第四十五話 再び大霊連合無双
選ばれた戦士たちが遺跡の街へ行って約二ヶ月、俺は再び『大霊の森』へと彼らをピストン輸送していた。
といっても、船っぽい乗り物に十人くらいずつ乗せての移動だから、十往復したところで四時間もかからないが。
「ソーラ、実際のところ、どう思う」
最終便の船上で、俺の後ろに座っているミスティが漠然とした問いかけをしてきた。
とはいえ、何が聞きたいのかは判る。
「そうだなあ……前回と同規模、同程度の戦力なら、どうとでもなるんじゃないかな?」
――つまり、対教国戦の第二戦がどうなるか、ということだ。
俺の答えは楽観的に思えるかもしれないが、何の対策もなかった前回でも、個人戦力で十分対処できていたのだから、全体に比して少数とはいえ対策のある今回は、やりやすさが随分と違うだろう。
とはいえ、十倍の数でボロ負けした教国側が何の策もなく突っ込んでくるとは思えないので、その点では不安はある。
なにしろ戦争なのだから、どんな手段を使っても勝てば官軍だ。
相手は豊かな恵みと、危険な魔物を大量に内包している森すら焼く。
どれだけ対策しても、斜め上の行動で盤ごとひっくり返される危険は常にあると考えておくべきだろう。
畢竟、やることはやったから悩んでも仕方ない、という結論になるのだ。
「そうか……」
「ずいぶん弱気だね?」
「まあな……私は、あの黒騎士に手も足も出なかったからな……」
ミスティが悩んでいるのは知っていたが、ここまで根深いものだったとは……。
確かに、彼女は教国のダークナイトに殺されかけていた。
第四十三区画のダークナイトは問題なく倒せるようになっているが、実のところ両者は同じ能力というわけではない。
使う術も装備も同じだが、教国のダークナイトの方が一・五倍ほど体格が大きかったし、頭を使っている節があった。
つまり今後、教国に悪魔が増えた場合、対応できないかもしれない、と彼女は危惧しているのだろう。
だからといって、俺が対処すると言ってしまうわけにもいかない。
それでは、彼女の戦士としての矜持を傷つけてしまう。
とはいえ……。
「気持ちは解らなくもないけど、今回は一人で戦うわけじゃないんだから、周りと協力すればいいんじゃない?」
「それは……」
――試合ではなく、戦争である。
彼女は、そう割り切る必要があるのだろう。
これはおそらく、個人として強い者ほど引っかかるんじゃないだろうか。
俺のような冒険者なら、それもいいと思う。
でも、国を守る戦士であれば、そんなことは言っていられなくなることは多いだろう。
「俺が一人でやるから手を出すな」なんてことを言ったりやったりするのは、戦争という命の奪い合いではナンセンスだ。
「そうだな……私は一人で動くわけではない。部隊を預かる者だ。ならば、部隊の者を上手く動かすことに集中すべきか……」
そうつぶやき、ミスティは黙り込む。
どうやら、ある程度は納得したようだ。
ホント、あっさり勝てれば良いんだけどねえ……。
◇
帰還した戦士たちは、それぞれのスキルを活かすべく、森へと散っていった。
まずは、森に待機していた者たちに現状を確認。
今のところ何も起きていないということで、前回、最前線になった森の焼け跡に作られた砦へと移動する。
これは地属性魔法の『石壁』を連発して作った物で、見た感じかなり堅牢そうだ。
そこから、エルフで精霊に『瘴気』を探ってもらえる者は、なるべく広範囲に点在するように配置。
ドワーフたちは砦に陣取り、獣人たちと他のエルフたちは、その後方に位置する。
ちなみにこの砦は、南北に長く作られており、東から来る教国に対応しやすくしてある。
そして森の中にも二十~三十メートルごとに短い防壁がランダムに立てられていて、重装備の騎士の動きを、より一層、制限するような状況が作られているのだ。
単純に戦場の環境だけでいえば、『大霊連合』に圧倒的に有利な物になっているだろう。
まあ、それだけで勝てるほど、楽な相手ではないだろうが……。
それから一応言っておくと、俺が全力で手伝わないのは、俺が『よそ者』だからだ。
種族の行く末は自分たちで掴みたいし、失敗した時に他人のせいにもしたくない――というのが『大霊連合』の考え方である。
さっき触れた『戦士の矜持』に似ている気もするが、こちらは種族全体のことなので、俺が責任を持つなんてことは不可能。
だから、指導者たちの判断に任せる他ないのだ。
せめて彼らが全力で戦い、勝てることを祈ろう。
まあ、本格的にミスティや俺が指導した人たちがピンチになったら手を出しちゃうと思うけど。
それくらいは許してほしいところだ。
◇
戦士たちの配置完了から、わずか三日後、間もなく冬という頃、教団の軍勢がオスティムの街に到着したと斥候から報告があった。
最前線の砦に到着するまで最短で一日ということで、森中から集められた戦士たちが慌ただしく動き始めた。
今回は最初から全力で対応するため、戦士の総数は一万を超えている。
ハッキリ言って少ないと思うが……これは種族の特徴的にどうしようもない。
エルフは長命で子供が生まれにくいため最も数が少なく、ドワーフもエルフほどではないが、似た理由で人族よりだいぶ少ない。
獣人族は逆に人族の三分の二ほどの寿命しかないため、戦える年齢層の者が少ないのだ。
こうして事情を聞いてみると、彼らが協力関係を築いたのも納得。
数の少ない種族同士が、お互いの長所を生かして森の環境を整えていた、というわけだな。
ちなみに俺は、各種族の薬師たちと一緒に飲み薬・塗り薬などを作っている。
少しでも回復にあてられる薬が多い方が良いからね。
薬師には女性が多く、戦士は男が多い。
恋人や家族が戦いに出る、あるいは前回の戦いで亡くなったという人もいて、みんな気合を入れて薬を作っている。
……こういうのを知ると、できることを全部やってしまいたくなるが、戦士たちの気持ちも蔑ろにはできないからなあ。
難しいものだ。
――今は薬作りに集中しよう。
◇
翌々日、とうとう教国の軍勢が、その姿を現した。
偵察した限りでは、数は前回と同程度で冒険者はいないようだ。
そうなると、正面からの侵攻ということになるだろうか。
「……やたらとデカイ反応が、一つあるな」
南北に幅広く布陣する軍勢の全てが『瘴気感知』の効果範囲内に侵入した時、俺は後方に控える大きな力に気づいた。
それは、前回のダークナイトよりも強い、と感じ取れるレベルの反応だ。
おそらく指揮官か、将軍か……そういった存在だろう。
それから気になるのは、全体的な瘴気の分布だ。
薄く広がっている部分とは別に、濃く細い部分が縦横に、まるで網の目のように広がっているのだ。
敵の騎士それぞれが瘴気を持っているのは当然だが、どうもデカイ反応と全軍の瘴気に繋がりがあるように感じられる。
……こういうときって、何らかの力を与えている、みたいなパターンあるよなあ。
一番うしろにいるということは、自分は前に出てこないつもりか。
ともあれ、俺は全体の瘴気がどう変化するかをチェックしておくべきだろう。
「全軍、攻撃開始!」
敵陣から胴間声が響き、雄叫びとともに一斉に騎士たちが突進を開始した。
彼我の距離は数百メートル程度……まだどちらも射程外だろう。
しかし、騎士のスピードは驚くべきもので、ものの数秒で間合いを詰めてきた。
どうやら前回とは違い、初っ端から『黒い炎』を使ってくるつもりのようだ。
「『浄化炎』!」
そこかしこから大声で術が発動される……黒い炎が浄化の炎扱いって、なんのギャグだよ。
いやまあ、宗教国の騎士が使う術だから、聖なる力ってことにしたいんだろうけども。
「大盾隊!」
ドワーフの隊長から号令がかかり、ダークナイトの盾腕を用いた大型で方形の盾が、砦の防壁上にズラリと五十枚立ち並んだ。
この盾は、ドワーフの体格ならすっぽり隠れる高さと、三人は隠れられる横幅がある。
それが二メートルほどの間隔を開けて、規則正しく並んでいる。
大体、二百五十メートルくらいをカバーしている形だ。
「『光防壁』!」
再度の号令で全ての盾が光を放ち、盾を中心とした高さ五メートルほどの光る障壁が現れた。
見事に城壁とその上空を塞いでいる。
騎士たちの放った『黒い炎』は、光に触れた途端、雲散霧消する。
どうやら、ドワーフたちは俺の教えを独自に発展させ、いわば儀式魔法として集団で効率よく運用する方法を編み出したようだ。
その大規模な効果範囲に比して、彼らの魔力はほとんど減っていないのがその証拠だ。
これはスゴイ。
攻撃を防いだ障壁は即座に解かれ、今度は盾の間から獣人族が躍り出た。
城壁から矢のごとく飛び出した彼らは、最前列の騎士たちに殺到し、鎧の隙間を狙ってはあっさり倒してゆく。
「光流拳!」
「烈光脚!」
獣人たちは攻撃の瞬間だけ光属性を拳脚にまとい、魔力の消費を抑えながらも高い攻撃力を実現している。
そして数人倒したら、あっさりと防壁上に後退、今度はエルフたちが精霊魔法を行使する。
「『泥遊び』!」
冗談みたいな名前だが、その威力は中々のもの……というのも、これも広範囲に効果が及ぶ魔法で、文字通り水と土の精霊を遊ばせることで、精霊が気分良く、かつ大規模に泥沼を発生させるのだ。
それにより、騎士たちの足元がぬかるみ、倒れた騎士たちは泥に沈む。
おそらく、五千人くらいは泥にハマっているのではないだろうか。
「『夕立ち』!」
続く精霊魔法は、名前の通り、騎士たちの上に雨を降らせた。
これも風と水の精霊に楽しく助力を請うもので、いたずらっ子が通行人に水を撒くような気軽さで教国軍を濡らしてゆく。
この後に何が起こるかを予想したら、そんな可愛らしいものではないと判るのだが……。
「『神鳴り』!」
スコールを降らせる時にできていた雲がいつの間にか黒雲に変化していて、発動の言葉とともに、天から雷を落とした。
それは、二発、三発と続き、直撃を受けた者も、余波を受けた者も、等しくあっさりと屠ってゆく。
騎士たちは水浸しになっているため、広範囲に渡って電流が奔り、金属鎧を舐めては中の人を焼き殺し、あるいは感電死させているのだ。
さすがに後方にまで大ダメージとはいかなかったが、それでもこの時点で一万人は戦闘不能になっているだろう。
まだ序盤とはいえ、ここまで一方的な展開になるとは……。
まさしく無双といった様相だ。