第三十五話 続・空間魔法無双
「イザベル!」
「レックス様!」
突如、転移して現れた俺たちに気づき、俺を覗く全員が驚き固まること数秒。
婚約者同士である二人は、互いを認識し駆け寄った。
とりあえず人違いでなかったことに安堵し、俺は仮面と白いローブを外す。
念の為の変装だったが、姿を隠していたから何の役にも立たなかったな……。
まあ、潜入気分は出たから良しとしよう。
「ソーラ! よくぞイザベルを助け出してくれた!」
「レックス殿下、その言葉はまだ少し早いかと。どこか、安全な場所はございますか?」
婚約者の手を握りながら礼を言う王子をいさめ、脱出する先の心当たりを確認する。
「む……」
「ソーラとやら、先ほどの魔法は『転移』ですね?」
気が早かったと悟って口ごもる王子の前に、王妃と思しき女性が歩み出、俺に質問してきた。
答えはイエスだ。
「やはり……距離に制限はあるのですか?」
「私が確認した限りでは、遺跡の街からメディオまでは移動できました」
ここセプテン王国・王都セプトに来る前に、遺跡の街からメディオウス王国・王都メディオに転移したのが今のところ最長の距離だ。
感覚的には、ここからメディオまでも転移できそうだが……。
「少々お待ちを。どの程度まで行けるか、確認してまいります」
「え?」
一言断り、俺は『転移』を発動させた。
◇
結果としては、セプト―メディオ間は問題なく転移できた。
どうやら距離によって消費魔力が増えるようだが、俺なら特に気にする必要はなさそうだ。
まあ、短時間に長距離で何回も使えば話は違ってくるだろうが。
「そうですか……。レックス殿、お願いがあります。我々をメディオウス王国に避難させていただけませんか?」
王妃らしき――もう王妃でいいか――は王子に、そう依頼する。
セプテンの王族が王女しか残っていない現状、ここに居続けるのはリスクが高いと考えたのだろう。
国を離れることに色々と葛藤はありそうな様子だが、その辺りは平民でしかない俺には理解しきれないところだ。
ここでは彼女たちの決断に従うしかあるまい。
「もちろんです!」
「感謝いたします」
どうやら、メディオに向かうことで話はまとまったようだ。
◇
はい、ということで問題なくメディオウス王国・王都メディオにやってまいりました。
さすがに王城内、というか王都内に転移するのはどうかということで、事前に俺だけが王都外の目立たないところへ転移、ダッシュで王城に行って事情を説明し、馬車を用立ててもらった。
第三王子に貰ったメダリオンが、素晴らしい効果を発揮してくれたのは言うまでもないだろう。
ちなみに俺が助力を請うたのは、第四王女リリアだ。
なるべく、内々に動く必要があるからだね。
王城内が騒がしくなれば貴族が訝しむ→貴族街が騒がしくなる→商人たちが気づいて……みたいなことになっても面倒だ。
「お待たせいたしました!」
ということで、全員が王都郊外で待っていると、ゆっくりとではあるがソワソワした雰囲気の馬車の一団がやってくる。
そして手を振る第三王子に気づき、即座に下馬すると駆け寄り跪いて口を開いた。
馬車の護衛をしていた騎士四人の、一糸乱れぬ見事な連携? である。
第三王子も満足そうに頷き、「ご苦労!」とねぎらいの声をかけた。
「お兄様!」
続いて馬車内から第四王女が現れ、嬉しそうな声を上げる。
そしてドレスのスカートをつまんで持ち上げ、全力で駆けてきた。
……って、意外と足速いな! さっきの騎士たちより速いぞ!?
王女はそのままの勢いで王子の胸に飛び込み、王子はそれをクルクル回転することで見事に受け止めた。
……すごい慣れてる雰囲気だけど、もしかして日常なのこれ?
「ご無事で良うございましたわ!」
「ああ、ありがとうリリア。ソーラが、助けに来てくれたのだ」
ひとしきり回ったあと、二人は言葉をかわす。
王子のセリフで俺の存在を思い出したのか、王女は今度は俺に駆け寄ってきた。
「ソーラ、お兄様たちの救出に感謝いたしますわ!」
「もったいないお言葉。私は、私を友と呼んで下さったレックス殿下を助けたかっただけ……いわば、私自身のわがままでございます。ですから、リリア殿下が頭までお下げになる必要はこざいません」
俺の手を取り礼を言う王女に、そう返す。
実際、国同士のアレコレなんて考えてもいない勝手な行動だ。
表沙汰になれば、厄介なことになる可能性もある。
「そう……そうね、そういう事にしておきますわ」
私は解っている、とでも言いたげな悪戯な笑顔で、王女は俺の手を開放した。
「皆様、馬車にお乗りください」
タイミングを見計らっていたらしい騎士の一人がそう促し、第三王子、第四王女、そしてセプテン王国の王妃・王女とその侍女は、馬車に向け歩き出す。
もちろん、俺は見送りだ。
同じ馬車に乗るわけにもいかないし、そもそも遺跡の街にいるはずの人間なのだから。
全員が乗ると、騎士たちの先導で馬車はその場を離れてゆく。
ここから先のことは俺も知らないが、どうにかして辻褄を合わせるのだろう。
車窓から身を乗り出して手を振る第三王子と第四王女に頭を下げて見送りながら、俺は上手く話がまとまることを祈った。
――さて、俺も遺跡の街に戻りますかね。
ちなみに、報酬は後日、冒険者ギルドの口座に振り込まれていた。
表沙汰にできないということもあり、相当な金額であった。
一緒に送られてきたメッセージには、改めて第三王子、第四王女、王子の婚約者、その母の四名の連名で礼が記されていた。
本来なら勲章なり、爵位なりが授けられてもおかしくないレベルの貢献であるが、国際問題になりかねないことなので、おおっぴらにできないことに対する謝罪もあり、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
なにしろ、俺自身は矢面に立ちたくないということを遠回しにとはいえ伝えていたから、言ってみれば、彼らは俺の顔を立てて謝罪までしてくれたという形である。
命を救ったとはいえ、王族四人に頭を下げられるのは、平民には重すぎるよねえ……。
◇
これで俺に関わることは一応、片付いたわけだが、まだ問題は残っている。
――教国がエルフ族と獣人族の領域を侵略する、というアレだ。
国同士、あるいは種族間のことなら俺が出る幕などありはしないが、ミスティはエルフで『刀術』の師であり、俺の友人だ。
彼女が「エルフ族の魔法戦士」と名乗ったことから考えると、他国の侵略に関わらないとは思えない。
教国は、六つもの国の王都を一度に落とす程の武力と統率を持ち、戦う力のない者であろうと、教義に従わないなら容赦なく虐殺するような国だ。
どんな理由で侵略するのか知らないが、ろくでもない理由であろうことは想像に難くない。
とかく宗教というものは、当人以外には理解できない理屈で暴走するものなのだから。
◇
遺跡の街に戻ろうと思いつつ、俺はミスティと出会った森の湖に来ていた。
もしかしたら彼女と再会できないか、という思いからだ。
しかし当然ながら、ミスティの姿はない。
湖を含む開けた空間は、以前の通り静謐さを保っている。
本音を言うと、森の中をエルフ族を探して回りたい。
しかし、人族の国に侵略されようというタイミングでそんなことをすれば、ミスティにも迷惑をかけてしまいかねない。
「……一応、メッセージでも残しておくか」
ということで、俺は修行中に野営をしていた場所に、地属性の魔法『石壁』で石碑のような物を立て、そこに「何かあったら冒険者ギルドに連絡頼む。緊急に金が必要なら、この巾着の中のを使ってくれ」と記し、二十枚ほどの金貨を入れた小袋を置いておいた。
これで、今できることはやったかな?
それにしても、『転移』は無双の便利さだなあ……。
今後も緊急時には頼ることになるだろう。
……いろいろ検証しておくべきか。