第四十二話 教国対策会議無双
「……ソーラ、久しぶりだな」
獣人族の族長・セナトの腕を治療し終え、一息ついていた俺に、エルフ族の魔法戦士・ミスティが声をかけてきた。
その後ろには、少し離れてシェリアが控えている。
「うん。久しぶり、ミスティ。元気にしてた?」
「まあ……元気ではあったが、この有様だ」
俺の言葉に、彼女は苦笑いしつつ答えた。
確かに、戦場で聞くようなことでもなかったか……。
「お前は、ずいぶん成長したようだな」
「色々やってたからねえ」
「強さもだが……身長も伸びているじゃないか。私より高いぞ」
にこやかに言葉をかわしていると、そんなことを指摘された。
言われてみると、視線の高さが変わっている。
「え? あ、ホントだ……いつの間に」
「ふふ、気づいていなかったのか? もう十分、大人という感じだぞ? ふふふ」
俺の面食らった様子に、共に過ごしたときと同じ沸点の低さで、ミスティが笑い始めた。
大人ねえ……。
あ、そう言うことか。
聞いていた話より俺がデカかったから、シェリアさんは戸惑っていたというわけか……。
今までと逆の理由で疑問を持たれることになろうとは、思いもしなかったわ。
「ははは、成長したが、お前は変わっていないな! あははは」
「いや、笑いすぎだろ……っていうか、そんなに笑うと貧血起こすぞ」
笑い続けるミスティに、そう言ったところで、本当に彼女がよろめいた。
「お、ちょ。大丈夫?」
「あはは、あっはっはっは!」
あわてて支えた俺の胸に顔をつっこんだまま、彼女は笑い続ける。
……相変わらずなのは、お互い様のようだ。
しかし「大人になったのは見た目だけで、中身はガキっぽいままだ」と言われているようで、少々イラッときた。
ということで、ちょっと反撃するか!
「なっ!? い、いきなり何を――」
「具合が悪そうなので、休憩できる場所に運んで差し上げようと思いまして。さて、どちらに向かいましょうか、お姫様?」
ひょいと横抱きにされ、ミスティがうろたえる。
俺は、それをスルーして、イケメンぶったセリフを吐く。
「お……だ、誰がお姫様だ!」
「貴方がですよ、ミスティ様」
ニッコリと笑って演技を続ける俺。
今生の俺は結構イケメンだから、多分、悪くはない笑顔何じゃなかろうか。
「さ……こ、この悪ガキ! 子供のくせに大人をからかって!」
「おや、先ほど『もう十分、大人』と言っていただけたはずですが……」
顔を赤くして怒るミスティを、もう一いじり。
――しかし、ちょっとやりすぎたようだ。
「いたたた! ちょ、つねるな! いくらレベルが上っても、痛いものは痛いんだぞ! あたたた!」
「お前が悪い!」
怒り心頭に発した様子のミスティは、おもむろに俺の頬をつねった。
全力――ではないだろうが、かなりの力だ。
まあ、彼女の言う通り、からかいすぎたのがマズかったんだろうが。
「わかった、わかった! 悪かったって!」
「反省が足らんぞ!」
結局、俺が開放されたのは、それから十分も経ってからだった。
◇
翌々日、俺は獣人族の首都・ウルベに招かれていた。
ここでは『大霊連合』と呼ばれる、エルフ族、獣人族、そしてドワーフ族の意思決定をする大会議が行われるという。
今回の会議は教国の侵攻のせいで中断されていたため、改めて再開することになったそうだ。
――しかし戦いが終わって二日しか経っていないのに会議とは、どの種族も教国のことを重く見ているということか。
軽く聞いた限りでは、騎士たちの放つ黒い炎にはほとんど対処できていなかったらしいし、その辺りをどうするかが議題になるのだろう。
「ソーラ、お前に『黒い靄』への対処法を教えてもらいたい」
開会が宣言され、議題の発表――かと思いきや、獣人族の族長・セナトが、そんなことを言いだした。
室内の面々を見回してみるが、誰も異を唱えない……ということは、事前に話し合いが持たれていたか。
「……解りました。俺の知る限りのことを、お話しましょう」
ということで、俺は遺跡の街で経験したことを話し始めた。
悪魔とその特殊能力、それを行使するために用いられるエネルギー『瘴気』、対抗するためには最低限『光属性魔法』は必須であること。
そして『瘴気』を感知するスキル『瘴気感知』と、教国の騎士が使う術が『瘴気感知』で判断できること。
もっと言うと、騎士たちの気配自体が『瘴気感知』で探れることから、彼らが操っている力の正体は『瘴気』と同質のものであると考えられることだ。
――同質というか、どう見ても完全に『瘴気』だったが。
まあ、その辺は自分で『瘴気感知』を身に着けてみなければ、実感するのは難しいだろう。
それから、おまけとして、悪魔の素材を使った強力な武具が遺跡の街で作られつつあることと、試用した限りでは、それらが悪魔に対して有用であることも伝えた。
「なるほどの……」
「こんなに情報が得られるとは、思いもせんかったわい……」
エルフ族の長と、ドワーフ族の長が揃って頷く。
おそらくセナトに事の経緯を説明されていたのだろうが、自分の目で見ていない二人は半信半疑だったのだろう。
「生き残りが教国に戻るまでの時間は、どんなに急いでも一月ってところか……」
「それなりに、対抗策を講じる時間はあるな」
セナトの言葉に、ドワーフの長が続ける。
遺跡に潜るってことかな?
「ところで、ソーラ殿。お主は『飛行』が使えて、音より早く飛べると言うが、本当かの?」
あー……移動手段の問題か。
どうするかなあ……『転移』のことは、あまり話したくないし。
とりあえずは、『飛行』に関してだけ答えておくか。
「ええ、本当です。ただ、抱えて飛ぶとなると、三人が限度ですね」
俺の言葉に、考え込む長たち。
おそらくは、より多く人員を送り込みたいのだろうが……。
「『風渡り』じゃあ、どうなんだ?」
「高位の術者ならば、五から六人といったところだの」
たしか、シェリアさんが俺を迎えに来た時に使ったのが『風渡り』だったか。
風の精霊と一体化して、文字通り風になって移動するらしい。
ただ、その一体化するという性質のせいか、精霊魔法の中では珍しく多くの魔力を消費するそうだ。
だから、シェリアさんはブッ倒れていた、というわけだな。
ここ、ウルベから遺跡の街までの間には、結構、高い山々がそびえている。
だから空を飛ぶとか、風になるという手段が必要になるのだ。
そこを直進できれば、三百キロあるかないかという距離だが、徒歩では常時身体強化でもしていないと、さして時間短縮にはならないだろう。
まあ、大回りすると、倍以上の距離を移動することになるのは確かだが……。
「ソーラ、なんとかならんか?」
「う、うーん……そうですねえ」
なぜか、セナトが俺に問う。
なんで俺に振るんだか解らんが……水を向けられたからには考えるしかない。
『転移』以外で俺ができること、というと……『浮遊』と『飛行』を組み合わせるくらいか。
とはいえ、実験してみないと上手くいくかはわからないが。
「えーと……」
とりあえず、何かに乗って、それを『浮遊』で空中に浮かべ、『空間結界』で保護、そのうえで『飛行』を使って飛ぶ――というのを説明してみた。
すると、室内の人々はおおむね懐疑的だったが――。
「よし! やってみよう!」
セナトが乗り気になった。
◇
結果から言うと、実験は成功した。
当然、一人で飛ぶ時に比べて魔力の消費は激増したが、俺にとっては問題にならない程度だ。
ちなみに、人を乗せる部分は地属性魔法で作った。
ちょっとした小舟のような形の物だ。
久しぶりに新しい試みをした気分だが、やはり地属性は便利だ。
問題は、やけくそにはしゃぐ者と、物凄く怖がる者がいたこと。
だがまあ、そういう人たちは闇属性の魔法『昏倒』で意識を失わせておけば、目が覚める頃には遺跡の街に着いている。
そんなこんなで、遺跡の街派遣チームの移送を開始した。
教国が再び攻めてくるまで、およそ二ヶ月――それまでに、どの程度の人が『瘴気感知』と対抗手段を身につけられるだろうか。
なかなか先行きは不透明だが、希望があるだけマシだ。
まあ、ひとまず、ここまでの流れは無双できたと言えるであろう。