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第三十九話 火計無双

「操っている者を探せ!」


 いつまでも消えない黒い炎を前に、私は声の限り叫んだ。

 消えず動き続けるということは、炎の帯の根本には術者がいるはずだ。


「はい、ミスティさん!」

「わかった!」


 声に反応した者たちが即座に動きを変え、木々の影に姿を消す。

 ――教国の騎士や冒険者たちに、発見されず奇襲するためだ。

 精霊の力を借りられるエルフ族と、五感で他者を感知できる獣人族でなければこの方法は取れなかっただろう。


 私は『魔力感知』も『気配察知』も持っているが、敵にはなぜか、これらがまともに反応しない。

 他の種族には感知できない精霊の力を借りられるエルフ族である私が言うのもなんだが――これは異常な事態だ。


 何しろ生き物であれば、確実に一定の魔力を放っている。

 にもかかわらず、『普通の四分の一も魔力が感じられない』者ばかりなのだ。


 その程度の魔力なのは小動物くらいのもので、森のなかではそれらの反応が混ざってしまう。

 皮肉なことに、森が焼かれそれらが逃げ出していることで、多少は感知できるが――黒い靄と炎、そして生木の燃える煙のせいで、視界が極端に悪い。


 木を切り倒し、風の精霊に助力を請うて煙を吹き飛ばしてはいるが、完全に焼け石に水だ。


(いた!)


 百メートルほど東、靄に隠れるようにして黒い炎を操る術者を一人、発見した。

 私は即座に風の精霊魔法『破裂する風矢』で攻撃――頭に着弾した途端、兜の中からおびただしい量の血が吹き出す。


 呼吸のための穴から入り込んだ風の矢が破裂、鼻や口に流れ込んだ威力が術者の頭を破裂させたのだろう。

 ――ひどい殺し方だが、手段を選んではいられない。


 いまだ森は燃え続けているが、徐々に黒い炎自体は減ってきている。

 だが、こちらもみんな消火と木の伐採、それに術者を倒すのに手を取られすぎて疲労困憊だ。


 このままでは数の差で、遠からず我々の方が劣勢になるだろう。

 間もなく日暮れ――時間的には、近場の町や村から獣人の戦士たちの増援が到着しても良い頃だが――。


 ――うおおお!


 どうやら到着したようだ。

 東に向かって多くの気配が駆けて来、そのまま駆け抜けてゆく。

 ――これなら、今まで戦っていた者たちが休める。


 西から現れる獣人族は今なお数を増し、その数は三千ほどになろうとしていた。

 とはいえ、数の上ではまだ五倍ほどの差があるため油断はできない。


 自分たちが住む森を焼かれ続けている獣人族の怒りは凄まじく、巧みに身を隠しながら次々に教国の騎士を倒してゆく。

 ――しかし敵側も、時折、猛烈な『黒い靄』を発しては、傷ついた者を癒やしている。


 増援が来たとはいえ、状況はさほど改善されていないというのが実情だった。


(やはり、あの靄をどうにかしなければ、我らに勝ち目はない)


 あれが魔力のように、術やスキルを行使する為のエネルギーとして使われているのだろう、とは推測できる。

 しかし、魔力量が他の種族に比べて多く、魔力の消費も少ない精霊魔法が使えるエルフ族よりも、教国騎士の持つ『黒い靄』の方がはるかに継戦能力に秀でているように感じられる。


 いくら環境が我らに味方していたとしても、時間が味方にならないのでは話にならない。

 ――誰かに、ソーラを呼んでこさせよう。


 そう考えたとき、ひときわ巨大な黒い炎が立ち上った。

 火に追われ、焼かれた獣人族たちの気配が、一瞬の内に何十と消えてゆく。


「くっ」


 私は、黒い炎を風で押し戻しなんとかしのいだが――体勢を立て直すまでのわずか数秒で、百を超える獣人たちが消し炭となって砕けた。


「まったく……愚かな亜人どもが、私の邪魔をしおって」


 黒い炎が収まった後、黒い靄の中から一人の騎士が現れた。

 その顔は怒りに歪み、不快気な様子で文句を吐く。

 ――この男……まったく魔力がない!


「しかし、やはり森の中では、騎士たちも十分な力を発揮はできんか……」


 黒い炎によって焼かれた森は、半径数キロには及ぶだろう――にもかかわらず十分ではないだと?

 私と似た感想を持ったであろう獣人族たちが、怒りに唸り声を上げる。


「これほどまでに森を傷つけて、まだ足りんと言うのか」


 獣人たちの中から、一人の男が現れた。

 族長である、セナトだ。

 彼もやはり、怒りを宿した険しい顔をしている。


「ふん、獣風情に説明してやる謂れはないが……よかろう、教えてやる。貴様ら亜人はこの地上に存在してはならん悪しき存在! だから一匹残らず誅殺しつくすのだ! これほど? 足りん! まったく足りん! 我が目標は、この森を平らげること! 貴様らを誅戮するためには森を焦土にすることも厭わん! 貴様らに残された道は、我が力の前に誅滅されるという、ただ一つしかないのだ!」


 ――狂っている。

 それが、その騎士の主張を聞いた全員の感想だった。

 何もかも神の名で許される、自分の行いは肯定される考えているのだ。


「狂人が……! ならば、この俺が貴様を殺して止めてやる!」


 セナトが低い怒声とともに、一歩前に出る。

 激しい怒りに金色の体毛が逆立ち、漏れ出た魔力が燐光を放つ。

 身体強化を全力で施しているのだろう。


「フン……神のご意思を解せぬ愚かな獣が。貴様ごときに使いのは勿体無いが、我が力を見せてやろう! 神聖騎士たちよ! お前たちは手を出すな!」


 騎士は傲然と言い放つと、全身から黒い靄を吹き出させた。

 靄は我々の視界を塞ぎ、相手が何をしているのかすら探ることができない。


「はあぁ……『神力武装』!」


 騎士の声が響き、一瞬で靄が吹き飛ぶ。

 ――その向こうから現れたのは、黒い装備に身を固めた巨漢の黒い騎士だった。


「これが神に与えられし『神力』による『神術』の極地! 『神力武装』である!」


 喜悦を含んだ声で叫ぶその姿は、先ほどまでよりはるかに大きく三メートル近い。

 ――完全に体型まで変わってしまっている……これは武装などという次元ではなく、『変身』だ。


 それにしても、あの黒い靄が神に与えられた力とは……悪趣味な神もいたものだ。

 神というよりは、悪魔が妥当だな。


「化物が!」


 セナトが叫ぶと同時に踏み込む。

 その拳は全力で引き絞られ、必殺の意思と破壊力が秘められているのが見て取れた。


 ――ゴガァン!


「フフフ……」


 轟音が響き、獅子の拳が炸裂する。

 誰もが敵が打ち砕かれる様を幻視した。

 ――しかし黒騎士は、平然とそれを受け止めてみせた。


「ばかな……!? 俺の拳は鋼鉄すら簡単に砕けるんだぞ!」

「愚か者め! 神の力が、鋼鉄に劣るわけがあるまい?」


 驚愕し飛び退るセナトに、黒騎士は挑発的な言葉を投げかける。

 そして剣――いや、腕と一体化しているから、剣のような右手を一振りし宣言した。


「今度は、こちらから行くぞ!」


 ――ドン! という爆発音を伴って踏み込み、黒騎士は先のセナトにも勝る速度で間合いを詰めた。

 黒い線にしか見えない速度で振られた剣腕を、セナトはなんとか避ける。


 しかし続く二撃目はかわせそうもないほど、バランスを崩されてしまっていた。

 ――これは、一対一にこだわっている場合ではない。


 そう判断した私は精霊の力を借り、セナトを大きく吹き飛ばした。

 それは図に当たり、剣腕の切っ先が鬣の一部を切り飛ばすに留める。


「シェリア! 遺跡の街へ行って、ソーラという少年冒険者を探してきてくれ!」


 私がそう頼んだのは、エルフ族でも屈指の精霊使い。

 彼女なら『風渡り』という魔法で、数百キロの距離も一時間程度で移動できる。


 往路だけで魔力が尽きるだろうが、遺跡の街なら魔力回復薬を入手することも可能だろう。

 ソーラに会えさえすれば、どうにでもなるはずだ。


「で、でも……」

「心配はいらん! ソーラは魔法がメインの魔法剣士だが、魔法抜きでも私と五分だ!」


 躊躇するシェリアに、自信満々に言い放ち、勢いで納得させようと試みる。

 すると「私と五分」という説明が効いたか、シェリアは一度深く頷いて南へと駆け出し、風をまとったその姿はすぐに見えなくなった。


「無粋な亜人め……よかろう! 何匹でも同時に相手してやろうではないか! 我が無双の力! とくと味わうが良い!」


 セナトとの戦いに水を差した私に文句を言いつつ、黒騎士はひときわ大声で宣言した。

 ――無双の力か……まったく、やっかいなことだ。


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