第四十四話 神力無双
「敗れただと!?」
私は、予想だにしない報告に、思わず声を荒げた。
大聖堂へと報告に来たボロボロの神聖騎士が、怒声に身をすくめる。
「落ち着け、マック・プルート。……詳しい報告をせよ」
「は、はっ!」
教皇猊下に嗜められ、私は口をつぐむ。
続きを促された騎士は、畏まって報告を続けた。
その内容は驚くべきものだった。
獣人の街へ到着するまでは予定通り、しかし街はほぼ空で、中に全軍が入った途端、奇襲を受けたという。
そこで少数の犠牲が出たが、問題なく退け街を占拠。
しかし街には何の物資も残っておらず、副長ファノス・チーデレは、そのまま進軍することを選択。
一気呵成に『大霊の森』へ侵入するも、一万近い騎士が倒される。
副長は、そこで火を放つことを選択。
複数の騎士の手で、半径数キロに渡り、神術『浄化炎』で森を焼き払った。
その勢いのまま、獣人族、エルフ族を何百と倒したが、一部のエルフたちによって『浄化炎』が対処され始める。
炎を風で遮りながら、術者本人を狙ったのだ。
数に勝る神聖騎士団は、そのまま持久戦に持ち込めば勝てると思われたが、副長が最前線に突出、獣人族の族長と『神力武装』で戦い始める。
獣人族の族長を仕留めようかという時、エルフが割って入った。
そしてそこからは、副長対亜人軍という乱戦となる。
副長は問題なく大半を殲滅、しかし、決着の瞬間に、謎の人物によって妨害された。
「謎の人物というのは?」
「は、それが……突如、空から現れまして、素性に関してはなんとも……ただ、全身黒い装備で固めた、おそらくは人族の冒険者かと……」
教皇・マレー様のご質問に騎士が答えるが、まったく要領を得ない。
日が暮れ、周囲が闇に包まれていたという話だから、仕方がなくはあるが……。
そして先の報告から予想はついていたが、この人物が副長を――それも歯牙にもかけぬ強さで圧勝、一撃で倒してのけたというのだから驚きだ。
副長はあれでも教国で一二を争う強者。
それを、赤子の手をひねるように簡単に倒すとは……。
正直、にわかには信じがたい。
しかも、その人物は他の神聖騎士たちすら片手間に力を奪い、亜人軍は回復させていったというのだから、尋常ならざる力の持ち主であることは疑いない。
「……力を奪うというのは?」
「は、これも正直申し上げて、何をされたのかわかりません。奴が水の魔法で蛇のような物を作ったかと思ったら、周囲の火が消され、その蛇に呑まれた騎士たちは『神力』の大半を失っていたのです……」
この話には、私もマレー様も絶句するしかなかった。
つまり、そやつは……『神力』を騎士から奪い、弱体化させることが可能だということ。
いわば、我らの天敵のような存在だ。
「しかも、逃げ延びた者も、今に至るまで『神力』が回復しておりません……」
「なっ」
続けられた言葉は、先ほどまでよりも遥かに重大な事実だった。
弱体化させられた者は最低でも一月半は回復していない、ということだからだ。
もし、かの人物がその技術を他者に伝えたなら……教国は、かつてない窮地を迎えることになるだろう。
何しろ教国の強さ、神聖騎士団の力の根幹は『神力』にあるのだから。
「……マック・プルートよ」
「は!」
「すぐに全軍を招集し、かの人物と亜人どもを殲滅せよ。神の力を奪うなど、決して許されぬ罪業。この地上に存在すらさせてはならぬ」
「は! 身命を賭して、必ず!」
静かな怒りを湛えた教皇猊下のご命令を、私は頭を深く下げ承る。
――マレー様が、これほど怒ることがあろうとは。
◆
即座に騎士団に招集をかけた私は、軍勢が整うまでヴァダリス神の神像に祈りを捧げていた。
これからの戦いは、かつてなく厳しいものになる――そう予感したのだ。
我らに与えられた加護は、信仰心が強ければ強いほど、その威を高めると言われている。
ならば最後の一瞬まで祈りを捧げることは、信徒として正しい行いであろう。
それにしても、副長ファノス・チーデレを倒した男が気になる。
ファノスは戦いを楽しみすぎるきらいがあったが、それでも超一流の戦士であり、強い信仰心を持つ神官でもあった。
巷間では私に次ぐ強者と噂されるほどに、その強さは誰もが信頼していた。
にもかかわらず、全身を黒い装備で固めた冒険者には一撃で倒されたというのだ。
――それは、この私ですら油断できぬ相手ということ。
しかも『神力』に対抗する手段を持っているのでは、何の策もなくぶつかれば弱体化され圧殺される恐れもある……。
(神よ、我が迷いを払い給え)
心中で強く願う。
――すると、これまでに何度か経験したことのある、暖かな何かが身を満たすのを感じた。
「これは……!」
私は喜びから、ステータスを確認する。
【名前:マック・プルート 種族:人族 レベル:62
所持スキル:魔力感知9 気配察知7 槌術7 盾術10 剣術9 体術2 神力操作7 神術7 神力感知2
加護:神力武装 神力変化 神力供給】
新たに『神力供給』という加護が増えている……!
「神は、我が祈りに答えて下さった!!」
私は歓喜に叫ぶ。
この加護は、つまり『神力』を奪う技術に対抗できるということ。
これで謎の冒険者を恐れる理由はなくなった。
しかし、ここで祈りをやめる理由にはならない。
少しでも神に近づくためにも、我ら神聖騎士は日夜祈り続けねばならないのだ。
◆
三日の後、教国神聖騎士団三万が大神殿前広場に集合した。
「これより第二次『大霊の森』攻略作戦を開始する! これは副長の弔い合戦でもある! 各員、奮起せよ! 我らが教国と、唯一全能の神であるヴァダリス神の教えを、遍く地上に広めるのだ!」
――うおおおおおお!!
私の宣誓に応え、神聖騎士たちが雄叫びを上げる。
「神聖騎士団、新発!!」
号令に従い、各隊が一糸乱れぬ動きで進軍を開始した。
大通りを埋め尽くす軍勢に、教都の民が声援を送る。
我らは、この信徒たちを守るためにも、決して負ける訳にはいかない。
神聖騎士の誰もが、同じ思いを胸に抱いているだろう。
いや、我らは必ず勝つのだ。
――それが神の正義なのだから。
◆
通常、一月かかる道のりを、我らは二十日で踏破した。
『神術』による身体強化と、新たに得た加護『神力供給』による恩恵だ。
――それにしても、前回の進軍で道中の町村はかなりの抵抗を見せたようだ。
なにしろ死体がそこかしこに転がったままで放置され、人っ子一人いなくなっているのだから。
幸い、食料などはある程度残されていたので、我らの進軍に問題はなかった。
――しかし、神の使徒である我らの寄進を拒むなど、愚かなことだ。
無意味に抵抗しなければ、血を見ることもないというのに。
「団長、全軍意気軒昂! いつでも行けます!」
騎士団の様子を確認させた部下が、そう報告を上げる。
この獣人の街での二日間の完全休養で、ここまでの強行軍の疲れは完全に癒えたようだ。
「よかろう、出立の準備をさせよ」
「はっ!」
かつて領主が住んでいたであろう屋敷から、部下が駆け出してゆく。
おそらくはドワーフ族によって作られたのであろうが、この街は実に堅牢な作りをしている。
『大霊の森』攻略の暁には、この街を取手とするのも悪くはない。
「団長! 準備完了しましした!」
一時間ほどの後、再び部下が駆け込んできた。
ここから出発すれば、いよいよ我らの真価を発揮すべき大一番が待っている。
「よし、ゆくぞ!」
私は一つ気合を入れ、屋敷の扉をくぐった。
――神敵たる黒衣の冒険者よ、待っているが良い。
この私が、神の加護による無双の力をもって、必ず殺してくれるぞ!