第四十六話 瘴気供給無双
精霊魔法『神鳴り』を使ったエルフたちは、さすがに多くの魔力を消費したようで、後方に待機していた者たちと交代した。
それでも三分の一も減っていないのだから、精霊魔法の効率の良さと、エルフの魔力の多さがわかる。
今のところは、なんの問題もなく推移しているが……このまま何事もなく撃退とはいかないだろうな。
そう思ったのがフラグを立てたか、教国軍の後方と両翼が動き始めた。
「『広域治癒』!」
一斉に声が発せられ、黒い靄が戦場を埋め尽くす。
すると、倒れていた騎士の半分ほどが、何事もなかったかのように起き上がった。
前回も、似たようなことがあったから一撃で殺す必要があったという話だったが……これは強烈な回復効果だ。
騎士たちと将軍らしき人物との瘴気のつながりがエネルギーの供給だったら、洒落にならない面倒くささを味わわされることになるだろう。
一万倒したと思ったら五千回復した――なんて、徒労感が半端ないよ。
それに、これほど序盤で痛撃を受けたら、相手側もより一層、瘴気を使った強化を施すだろうことは想像に難くない。
「『聖鎧』!」
再び声が響き、騎士たちが瘴気の膜をまとった。
術の名称から、防御力アップの効果があると思われる。
やっぱり来たなあ……。
そして、この二回の術の行使で、騎士たちの瘴気は減った。
……減ったのだが、あっさり回復して満タンになった。
やはり、強力な瘴気を放っている人物が全軍に瘴気を供給しているようだ。
これが、どこまで繰り返されるかで、趨勢が決まってくるだろう。
「『浄化炎』!」
準備が整ったのか、教国が攻勢に出た。
ドワーフの大盾部隊もしっかり対応しているが、間断ない攻撃にじわじわと魔力を消費させられ続けている。
「『神鳴り』!」
そこでエルフたちが、フォローを兼ねて二度目の雷撃を落とす。
しかし先ほどより倒れる騎士の数がはるかに少ない。
どうやらさっきの防御術は、かなり魔法的な攻撃に対して強くなるようだ。
しかも、やっぱり瘴気は回復している。
ダメージの方は自動回復はしないようで、『広域治癒』という術を逐一使っているようだ。
軍勢の西端中央を中心とした場所にいた騎士たちが『神鳴り』で死亡し、一キロほどの範囲に半円形の空白ができていたが、両翼が中央に集まることで埋まった。
どうやら、再び密集した陣形で攻撃を行うつもりのようだ。
『泥遊び』が効果を発揮しているため、強化されていると思われる騎士でも移動はずいぶん遅い。
しかしここで邪魔をしてもエルフたちの攻撃に無駄ができると判断したのか、『大霊連合』側は動かない。
しばらくすると、教国は南北に長かった陣形が随分縮み、おおむね上辺が西向きの台形になった。
「『夕立ち』!」
「……『氷精落とし』!」
相手の陣形変化完了を待ち、エルフたちが次の一手を打つ。
濡れた騎士たちに上空から激しい下降気流が吹きつけ、あっという間に凍らせてゆく。
おそらく直接的な魔法効果ではなく、二次的な効果を狙ってのものだろう。
さっきの『神鳴り』もそうだが、魔法ダメージは減っても感電はするし、火傷も負っていたようだった。
今回は冷気による凍死者が多数出たようで、『広域治癒』が行使されても動き出す者は多くない。
だが、教国もやられてばかりではなく、即座に対応策を打ってきた。
「『浄化炎鎧』!」
どうやら、これは黒い炎を身にまとう攻防一体の術のようだ。
しかし、教国軍はかなり後手に回り、八千ほどは死んでいる。
前回は少数でしか戦えなかったから採れなかった戦法を、連合側が使っているからだろうか。
一方の連合はまったくの無傷だが……こうなると相手も、なりふり構わず本気でかかってくるだろう。
まだまだ戦いは、始まったばかりなのだから。
◇
その後は予想通り、激しい攻防が繰り返された。
まず教国は、一通りの属性に対策を打ったことでダメージを度外視して前進、攻撃を繰り返しつつ同時に回復も行うという、単純だが面倒な戦法を取ってきた。
それに対して連合は、大盾部隊が攻撃を受け止め、エルフたちが『隠れんぼ』、『落とし穴』などの精霊魔法を駆使して前進を鈍らせる。
相手の足が止まれば、獣人たちが飛び出しては『隠れんぼ』で出来た土の壁を足場に騎士たちを何人も打ち倒し、体勢を立て直されそうになったら後退する――という戦法を続けた。
それで戦況自体はどうか、というと……膠着状態としか言いようがない。
お互いにしっかりと対策してぶつかっているため、さながらターン制バトルのごとき様相を呈しているのだ。
その上で全体を見た時の情勢は、『大霊連合』がやや不利といったところか。
言わずもがな、教国軍は無尽蔵のエネルギー供給を受けているからだ。
そもそもヴァダリス教の教えでは、死後、信徒は神の国に招かれると考えている。
ようするに、『死んでもいい』と考えているのだ。
そんな死兵とでもいうべき万の軍勢が、一致団結して行動しているのだから、足並みが乱れることすらない。
一方で連合は、徐々に徐々に疲労が募ってきている。
この二時間ほどの戦いで、すでに魔力は半分ほどにまで減っているし、人数が三分の二ほどしかいないため、交代しても回復しきれない内にまた前線に復帰せざるを得ないのだ。
こうなってくると教国は焦る必要がなくなり、連合はどうにか打開策を考えなければならなくなる。
そして寡兵が戦場の趨勢を変える手段となれば、選択肢はそう多くない。
――一点突破で将を討つか、後方からの奇襲だ。
はたして連合の選択は……。
「『隠れんぼ』!」
「行くぞ!」
一点突破だ。
エルフが足場となる土の壁を作り、その上を両脇にドワーフの大盾隊を抱えた獣人たちが駆けてゆく。
当然、両側から攻撃を受けることになるが、大盾隊が南北に『光防壁』を張ることで完全にシャットアウトしている。
さながら装甲列車だ。
その突進力は圧倒的で、教国軍を西から東に一直線に、あっという間に突き抜けてゆく。
そして、わずか数十秒で目標の敵将――最も大きな瘴気を発している騎士の眼前へと到達した。
大盾の後ろに隠れていた獣人たちが飛び出し、親衛隊のごとく将に侍る騎兵たちを蹴散らして標的に迫る。
――しかし将は動じない。
「とったぁ!」
獣人の先頭――族長セナトが自身の攻撃が通ることを確信し、快哉を叫ぶ。
だが、その拳は、あっさりと瘴気に防がれた。
しかも術を発動したわけでもない、ただの――濃密な、だが相手が放出しているだけの――瘴気にだ。
その事実に驚愕するセナトの隙きを、相手は見逃さなかった。
獣の本能というべきか、その一撃が直撃することはなかった。
セナトが危険を察知し、横っ飛びしたからだ。
だが――それは真っ二つにされなかったというだけのこと。
いつの間にか抜かれた柄が異様に長い片手剣により、左腿から先、そして左肘から先を切断されたということでもあった。
「ぐああああ!!」
「族長!」
セナトの悲鳴に、周囲の獣人たちが彼を助けるべく行動する。
しかし、それは先ほど倒したはずの騎兵に阻まれた。
殺しきれていなかったことで、回復されてしまったのだ。
「貴様が獣人族の長か……ならば、ここで死んでもらおう」
敵将が宣告し、ゆっくりと剣を振り上げる。
――しかし、そこに割って入る者がいた。
「はあっ!」
エルフの魔法戦士・ミスティだ。
彼女の双刀が、見事に敵将の剣を受け流す。
どうやらミスティは、騎兵たちの垣根を一瞬だけ、風と一体化する精霊魔法『風渡り』を使うことですり抜けたようだ。
「『破裂する風壁』!」
続けて放った精霊魔法により、彼女の周囲に衝撃波が発生する。
それは騎兵たちを後ろから押し倒す形になり、囲いに隙間を作った。
「今のうちに退け!」
ミスティの声で、獣人たちはセナトを回収し、即座にドワーフたちの待つ土壁上へと飛び乗った。
そして数人の獣人とミスティを残し、突撃した者たちはエルフの『風渡り』で砦へと帰還する。
「……厄介なものだな、エルフの秘術というのは」
「それだけではないぞ、エルフ族の戦士は剣にも秀でている」
眼前で風と共に消え去った連合の戦士の様子に、目を眇めつぶやく敵将。
それを泰然と見据え、挑発ともとれる言葉を投げかけるミスティ。
彼女の後方では、騎兵たちと獣人戦士の戦いが再開されていた。
「面白い……見せてもらおう」
「降りないのか?」
ミスティに視線を移し、戦う意志を見せる敵将。
馬に乗ったままであるため、ミスティはそれを指摘したが――。
「その必要が、あるとは思えんな」
絶対の自信を窺わせる態度で、敵将は言い放った。
「その言葉、後悔させてやろう!」
ミスティはそう返し、即座に『風奔り』で踏み込み、右の曲刀を逆袈裟に切りつける。
真正面から踏み込んだため、その一撃はあっさりと盾で防がれた。
しかしそれは防がせるための攻撃だったようで、ミスティは動揺することなく刃を滑らせると、勢いのままに反時計回りに体を回転させ、馬の尻を左の曲刀で浅く切り裂いた。。
たまらず棹立ちになった馬から、敵将が振り落とされる。
だが、彼は慌てず後方に一回転すると、ズシンと重い音を響かせ見事に両足で着地した。
「なるほど……口だけではないようだ」
言葉に、ほんの少しの驚嘆を混ぜ、将がつぶやく。
「ならば、我が無双の力、わずかながら見せてやろう」
「……それは楽しみだ。名乗れ」
「我が名はマック・プルート。神聖騎士団長である。貴様は?」
「エルフ族の魔法戦士、ミスティ」
マック・プルートの宣言とともに一層濃く溢れ出した瘴気を前に、ミスティは不敵に笑った。