第四十三話 遺跡探索無双
遺跡の街に戻った俺は、真っ先に冒険者ギルドに向かった。
教国との戦争が、一時的にではあっても終わったことを伝えるためだ。
「そうか……」
俺の話を聞いたギルドマスター・アーヴスは、大きく息を吐いてこぼした。
そして人を呼び、即座に戦時体制を解除させるよう、指示を出す。
そう、遺跡の街は、エルフ、獣人、ドワーフの連合が、教国との戦いに敗れた場合に備えて冒険者たちを街に留めておいたのだ。
そのため、街は剣呑な雰囲気をまとった者たちで溢れていた。
これでは通常の街の運営は、できなかっただろうし、商店なども一部しか開かれていなかったようなので、街の人たちも窮屈な思いをしていたことだろう。
戦時体制が解除されれば、それも解消される。
……まあ、二ヶ月後には、また同じようなことになるだろうが、それでも、猶予があるに越したことはない。
◇
獣人、エルフ、ドワーフたちの冒険者登録は、なかなか大変だった。
なにしろ、大半が『大霊の森』からほとんど出ない生活をしていたものだから、人族と馴染みがない。
そのため、うっかり絡まれたり、うっかり絡んだり、言葉の表現の違いでケンカになったりした。
もっとも危なかったのは、一人の冒険者が彼らを『亜人』と呼んだこと。
遺跡の街には、獣人やドワーフの冒険者もいる。
しかし彼らは、人族とは一定の距離を置いて活動しているのだ。
それは感覚や認識の違いから来る軋轢を避けるためで、人族と付き合うなら相手を見極めてから――となる。
だから、大半の人族は彼らの考え方を知らない。
当然、『亜人』が蔑称であるとも知らないのだ。
対する『大霊の森』の住人たちは、『亜人』と呼ばれることを極端に嫌う。
なしにろ『亜人』というのは人族が言いだしたことで、自分たちとそれ以外を分け、他を下に見るというものだからだ。
そりゃあ怒るよ。
しかも、真っ先にすっ飛んでいって殺そうとしたのが、獣人族の族長・セナトだから、俺でなかったら止めることもできず相手は死んでいただろう。
彼らを『亜人』と呼んだ冒険者は「なに怒ってんだ?」という態度だったため、セナトは一層激高し「亜人というのは人族が他の種族を侮辱にするために作った言葉だ」と叫んだ。
最初は、その言葉の意味を理解していなかった冒険者たちだったが、数十人の獣人、エルフ、ドワーフが殺気立ったままで彼らを取り囲んでいる状況を前にして、ようやく相手が「殺すことも厭わないほど怒っている」ということに気づいた。
これが他の街であれば、また話は違っていただろうが、幸いなことに遺跡の街の冒険者たちは、そのほとんどが相手の実力を感じ取ることができる。
そのおかげで、眼前にいる獣人、エルフ、ドワーフが、並々ならぬ実力者であると気づくことができた。
実際――俺が介入したという理由もあったが――三千程度の軍勢で、教国の三万二千を退けたのだから尋常ではない。
特にセナトの発する覇気は相当なもので、徐々に動けるものが減っていっていた。
幸運にも件の冒険者は、動けなくなる前に謝罪できたため、この一件は収束に向かったのだ。
後に、獣人、エルフ、ドワーフに『亜人』と言ってはいけないという不文律が遺跡の街全体に広まることになるのだが――それは、また別の話。
というような、すったもんだをしつつ、何日かの時間をかけて、森の住人たちの冒険者登録は完了した。
毎回、俺が引率しなきゃいけないのは中々大変だったよ……。
◇
「それじゃあ今日から、順番に俺のパーティメンバーという形で遺跡を体験してもらいます」
数日後、俺は借り切った宿の一階食堂で、森の住人たちを前に、今日からの行動を説明した。
といっても内容は単純で、五人ずつで俺と組んで、そこそこ深い区画まで行ってみる――大丈夫そうなら戦ってみる――というものだ。
人数が人数だから、一周するまでに十日ほどかかるが、魔力の放出形式による得手不得手の判別をしたうえで順番を決めているので、不満はあっても我慢してもらうしかない。
知っての通り、光と闇属性が最優先だ。
意外なことに、ドワーフが光も闇も得意な者がもっとも多かった。
その次がエルフだが、闇のほうが得意な者が多かった。
ちなみに獣人は、光と無属性以外は全般的に苦手なようだった。
まあ、光の適正がある者がいるのは重要なことだから、今回はむしろプラスだろう。
ということで、一周するまではそれぞれの特性を見極め、実践派と理論派で学び方を分けることになっている。
実践派は遺跡探索、理論派は座学と訓練だね。
時間は限られているから、どんどん進めていこう!
◇
十日後、おおむね人員分けが完了していた。
これは予想通りだが、獣人は全員、実践派だ。
そしてエルフは半々、ドワーフは八割がた理論派。
リスクはあるが、これ以後、実践派はそれぞれパーティを組んで潜ってもらうことになる。
俺は、理論派をメインに教える形だ。
まあ、いざとなれば『転移』もあるので、それほど心配はしていない。
みんな最低でも、中級冒険者と同等以上に強いしね。
そんな風に呑気に構えていたら、数日も経つ頃には、違う意味で騒ぎになっていた。
冒険者登録したばかりとはいえ、彼らはみんな強い。
当然、どんどん深い区画に進んでいく上にガンガン悪魔を狩る姿を、多くの冒険者が目撃する形になっていたのだ。
獣人、エルフ、ドワーフのみの混成パーティであることも、大きな理由の一つである。
それに彼らのパーティ名が『連合・一』『連合・二』という具合に同じ名前の連番になっていることで、物凄く判別しやすくなっていた。
精算の時に呼ばれれば、確実に耳目を集めるのは自明の理……というわけ。
とはいえ、すでに猶予は一月と少しにまで減っている。
だから、いまさら自重しても意味はないと開き直り、「ガンガンいこうぜ!」と言っておいた。
その間、遺跡の街を騒がせ続けることになるが……彼ら『大霊連合』に選ばれた戦士たちが力をつけなければ、いずれは遺跡の街にまで教国の魔手が伸びるのだから我慢してもらおう。
◇
一ヶ月後、もう理論派・実践派を問わず遺跡に潜り続けている。
理屈が解ったあとは、実践と実戦を繰り返すのが最も効率よくスキルを身に着け、伸ばす方法だと誰もが理解しているからだ。
最も伸びているのはドワーフたち。
どうやら彼らは、理屈で考えながらも本能的に光と闇を使う素養も持っているらしく、相手に合わせて的確に対処することができるようになっていた。
また『瘴気感知』を身につける者も多くいて、盾役としては無類の堅固さを身に付けたと言っていいだろう。
まさにタンクといった感じだ。
次は獣の本能全開の獣人族だ。
彼らは光の適性から、悪魔の瘴気を真正面から散らし、突っ込んで殲滅するという戦い方を身に着けている。
種族的に魔力量は多くないため、攻撃の瞬間、あるいは防御の瞬間にのみ光の浄化を行って戦闘を継続する。
その様子には、俺も学ぶべきところがあると感じた。
伸び悩んでいたのがエルフたち。
彼らは精霊魔法を生活の根幹に置いていたことから、属性魔法を覚えることを苦手としていたため、半月ほどで方針転換することを余儀なくされた。
その方法は、『精霊に瘴気を感知してもらう』というもの。
伸び悩み苦しんでいたエルフの一人が、ある時「精霊の力が借りられれば……」とこぼしたのがきっかけだ。
物は試し、とやってみたところ……それはあっさりと成功した。
どうやら精霊は、魔力も瘴気も、もちろん精霊力も、発生した途端に感知する能力が身についているらしい。
『瘴気感知』と異なり、精霊に聞く→精霊が確認して伝える……というプロセスを挟むため、どうしてもタイムラグが発生するが、広範囲を監視するには適している。
この段階に至り、ドワーフが盾役と瘴気への即応、獣人が攻撃役、エルフが広範囲の索敵と後方からのサポートを主に担当する形ができあがった。
ちなみに、これまでに一定のスキルを身につけられた人数は、それぞれの種族で百人程度。
まったく十分とは言えないが……この短期間で用意した人員としては、それなりの数だろう。
もう一つの対応策として、盾役を務めるドワーフたちは、第四十三区画に出現する悪魔『ダークナイト』の盾腕から作り出した盾を装備している。
この盾は瘴気に対する強い耐性を持っているため、単発の特殊能力であれば余裕を持って受け止めることができるスグレモノだ。
おそらく、教国騎士の黒い炎も問題なく対処できるだろう。
残念ながら剣腕の方は、攻撃役の獣人族が使わないタイプの武器であるため、今回は出番なしだ。
エルフに持たせるにも大きすぎるしね。
それから俺自身に関してだが、理論派が俺の手を離れた後は、自分自身の修行に当てた。
これにはミスティも同行し、彼女の腕前も数段高まっている。
先日、とうとう第五十区画まで探索し終え、一区切りをつけたところだ。
で、ステータスだが。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:116
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法10 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知10 隠身10 剣術10 体術10 金属加工7 刀術9 時間属性魔法5 瘴気感知7
転生特典:万事習得】
こんな感じで、ちょっとずつ伸びている。
さすがに時間属性は壁にぶち当たっている感じだが、それ以外は妥当な成長のしかただろう。
金属加工は、例によって魔道具の作成をしていたら伸びた。
最終的には大量の魔石を使って、一つ完成させたのだが……これの出番がない方が良いなあと思っている。
そういった感じで、連合の人々が無双しながら、おおむね教国への対策は終わったと言える。
――そろそろ、森に戻る時期だな。