文句を言われそうだったので、切り飛ばしたが……お構いなしに叫ばれた上に、爆発をぶっ放してきた。
当然、悪魔の頭が吹き飛ぶが、俺も同時に後退させられる。
「ガハッ、はぁはぁ……おのれ、下賤な人ごときが……!」
頭はどうなるのか、と思ったら、下顎のところからズルっと新しいのが生えてきた……そんな無茶な……。
しかも何か、言葉が流暢になっている。
「もはや、大した力は残っておらんか……」
あ、自分で言っちゃうんだ。
まだ、余裕があるかと警戒していたのだが……。
「まあ、いい。まだ、次がある……だが、今回はここまでだな」
まだ何かするつもりなのか? と思ったのだが、悪魔はその姿を瘴気に変え始めた――いや、姿を保てなくなったのか。
「覚えていろ、傲慢なる人族よ。貴様は、神に刃を向けたのだ」
「いや、この世界にいるのは、神じゃなくて管理者だろ」
自信たっぷりに宣言する自称神に、おもわずツッコミを入れてしまった。
「なっ……!?」
俺の言葉に驚愕の声を上げる自称神。
そりゃそうだよね、普通は管理者がいることなんて、人々は知らないよね。
ちょっと、うかつだったかも……。
「きさっ……」
何事か叫ぼうとした自称神だったが、残念ながら、その前に完全に消滅した。
……面倒なことになりそうだなあ。
だいぶ無双された感じだが、まあ、犠牲者が出なかったから許容範囲内だろう。
あとは、まだ意識が戻っていない者たちの搬送と、戦場の片付けかな。
しかし、神を名乗る者か……管理者のことも知っているようだったし、本来の力は相当なものがありそうだ。
まだまだ、力を蓄えておかないといけないなあ……。