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第三十八話 大霊連合無双

「オスティムが落ちただと!?」


 獣人族の長・セナトの驚愕の声が、会議室内に響き渡った。

 怒りに震え、獅子の顔が牙を剥き出す。

 獣人の中でも特に獣の特徴が強い彼は、いかにも獣王といった空気をまとっているため、その顔は威圧感たっぷりだ。


 私、エルフ族の魔法戦士ミスティがいるのは、獣人族の首都・ウルベ。

 エルフ族、獣人族、そしてドワーフ族による協力を約する『大霊連合』の大会議のために各種族の長が集まり、その護衛として私を始めとした戦士たちが同席している。


 そこに飛び込んできたのが、満身創痍の獣人族の戦士。

 そして先の凶報だ。


「馬鹿な……万全を期していたはずだ!」


 先月の大会議で決定された、『オスティムを空にし、教国を誘引してから奇襲で各個撃破する』という方針は、つつがなく進められたはずだった。


 にもかかわらずオスティムの街が落ちたということは、奇襲が看破されたか、単純に力負けしたか、そのどちらかだろう。


「皆殺し!? 皆殺しだとッ!?」


 三度、セナトの驚愕の声が響く。

 戦士の報告は、どうやら後者――それも最悪の部類だったようだ。


 続けられた報告では、教国の騎士たちは黒い靄を体から発し、それに姿を隠した状態になると魔力も気配も感知できなくなるという。


 しかも強力な回復術を持っているらしく、致命傷ですら一瞬で癒やして復帰する。

 それもなぜか魔力の動きが感じられず、いつ、どこで発動されるのか判らず、止めることすら出来なかったそうだ。


 さらに、恐ろしく強力な黒い鎧をまとった大柄な騎士が現れ、周囲の騎士を鼓舞、強化して回ったことで、あっという間に獣人族たちは全滅の憂き目を見ることになったらしい。


 建物が密集した場所、それも味方が知り尽くした街でのゲリラ戦を行って、完膚なきまでに叩きのめされた――獣人族の動揺は大きいだろう。


 問題は――。


「――次をどうするか、じゃな」


 豊かな髭をしごきながら口を開いたのは、ドワーフ族の長・デウス。

 次は森に入らせない、あるいは森の中での戦いとなる――そうなると、ドワーフ族に出る幕はない。


 矮躯で動きが鈍重な彼らには、森の中は最も活動しにくい場所の一つだ。

 そのためドワーフ族の住処は、『大霊の森』でも火の山周辺の岩場に限られる。


 そんな彼らにできることは、森の中では街の防衛戦しかない。

 しかし、獣人族とエルフ族は、森の中なら守るよりも攻める方が得意だ。


 奇しくも、戦闘における連合の弱点がさらけ出された形となった。

 こうなっては、それぞれできることをやる他あるまい。


「我々と獣人族は森、ドワーフ族は街、かの」


 エルフ族の長・テデューム様は私と同様の答えを出したようだ。

 彼は老人のような口調だが、外見は金髪金眼の青年に見える。

金色の瞳は、精霊との深い交誼の証だ。


「……それしかねぇか」


 冷静さを取り戻したセナトが、ボソリとこぼす。

 大まかな方針は定まり始めたか。

 しかし、『黒い靄』とやらが何なのか解らなければ対処のしようがない。


「黒い靄というと、伝承の悪魔を思い出すがの……」


 伝承というのは、古代の文明が滅んだことに関わるものだ。

 かつて、この世界には統一王朝があったという。

 その国は、誰もが多くの魔道具を使い、豊かに暮らしていた。


 森を切り開き魔物を殲滅し、海の上に陸地を作り版図を広げ――最終的には、空に大地を浮かせることすら可能になったという。

 そんな文明が滅んだのは、どこからか現れ始めた『悪魔』が理由。


 悪魔たちは街を破壊し、人々を殺して喰らった。

 次々に生活圏を地上の生活圏を失った者たちは、最終的に仕方なく空に避難。


 ――しかし、悪魔は強力なものほど空を飛ぶ能力も持っている。

 当然のことながら、悪魔は大挙して空の大陸を攻めた。

 人が殺され、建物が破壊され――大地までもが砕かれた。


 浮遊する能力を失った大陸は、バラバラに散らばりながら地上に落下。

 地上に残った悪魔を押しつぶし、自らも砕け散った。


 そして奇跡的に残った建造物が、現在『遺跡』と呼ばれ、世界各地で冒険者たちの狩場となっている。

 その内に悪魔の現れる領域を内包したまま――。


「ヤツらが、悪魔の力を持ってるってのか?」

「それは判らん……しかし、遺跡に詳しい者に、話を聞いてみる必要はあろうの」


 セナトの疑問に答えたテデューム様の言葉に、その場にいる者たちは納得とばかりに頷く。

 であれば、遺跡の街の冒険者ギルドに誰かを派遣するのが早いだろう。


 あそこには今、ソーラがいる。

 あいつなら、確実に色々なことを調べながら、遺跡の深層にまで潜っているはずだ。


 一体どれほど強くなっていることか。

 わずか三週間で私の『刀術』と互角に戦えるようになったソーラのことだ、きっと見違えるほどに成長しているだろう。


「テデューム様、それでしたら私に心当たりが――」


 ソーラのことを伝えようとしたとき、再び会議室のドアが荒っぽく開かれた。


「族長! 教国が森に入り込んだようですぜ!」

「なっ……チッ、街に何も残しておかなかったのが裏目に出たか!」


 先の凶報から一時間もせぬ間に、次の凶報か。

 どうやら教国は略奪するものがなかったことで、進軍を早めたようだ。


 こうなっては、本決まりになっていない方針で動くしかない。

 ……時間の猶予があれば、私が使者として遺跡の街に赴くつもりだったのだが、残念だ。


「獣人族は全戦士を出す!」

「エルフ族も、戦士と精霊使いを出すとしようかの」


 セナトとテデューム様が、即座に指示を飛ばす。

 それを受けて動くのは、我ら護衛に来ていた戦士だ。

 ここウルベには、獣人族の戦士は多くいるし、各種族もある程度の軍勢を連れてきている。


 これを対応に当てつつ、各地の戦士たちを集合させるよう、伝令を出さねばならない。

 ――まったく、ままならないものだ。



 各部隊が準備を終え、出撃してから一時間――教国の騎士と冒険者に遭遇した。

 話に聞いた『黒い靄』は、今のところ見られない。


「気づかれる前に片付けるぞ」

「はい」


 小声で部隊の仲間に指示を出し、各々弓や精霊魔法の準備をする。

 敵の感知範囲はさほど広くないようだから、奇襲が可能だ。


 我々エルフ族は精霊の力を借りることで、五百メートルほどの距離まで感知できる。

 これは大半の種族に勝るもので、比肩するのは動物的な感覚を持つ獣人族ぐらいなものだ。


 ――ソーラは出会った時点で一キロほどの感知範囲を持っていたが、彼は例外だろう。


(やれ)


 無言で手を前に振って攻撃を開始させる。

 即座に矢と魔法が放たれ、頭や心臓を貫かれた者が何人も倒れた。


 例の『黒い靄』が致命傷すら回復させるなら、一撃で殺すしかないのだ。

 戦士とはいえ人を殺すのが好きな者はいないが、今は戦争だから慈悲をかける訳にはいかない。


 教国は、少しでも教義に適わぬ者は決して見逃さないのだ。

 そして獣人、エルフ、ドワーフ族は、彼らの教義では『亜人』――人ならざるものとして、魔物と同列視されている。


 つまり我らの存在そのものが、やつらには許せない。

 であれば、戦端が開かれた以上、どちらかが諦めるまで血を流し続ける以外に方法はないのだ。



 それからも奇襲を続け、我らの部隊だけでも数百の敵を殺した。

 全体の方針も『有利な状況で戦う』というものだから、どの部隊も似たような戦果を上げているだろう。


 約三時間ほどで、敵の損害は万を超えているのは想像に難くない。

 指揮官が気づいているなら、間違いなく軍を退くだろうが――教国は、普通ではない。


 神を至上・至高の存在とし、それに仕える者は神の代理人であると考えている。

 そして神の定めた法を遵守させるためであれば何人でも殺すし、何人殺されても退くことはない。


 さらに悪いことに死んだ後、信者だけは神の国に招かれるとも考えており、神のために死ぬのは最高の栄誉なのだ。

 質の悪い冗談のような国――誰もが、そう考えるだろう。


 私も神がいないとまでは考えていないが、神が人の生き方を規定するとも思っていない。

 獣人族も、ドワーフ族もそうだろう。


 人族も、その多くは似たような認識なのではないだろうか。

 宗教を持つのは人族だけで、その数も多いらしいが――基本的には『回復魔法を使える者を育成する機関』だという。


 決して、存在の有無すらわからない神に従う者を作り出す場所ではないのだ。


 益体もないことを考えながらも、我々は次々に遭遇する敵を射殺してゆく。

 やっているのは移動、昨敵、発見次第、手信号で停止、攻撃の指示――これだけだ。


 四時間ほどが経過し、敵の損害が更に大きくなり、我々も疲労が募り始めた頃、それは起こった。


「火だ!」


 突然の業火が東で発生し、紅葉した木々を焼いてゆく。

 いや、ただの火ではない――黒い炎だ。

 それは闇の如き黒さを感じさせ、生き物のように動き、いつまでも燃え続けている。


「水をかけろ!」

「駄目だ、消えない!」

「木を切り倒せ!」


 方方で獣人族とエルフ族の戦士たちが叫ぶ。

 慌ててはいても、その判断と行動は的確だ。

 ――しかし、それでも森はどんどん燃えてゆく。


 こんな時には、全てを蹴散らせる無双後からが欲しい――我々は、そう願ってしまう状況に陥ったのだ。


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