第三十六話 研究無双
遺跡の街の定宿に戻った俺は、冒険者ギルドマスター・アーヴスに説明した通りゴロゴロしていた……わけではない。
何をしているかと言うと、魔石を用いた魔道具に関する研究だ。
これは遺跡に潜っている時に気づいことだが、隔離されている空間の出入り口には例外なくなんらかの文様が描かれ、それが常に魔力を帯びている。
これはつまり、文様に魔道具というか、回路のような役割があるということだろう。
そう考えた俺は、探索の休憩の度に文様を観察し続けた。
その結果、不規則な柄にか見えなかった文様の中に、ブロック体のアルファベットが含まれていると気づいたのだ。
過去の転生者か、転移者か……それはわからないが、英語を知るものが魔文字の作成に関わって、こういう形になったのではないだろうか。
最初は、それをそのまま真似しようと考えたし、実際やってみたのが……俺が英語に詳しくないことが、巨大な壁となって立ちはだかった。
所詮、俺には無理だったのか……と諦めかけた。
だが、そこで閃いたのだ。
「英語が行けるなら、日本語でも行けるんじゃない?」と!
そして試行錯誤すること数日――。
文字の使い方にある程度の目処が立った。
それは平仮名、カタカナ、漢字が混在してはならないということが、まず一つ。
次に、文字数が多くなればなるほど消費される魔力量が増えるということが一つ。
最後に、確実に状態を固定する、あるいは目的を明確に表現する文言でなければならないということ。
つまり、『硬い』『柔らかい』では駄目で、『硬化』『軟化』というような表現に限定されるということだ。
もちろん、実際には漢字かな交じりでは駄目だが。
魔文字の効果の強弱は、今のところ使う魔石の保有魔力に準拠すると考えられるが、文様にしたときの影響は、まだわからない。
ともあれ、一定の理解は出来たので、現在は何にどういう文字を刻むのが妥当かを試しているのだ。
土台となる物に魔法やスキルを駆使して文字を刻み、そこに魔石を変形させて流し込むなり、はめ込むなりして定着させる。
そうして形になったのは、『清掃』の魔道具。
魔石の性質上、どうしても寿命が短いのだが、ゴブリン程度の魔石でも半径数メートル程度は効果が及ぶし、五~六回くらいは使える。
ロケットペンダントのようなケースに大きさの合う魔石を収納すると、自然と刻まれた魔文字の下に魔石がくるので、そのまま魔力を流してやればいい。
ぶっちゃけ魔石自体に魔文字を刻んでも普通に発動するのだが、なぜか刻んだ途端に、それも魔力が尽きるまで発動し続けるので役に立たない。
ということで、ワンクッション挟む形になっているのだ。
◇
その後も研究したり、『遺跡の湖』へミスティが来ていないか確認に行ったりし続け、また数日。
その間、完成した魔道具は複数あった。
魔石が帯びた属性を魔道具の性質に合わせる必要があるかと思っていたのだが……実際には、少々の影響しかなかったため楽になったのだ。
例えば、風属性を帯びた魔石で光属性の『光明』を発動する魔道具は作れるのか? というと、問題なく作れる。
ただ、『光明』の魔道具だと、発生する光の色が変化した。
地なら黄色、水なら青、火なら赤、風なら緑っぽい光になるのだ。
これはこれで、好きな光の色が選べて逆に面白かった。
また、魔石を合成して使うと、色味を微調整することもできる。
まあ、そういうことで明かりを灯す『光明』の魔道具、冷たい風を起こす『冷風』の魔道具、温かい風を起こす『温風』の魔道具などを作り出したのだ。
……でも冷静に考えると、俺しか判らない言語を使って作ってるから、表に出すのは憚られる。
どれも安価でそこそこ長時間使えるから、家電的に使えるんだけどなあ。
現状出回っている魔道具は遺跡産なので、どんなに安くても金貨数枚が必要なのに対して、俺の魔道具は大銅貨一枚程度の原価で作れるのだ。
まあ、ランニングコストはかかるが。
◇
自分のことにだけ没頭していた半月ほどの後、第三王子から「登城せよ」とのメッセージが冒険者ギルドに届いた。
おそらく、先日の救出の件だろう……ということで、俺は王城に来ている。
……のだが、なぜか礼服を着せられて、王の執務室に移動させられた。
事の次第を聞かせるだけなら、第三王子でいいだろうに……正直、めんどくさい。
「魔石細工職人、冒険者ソーラ殿をお連れいたしました」
「通せ」
俺を先導した兵士がノックとともに室内に声をかけ、中からの返答を受けドアを開けた。
「失礼いたします」
一礼し室内に入る兵士に続き、俺も戸をくぐった。
執務室内には、王と思しき白髪混じりの細身の男性と、頭の寂しくなった小太りの老人がいる。
勝手なイメージだけど、宰相とかかな?
「名乗るが良い」
「は、私はソーラと申す冒険者です。お目にかかれて光栄です」
王に促され、軽く自己紹介をする。
まあ、相手は俺のことを知っているだろうから、こんなもんでいいだろう。
それと目は合わせない。
なにが不敬と言われるか、わかったもんじゃないからだ。
「此度のこと、感謝する。下がって良い」
「は、ありがたき幸せ」
あっさりしてるなー……まあ、助かるけど。
多分、非公式でも謁見させることが褒美の一環、みたいな感じなんだろう。
ということで、俺はさっさと退散した。
「ソーラ!」
兵士の先導に従いながら、帰ったら何をしようかと考えていると、前方から婚約者を伴ったレックス第三王子が現れた。
そしてそのまま、俺の横に立って歩き始める。
「よく来てくれたな。父上は何と?」
「ありがとうございます。お礼を言われました」
小声で聞いてくる王子に答えると、彼は納得したように頷いた。
やはり王族……というか王としては、妥当な対応だったのだろう。
「では、続きは室内で話そう」
誘導された先は、俺がいつも通される部屋だった。
違っていたのは、室内にセプテン王国の王妃がいたこと。
うっかり目が合うと、彼女は意外な行動に出た。
「ソーラ殿、私はセプテン王妃、ティファニアと申します。先日は礼も言わず、失礼いたしました」
ソファから立ち上がってそう言うと、深々と頭を下げたのだ。
王族――今や亡国の、だが――が平民に頭を下げるとは……。
「ソーラ殿、私はセプテン第一王女イザベラと申します。私からもお詫びとお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
続いて王女も、立ち上がって頭を下げる。
「いいえ。私こそ名乗りもせず、申し訳ありません。何分、平民なものですから、王族の方にどう対応すれば良いのかも知らず、取り乱しておりましたので」
いま言ったことは、半分本当だ。
取り乱していたら、ああも平静に振る舞えはしないからね。
多分、多くの魔物と戦ってきたことで度胸がついたのだろう。
「さあ、堅苦しい挨拶はここまで。みんな座って話しましょう」
王子が空気を変えるようにそう促し、全員が腰を下ろす。
するとそこに侍女がお茶を運んできた。
彼女はセプテン王国から、王女たちとともに脱出してきた人だ。
「そういえば彼女のお名前を、まだ聞いていませんでしたね」
一人だけ仲間はずれな感じも嫌だなあと思ったので、俺はそう言ってみた。
すると王妃と侍女が視線を交わし、王妃が一つ頷く。
「私はイングリッドと申します。助けて下さってありがとうございました」
彼女は名乗り、笑顔を浮かべ頭を下げた。
俺は「どういたしまして」と返す。
……それにしても、今日は礼を言われてばかりだなあ。
まあ、完全にみんなハッピーというわけには行かなかったが、ベターエンドくらいにはなっただろう。
しかし研究も微妙な感じになったし、今日は無双できたとは言えなかったな……。