第四十八話 震電・紫電改無双
「ふん!」
ガキリ――と音を立てて大太刀が弾かれ、俺とマック・プルートは互いに後方へと飛び退る。
どうやら相手は少し時間が欲しかったようだ。
――となれば、次の行動は大技か?
「神力武装!」
そう発声したマック・プルートの体から莫大な瘴気が放出され、その巨体を覆い隠す。
「気をつけろソーラ! そのスキルは、あの騎士がダークナイト化したものだ!」
獣人たちを連れて後退しつつ、ミスティが警告の声を飛ばす。
なるほど……体を瘴気で覆い、擬似的に悪魔の力を使えるようにする――といったところか。
塞がれた視界の中、『瘴気感知』で濃度の変化する様を捕らえた俺は、『神力武装』がどういうものなのか考察した。
おおむね間違っていないと思うが……体内の魔力が殆ど残っていない状態での行使は『擬似的に』では済まないのは、前回のダークナイトで判明している。
そしてその予想通り、瘴気の失せた後に現れたマック・プルートの姿は、到底、人間味のないものだった。
何しろ身長は四メートル以上あるし、ずんぐりとした体型はさながら全身鎧を身に着けたゴリラのようだ。
腕だけで俺の体全体より大きそうなのに、その右手に人間用の片手剣を握っているものだから、剣がまるでナイフのように見える。
柄がやたらと長かったのは、このためか……。
一方、左手に持ったラウンドシールドは、拳のみを隠す小さなターゲットシールドになっている。
こちらも違和感なく握っているということは、あらかじめ用意していたということだろう。
ただ、どちらも少々窮屈そうな感じを受けるので、普段より体格が大きくなっているのかもしれない。
やはり、瘴気の侵食が進んでいるのか……。
「……すぐに終わらせる。『瘴気変化』!」
「なに!?」
マック・プルートが口を開き、再びスキルを発動――すると剣が全長三メートルほどの禍々しい黒さを帯びた大剣へ、盾は幾つもの捻れた角の生えたスパイクシールドへと変化した。
二段階目があったとは……。
しかし、大きさはともかく、こんな姿の悪魔は遺跡でも見たことがない。
「ゆくぞ!」
――ドカン!
「うぃっ!?」
文字通り足元を爆発させながら、さっきまでより速い踏み込みで接近してくる巨大騎士。
振り下ろす大剣は必殺の破壊力が込められている。
かろうじて真っ向唐竹割りを避け、俺は相手の内懐に活路を見出す。
地面をえぐった刃が大量の土砂を舞い上げ俺の背を叩くが、努めて無視する。
――リィイイイイイ。
鈴虫の羽音を響かせ、高速振動大太刀『震電』がその刃をブレさせた。
伸び切った右腕を狙ったその一撃はしかし、スパイクシールドに阻まれる。
盾によって斬撃の角度を変えられた俺は、無防備な背中を晒す格好になった。
当然、そこを狙われるが、右足を浮かせたことで回転のベクトルを横から縦に変え、仰向けになりながら下段の構えに移行、横薙ぎされた騎士の大剣を頭上へと受け流す。
そのまま半回転した俺は、右足を着地させ下半身を固定、再び回転ベクトルを横に戻し、上半身を起こしざま巨大騎士の脇腹を薙いだ。
しかしーー。
「にぃっ!?」
またしても盾に受け止められた。
マック・プルートもまた、回転の勢いを上手く利用しているのだ。
崩された体勢をも、盾を振るう為の予備動作としている――まさに達人技。
とはいえ、十分な態勢でなかったことも事実で、続けて放たれた一撃は、あくまで牽制に過ぎなかった。
どうも、剣より盾のほうが得意っぽいな。
剣にばかり気を取られていれば、盾で殴り殺されそうな予感。
両手の武具を振り回されているからか、ちょっとミスティとの訓練を思い出す。
あのときはリーチとパワーで勝ることで対処したが……今回はどちらも上を行かれ、手数も負けている。
となると――。
「まだまだ未熟だが……やるしかないか」
俺はそうつぶやき、『空間収納』から一振りの刀を取り出した。
それは紫水晶のような色と透明度の刃を持っており、刀身には幾つもの魔文字が刻み込まれている。
「……」
巨大騎士も、その刀の異様な存在感に警戒感を強め、盾を構え直した。
その判断は正しい。
正しいが――。
「どこまで上手くいくかな?」
俺は右手に『震電』を握り、左手に紫水晶の刀を体の前に構える。
魔力を流し込まれた刀は徐々に刃の輝きを増し、刀身に紫電を奔らせ始めた。
「今度はこっちから――」
――行くぞ!
鋭く呼気を発し、俺は鋭く踏み込むと右手の『震電』を振り下ろす。
マック・プルートは、俺の左手を警戒しながらも大太刀を盾で受け止めた。
しかし『震電』はガードさせるために振ったのだ。
弾かれる前にさらに踏み込み、左の刀を巨大騎士の胸元へと奔らせる――だが、そこにはすでに盾が構えられている。
「シッ!」
それでも俺はお構いなしに、左手を全力で振り抜いた。
――そして、その刃は何の抵抗もなく通過する。
「何っ!?」
直後に響くのは、騎士の驚愕の声。
それもそのはず、しっかりとガードしたはずの盾は、紫水晶の刀によって、真っ二つに切り裂かれていたのだ。
超振動する『震電』の刃すら防ぐスパイクシールドを、易易と両断する――おそろしいほどの切れ味だった。
「なんだ、その剣は……!? まさか遺跡産の魔剣か……?」
「残念ながら違う。こいつは俺が試行錯誤の末に作り出した、オリジナルの魔導剣」
鉄壁を破られ動揺するマック・プルートに、俺は冷静に返す。
――さあ告げよう、この刀の銘を。
「その名も『紫電改』! 瘴気を中和し、切り裂く、光と闇の合成属性を帯びた、悪魔殺しの魔導剣だ!」
光と闇の合成は、かなりの難物だった。
そもそも俺は、瘴気対策の大部分をバカ魔力で賄っていたのだが、他者に色々と教えている内に、「これ無駄だなあ」と思ったのだ。
そこで、どうせなら最近まで試行錯誤していた魔道具でどうにか出来ないか? と考えた。
とはいえ、光と闇の二属性の道具をいちいち持ち替えたり取り出したりして使うのも手間だし、せっかくだから一つにまとめちゃおう! と合成を実行。
そして、見事に失敗した。
普通に考えて、相反する属性の筆頭みたいなこの二つを合成するのは無理だったのだ。
しかし、どこかに抜け道がないかと、俺はしつこく試した。
素材の変更、使う魔石のランクでの違いの調査、魔文字と文様の組み合わせ方、そして配置……結果的には、その全てが必要だと判明。
素材は全て上級の魔石にし、刻む文様はそれぞれの属性の魔力放出形式を模したデザインに。
そして配置は裏と表に――これで上手く……いきかけた。
融合しそうな雰囲気を醸し出しつつ、雲散霧消するのだ。
もはやここまでかと諦めかけた――しかし、俺は思いつく限りの手を講じ、抵抗した。
最終的に至った結論は『イメージに沿ったものを作る』こと。
魔法の基本であり、極意。
魔道具を作ることは、これと、ある意味で同じ部分があったのだ。
俺の中の光と闇の融合した姿とは? それは『闇の光』、つまり黒い光である。
そしてそれを発するに適した魔道具の姿形は――紫の魔石。
こんな単純なことで上手くいくの? というくらい、すんなり黒い光が発生した。
実際に使ってみたところ、浅い階層では高い効果を発揮したのだが……二十区画にもなると、「まあ、意味なくもないかな」くらいにしか効かなくなった。
単純に魔石から黒い光を出すだけのものだから、広範囲の瘴気を薄める意味はあっても、悪魔を直接害するほどのものではない。
あと、地味に黒いのにまぶしい。
そこまでくると、もう「やりたいようにやろうぜ!」という気分になってくる。
ということで、俺は実用性皆無であろう『魔石製の刀』を作った。
結果的に、これが大当たり。
無意味に光を放たず、触れた途端に絶大な破壊力を発揮する――まさに、理想の対悪魔兵器だ。
とはいえ、所詮は魔石だ。
何度も、あるいは強めの悪魔を相手に振るっていると、あっさり折れてしまう。
そこで俺は、魔文字による耐久力の向上に着手。
まずは垂れ流しになっている魔力をオン・オフできるようにするため、鋼鉄で柄と鍔を作成し、刃のみを魔石で作る。
それから刃には光と闇以外に、『靭性強化』『衝撃吸収』『先鋭化』の三つを刻む。
これで魔力の消費は大きくなったが、鋼鉄の剣程度の耐久力を得ることに成功し――『紫電改』は完成したのだ。
ちなみに『改』なのは、魔石製を初代『紫電』と位置づけたから……あと、カッコイイからだ!
俺の中にも、まだ中二病が眠っていたんだねえ……。
「ぬおおおお!!」
思わぬ驚異の登場に、守勢に回るかと思いきや、マック・プルートは雄叫びを上げて突っ込んできた。
しかし俺は慌てず、振り下ろされた大剣を『紫電改』であっさりと両断する。
左腕を振った勢いで右足を踏み込み、巨大騎士の脇の下を通過しつつ、そこに右手の『震電』を叩き込んだ。
他に比べれば装甲が薄かったか、マック・プルートの右腕が切断され宙を舞う。
「ぐっ!」
そのまま手首を返して横薙ぎに刃を振るい、右ひかがみに『震電』を潜り込ませて両断、さらに回転を利用して『紫電改』を左ひかがみに突っ込む。
「があっ!」
身を捻って左足を切断、仰向けになるように回転軸の角度を変え、倒れまいと手を突き出したために開いた左脇を『震電』でぶった切る。
「ぐおおっ!!」
あいにく左腕は切り飛ばせなかったため、マック・プルートは跪く格好でこらえ、俺の連撃はそこで止まった。
――左腕の後に首を落とすつもりだったのだが、巨大な肩アーマーが邪魔で無理だった。
俺も、まだまだ未熟ということだな。
「ぐ、ぬううぅ……!!」
兜の中で、痛みに苦悶の声を漏らす巨大騎士マック・プルート。
その姿はすでに見る影もないが、まだまだ力は残っていそうだ。
それに、親衛隊っぽいデーモンセントールが俺の邪魔をしに来ている。
ミスティと獣人族が撤退したあとマック・プルートの戦いを邪魔しないように静観していたのは、彼が勝つと思っていたからだろう。
慌てて長を守ろうとしている。
あっさり勝利とはいかなかったが、ここまでの展開は悪くない。
まあ、『紫電改』のお披露目としては、なかなかの無双ぶりだったと言えるであろう。