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第四十話 黒騎士無双

「ソーラさん! ちょっと来てください!」


 いつも通り遺跡に潜り、深層の魔物を狩ったり、剣術の修行をしたり、スキルを伸ばしたりする訓練の帰り、冒険者ギルドに入った俺をギルド職員が大声で呼ばわった。


 はて、何かあったのかな? と呑気に構えて呼ばれた方へ歩み寄ると、そこには息も絶え絶えの、エルフの女性が寝かされていた。


「彼女は?」

「どうも、ソーラさんを訪ねてきたようなんです」


 職員のお兄さんは、俺の問いに困惑気味に答える。

 エルフといっても、俺にはミスティ以外に知り合いはいない。

 にもかかわらず、俺を訪ねてきたということは――。


「……森への侵攻が、始まったのか」

「大変だ……ギルドマスターに知らせないと!」


 俺のつぶやきに激しく反応した職員が、そう言って駆けていった。

 ――俺に会いに来たということは、ミスティの指示なんだろうけど……詳しいことは、この女性に聞くしかないか。


 そう判断した俺は、即座にエルフに魔力を流し込む。

 彼女の状態は、魔力の枯渇による気絶だと見て取れたからだ。

 すると魔力が充実した途端、彼女はガバリと身を起こした。


「こ、ここは!?」

「ここは冒険者ギルドです。それから俺はソーラ、聞いた話では俺を訪ねてきたとか……いったい、何があったんですか?」


 困惑するエルフに、俺は努めて冷静な口調で尋ねた。


「あ、あなたが……!?」


 あーこれは、アレですか。子供過ぎたから信じてもらえないパターンですかね。


「ええ、俺を知っているということは、ミスティ経由だと思いますけど……」

「そ、そうです! ミスティさんに、あなたを連れてきてくれと!」


 一応、信じてもらうためにミスティの名前を出してみると、彼女の反応は劇的だった。

 そして、「会え」じゃなく「連れてこい」となると――。


「解りました。行きましょう」

「え、ええ!?」


 まさか、説明して即座に行動に移されるとは思わなかったのだろう。

 彼女は横抱きに持ち上げられて、困惑の声を上げる。


 同時に、ギルド内で俺たちに注目いていた野次馬が「おおっ!」とか「きゃあ、お姫様だっこ!」とか騒いでいるが無視だ。

 ということで、さっさとギルドを飛び出し、東門へと向かった。


「方角だけ教えてもらえますか?」

「え、ええと、北北東です」


 門を出、彼女に行先を尋ねる。

 そして、その答えを元に、俺は既に暗くなった空へと飛び上がった。


「え? ひっ……きゃあぁあああ!?」


 いきなりのことにエルフの女性が悲鳴を上げるが、まあ、しばらくしたら落ち着くだろう。

 今は、一刻も早くミスティの元へ向かわなければ……無事でいてくれよ!





「ぐおっ!」

「セナト族長!」


 黒騎士の剣が、獣人族の長・セナトの腕を深く切り裂く。

 かれこれ、黒騎士と戦い続けて一時間以上――さすがに、誰もが限界に近い。


 途中からは獣人族の戦士が前衛、エルフ族の精霊使いが後衛を務める形で連携していたが、黒騎士に決定的なダメージを与えることはできていない。


 それどころか、獣人族の戦士はどんどん戦闘不能にされていっている。

 このままでは早晩――いや、黒騎士がその気になれば、いつでも戦線をズタズタにできるだろう。


「この程度……!」


 セナトが距離を取りながら、身体強化で回復力を急速に高め、己の傷を癒やす。

 しかし、もうすでに完全に回復できるほどの魔力は残っていないようだ。


「……ミスティ、お前の言ってたソーラってヤツはいつ来る?」

「時間的には、もう間もなくだと思いますが……」


 距離的に、シェリアが往復するには二時間近くはかかるだろう。

 つまり、あと数十分といったところだ。

 ――少々、割り引いて答えてしまったが、ここで事実を伝えれば、絶望してしまう者も出てくるだろう。


 であるなら、まだしばらくは希望があると思っていてもらう必要がある。

 ――結果的に、これから何百人も死ぬことになるかもしれないが、その咎は甘んじて受けよう。


 何より重要なのは、なんとしても黒騎士を倒すこと。

 そして、『黒い靄』への対抗手段を得ることだ。

 ――ソーラに期待しすぎだと解ってはいるが、三週間を共に過ごした私には、「彼なら何かやってくれるんじゃないか?」という思いがある。


 ソーラと別れてから一月以上が経過しているのだから、私との修行よりも、もっと多くのことを学んでいるだろう。

 ならば、少しくらい期待しすぎても良いのではないか――と思うのだ。


(私もヤキが回ったか……)


 苦しい時に男のことばかり考えているなど、戦士にあるまじき行為だが……まあ、それだけ私も追い詰められているということだろう。


 再会したとき、こんな私を見たら、彼は無様と笑うだろうか?

 それとも、あのあどけなさの残った少年の顔で苦笑するのだろうか?


 その答えを得るためにも、時間を稼ぎ続けなければならない。

 だが――。


「ふん……流石に飽いてきたぞ。もう、貴様らには残された手札は無いようだ……終わらせるか」


 ――不味い!


「まずは貴様だ!」


 黒騎士は戦いを切り上げるべく、セナトを倒すことを選んだ。

 彼は族長と呼ばれているのだから、それも当然だろう。

 無慈悲な――今までは様子見か、それともこちらを嬲っていたのか――これまで以上の速度で放たれた一閃が、セナトの右腕をあっさりと切断した。


「ぐがああああ!」

「族長!」

「おのれえ!」


 セナトの悲鳴が響く。

 長を戦闘不能に追い込まれ、獣人の戦士たちが猛る。

 一方で、愕然とした表情を浮かべて動きを止める者も多くいた。


 無策に躍りかかる獣人たちを、黒騎士は易易と屠ってゆく。

 私たちエルフ族も精霊魔法でなんとかしようとしてはいるが、焼け石に水――いや、すでに無駄なあがきと言われる状態に陥っている。


「フフフ……次は貴様だ……」


 獣人たちを片付け、余裕綽々に私を見やる黒騎士。

 兜の向こうの顔は見えないが、嗜虐的な表情を浮かべているだろうことは解る。


「私とて、エルフ族の戦士。最後の最後の瞬間まで、あがかせてもらうぞ……!」


 既にボロボロに刃毀れしてしまっている二本の曲刀を両手に握りしめ、私は啖呵を切った。

 ――ソーラの師として、誇れぬ死に様だけは晒せない。


「ゆくぞ!」


 枯渇しかけた魔力を絞り出し、私は移動の精霊魔法『風奔り』で黒騎士に突っ込む。

 奴はまだ構えてもいない。


 ――鎧の隙間を穿つ!

 ここまであえて狙わずに来たのだ、ここで決めてみせる。

 全身鎧で最も隙間が大きい場所は腋……完全にこちらを見下している今なら、一撃を入れることは可能なはずだ。


 ――ガキィン!


「フッ……フフフ、ハハ……ハッハッハッハッハ!」


 夜の森に、金属音と黒騎士の哄笑が響く。

 ――曲刀が折られたか……それに、最初から隙間などなかったのだ。


 なにしろ今、私が一撃を入れたのは、間違いなく腋。

 他に比べて柔らかそうに見えるそこも、堅固な防御力を持っていたのだ。


「終わりだ!」


 魔力の枯渇で朦朧とする私を殺すべく、黒騎士が剣を天に振り上げる。

 目がぼやけて焦点が合わないが、決して目はそらさない。


 ――最後まで、睨みつけていてやるぞ!


「……」


 しかし、最後の瞬間は訪れなかった。


「馬鹿な……我が剣が……!」


 黒騎士が驚愕の声を漏らすが、上手く見えない。

 ――リィイイイイイイ。

 場違いなほど涼やかな、秋の虫のような音色が耳に届く。


「ミスティさん!」

「お待たせ、ミスティ」


 次に聞こえてきたのはシェリアと……ソーラの声。

 シェリアはふらつく私を、支えてくれているようだ。


「ソーラ、なのか?」

「ん?……ああ、魔力か」


 私の声に不思議そうな声音を漏らしたソーラが、私の肩に触れる。

 すると、一瞬で私の魔力と体力が完全に回復した。


「!……っはぁ! これは……」

「落ち着いたか?」

「あ、ああ……大丈夫だ」


 体の中に、一息に魔力を流し込まれた衝撃に取り乱すが、私はソーラの問いにかろうじて答える。

 ――こんなこともできたのか。


 修行のときを除けば、ソーラは時折、魔法を使ってはいた。

 だがそれは、料理であったり、焚き火の準備であったり、椅子やテーブルの製作であったりと、日常作業の延長でしかない。


 彼自身から「魔法がメイン」とは聞いていたが、これほどとは考えていなかった。

 エルフ族でも魔力が多い方だと言われる私の魔力を一瞬で回復させる魔力量を持ち、並行して回復魔法をかけるとは……。


 驚愕と敗北感の中で、安心感も覚えていることに、私は妙な気分になっていた。

 ――これが無双される気分というやつだろうか?


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