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第四十七話 悪魔無双

 凄まじい速度で剣と盾が何度も振るわれる。

 そして二刀もまた、恐ろしい速度で動き続けている。

 金属同士のぶつかる甲高い音が間断なく戦場に響き、制空圏に近い者たちは巻き込まれぬように、慌てて距離を開けた。


「おおっ!」

「むん!」


 ミスティの気合の声に連動して彼女を覆う光が強さを増し、敵将マック・プルートの気迫で瘴気が濃度を高め光を抑え込む。

 互いの力で空間を奪い合うような戦いに、誰もが息を呑んだ。


 自然に、ミスティの後方に獣人が位置取るようになり、精霊による光の恩恵を受けながら騎兵たちに対処する。

 一方、教国側は、敵将の瘴気が濃くなればなるほど、その力を増しているようだ。


 それもそのはず、つながったままのエネルギー供給ラインは、騎士たちにドンドン瘴気を送り込んでいるのだ。

 全身鎧に身を包んだ騎士たちの顔は窺えないが、いや増す雄叫びと荒々しい動きが、常軌を逸した力を発揮していると理解させる。


 西にいる騎士たちは前進しながら黒い炎を連発し、ドワーフの大盾隊を徐々に徐々に消耗させてゆき、その後方にいる騎士は、連合の突撃部隊が使った土の防壁を上って通路として利用し、前進を始めた。


 もちろん連合側も、何もしないわけではない。

 敵に利用され始めた土壁は即座に『泥遊び』で崩され、それでも前進する騎士の足元を大小様々なサイズの『落とし穴』で耕し、不安定にさせる。


「大盾隊! アレ行くぞ!」


 一瞬の間隙を縫い、後方のエルフから指示が飛ぶ。

 するとドワーフたちは大盾をほんの少し斜めに構え直した。


「『石転がし』!」


 光る急坂が出来上がったところで、精霊魔法が放たれる。

 それは、大きな丸い石を転がす、というだけのもの。

 しかし、ここでは絶大な効果を発揮した。


 なにしろ十メートルほどの高さから落ちてきた回転する石が、勢いよく坂を下って最前線にいる騎士たちに向けて殺到するのだ。

 見たままそのまま、土砂崩れのように人が飲み込まれてゆく。


 そして地面は『泥遊び』と『夕立ち』で水浸しだから、転倒したが最後、生き埋めになった上に溺れてしまう。

 魔法も物理攻撃も効きにくくなったとしても、それ以外で対処する――見事な作戦だった。


 数と勢いに押されてはいるが、全体的には悪い展開ではない――そう思っていた。

 だが、その認識は、少々甘かったようだ。


「なんだ?」

「地面が……乾いている?」


 防壁前の地面から蒸気が立ち上り、大盾隊から戸惑いの声が漏れる。

 確かに、ところどころ覗いている地面が泥沼から乾いた土に戻っていっていた。


 不意に黒い炎が上がり、地面に横たわっていた騎士がうごめく。

 さっきまでは瘴気すらも失っていた騎士が、だ。


「なっ」

「こ、これは……!」


 ついに騎士が、黒い炎を伴って起き上がる。

 味方に踏みしだかれ、ひしゃげた鎧をギシギシと鳴らしながら……。


「……マジかよ」

「本当に、悪魔になったのか……」


 ボロリと、潰れた兜が転がり落ちる。

 その下から現れたのは、真っ黒な顔。

 ――それは遺跡の第二十五区画に現れる、『デーモンゾンビ』そのものだった。


 大集団で襲いかかってくる真っ黒いゾンビに、初めて遭遇したときは肝をつぶしたものだ。

 とはいえ、膂力は侮れないものがあるものの、他に見るべき能力もなかったので、さっさと殲滅するようになった悪魔だ。


 だが、問題は死者が悪魔に変化したこと。

 この戦場には、騎士たちの持つ瘴気が大量に蔓延している。

 そして死者が悪魔になるなら、瘴気を持っている者はどうなのか?


 ――答えは『悪魔になる』、だ。

 前回の戦いで現れた『ダークナイト』も、それだったのだろう。

 おそらく、瘴気は魔力と入れ替わる形で人体を侵食し、馴染みきったら人を悪魔化させるのだ。


 となると、今現在この戦場で行われている『瘴気の常時供給』は――。


「うがああああ!!」

「ぐ、おおおおお……!!」


 どうやら、始まったようだ。

 ついさっきまで荒ぶっていた騎士たちが、立ち止まり頭を抱えたり、胸をかきむしろうとしながら悲鳴を上げる。


 鎧の上に突き立てられていた爪が伸び、ひどく不快な音を立てて金属の表面を削る。

 兜を突き破って捻れた二本の角が現れる。


 骨格が変形し、大きくなった体が服を破り鎧を吹き飛ばす。

 獣のような形に変形した後ろ足から伸びた爪が、ブーツを突き破って地面に突き刺さる。


 露出した肌は黒々とぬめり、顔も虎のように平たく鼻面の長いものに変化している。

 ――その姿は、遺跡の第三十六区画に現れる悪魔、『ビーストデーモン』だ。


 ……はてさて、あの将は悪魔化のことを把握していたのかな?



 俺の目が離れている間も、マック・プルートとミスティの戦いは続いていた。

 やはりエネルギー総量の差で、ミスティはすでに疲労困憊だ。


 しかしマック・プルートは今、それどころではない。


「な、何だ!? 何が起きているのだ!?」

「……ソーラの予想した通りになったか」


 対峙している二人の反応は両極端だ。

 予想していた者と、していなかった者――その違いが如実に現れていた。


「何を知っている!」

「別に、特別なことではない。貴様らの使っている力が『どういう物か』を知っている者なら、誰でもいつかは思い至ることだ」


 焦りを含んだマック・プルートの言葉に対し、ミスティの反応は冷静だ。

 要は『遺跡の悪魔』と『教国の騎士』の双方を知っていれば、自ずと答えが出るということ。


 これはつまり、遺跡の街で活動している冒険者なら、誰でも気づく可能性がある結末なのだ。


「勿体ぶりおって……言え! 何なのだ、これは!」

「……悪魔だよ」

「何……?」


 怒り、恫喝するマック・プルートだったが、ミスティに至極あっさりと答えられ戸惑う。

 悪魔がなんだ? という困惑もあるのだろう。


「貴様らが使っているのは『瘴気』。悪魔が使っている力だ。そして悪魔化した者は、魔力を全て失っていた……つまり、瘴気が魔力を打ち消し、人を悪魔に変えたのだ」


 ミスティは、さらに詳細を説明する。

 彼女には「少し煽ろう」程度の意図しかないと思うが、マック・プルートにしてみれば「お前が部下を悪魔にした」と突きつけられるに等しい。


 なにしろ彼は、騎士たちにバンバン瘴気を供給していたのだから。


「ありえん……」

「だが、これが事実だ」


 ミスティが、マック・プルートの否定の言葉を否定する。

 なかなか辛辣な対応だ。


「『神力』が、悪魔の力だと……? では……では、我が神は一体……」

「答えは一つしか、ないのではないか?」


 これはいけません。

 マック・プルートの衝撃を測りそこねているミスティが、煽るのをやめない。


「いいや……いいや、違う! 我が神は唯一にして全能・至高の存在! 『神力』は神に選ばれし者の証! 我らは信徒として、地上に遍く神の教えを広めねばならんのだ!」

「唯一なら、高いも低いもあるまい」

「黙れえええええ!!」


 度重なる煽りに、とうとうマック・プルートが激発した。

 その悲鳴のような叫びは戦場の空気を震わせ、大量に吹き出した瘴気によって一気に覆ってゆく。


 それを引き金としたように、元は騎士であった悪魔たちが一斉に咆哮を上げ、西へと駆け出した。

 ミスティの近くで獣人たちと戦っていた騎兵もついに悪魔と化し、事態は一層、泥沼の様相を呈してきた。


 騎兵は馬ごと悪魔化し、その姿は第三十九区画の悪魔、『デーモンセントール』のものだ。

 こいつらは引き続き獣人たちと戦うつもりのようで、西には向かわない。


 その間にも、ビーストデーモンとデーモンゾンビの群れは砦へと殺到、ドワーフの大盾隊の作り出す光の壁に突貫を繰り返している。

 荒ぶっていても知性はまだ残っているようで、重篤な被害を受けると『広域治癒』で回復するため、ドワーフたちの消耗が大きい。


 光の防壁さえ飛び越えようとするビーストデーモンには獣人たちが対処しているが、悪魔化したことで、一線級の戦士以外では一撃で倒せなくなっている。


 また、黒い炎で水分を蒸発させられたせいで地面はほとんど乾き、獣の足を持つビーストデーモンには荒れた地形もさしたる効果がない。


 エルフたちも再び精霊魔法で足止めしようと頑張っているが、度重なる魔法の行使で、魔力が底をつきかけている者も多い。

 このままでは、早晩、突破されてしまうだろう。


 ……さすがに、もう傍観はできないか。

 少なくとも、敵陣の奥で取り残されてしまっているミスティたちが撤退できる隙きを作らねば。


 というところで――。


「うおおおお!!」


 マック・プルートが雄叫びを上げて動き出した。

 その狙いは、彼を懊悩させた原因であるミスティだ。

 さっきまでの様子なら危なかっただろうが、彼女はマック・プルートとの対話の間に、少しだけ体を休められたらしい。


 ミスティは、袈裟懸けに振り下ろされるマック・プルートの剣の勢いに上手く乗り、一息に後方へと跳躍した。

 これで獣人たちと共に撤退できるか――と思いきや、マック・プルートは即座に、まだ空中にいるミスティを横薙ぎに両断しようと踏み込む。


 ミスティも対応すべく双刀を交差して構えるが……とても受け切れまい。

 このままでは彼女は殺される――というところで、俺は二人の間に割って入った。


「ソーラ!」

「邪魔をするなあ!!」


 驚くミスティと、怒り狂うマック・プルート。

 その剣から伝わってくる圧力は恐るべき物で、両手で大太刀を握っている俺と、片手で拮抗している。


「悪いけど、俺にやらせてもらうよ」

「……好きにしろ」


 俺の言葉に、すねたように答えるミスティ。

 戦いの前に話したことで、仲間と協力することには納得していたはずだが……俺に助けられるというのは、少なからず彼女の矜持を傷つけてしまったのだろう。


「ごめんな、ミスティ。でも俺は、君に嫌われるよりも、君を失うことの方が我慢できないんだ」

「なっ……! おま、お前は、こんな時に何を……!」


 んん? 何かおかしかった?


「……ま、いいや。ということで選手交代だ」

「黒い装備の冒険者……そうか……貴様が、ファノス・チーデレを倒した男か! よかろう……彼奴の弔いの意味もある。ここで貴様を、我が神より授かった無双の力で排除してくれる!」


 鍔迫り合いを続けながら、俺とマック・プルートは互いの意思を伝え合う。

 さあて、神とやらが与えた力――それが本当に無双の力か、試させてもらおうか!


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