第三十四話 空間魔法無双
遺跡の街に来て一月ほど、俺は第四十六区画の『ダークナイト』を相手に、『刀術』と『瘴気感知』を鍛えることをメインに活動していた。
この悪魔は以前『騎士っぽい出で立ち』と表現したが、採取できる素材も『鎧っぽい外皮』と『剣っぽい腕』、そして『盾っぽい腕』だ。
鎧はともかく、剣と盾はちょっとした加工で実用に耐える武具になりそうだという話で、サンプル作成用として職人さんに供給している。
もちろん代金も支払われるようになり、特に大金を使う予定のない俺は、何千枚もの金貨をかかえたままだ。
大金貨にすれば十分の一にはなるが、ぶっちゃけ銀貨以上を使う局面はほとんどないので、使いにくくなるから困る。
バイコーン装備も今の所、不満は出ていないし、よっぽど俺が急激に体格が良くなりでもしない限り買い替えもない。
当然、『震電』にも何の問題も出ていないしね。
あ、そうそう。
悪魔は魔石を採れないので、最近は魔石細工も作っていない。
魔石もまだいっぱいあるから気にすることもないのだが、なんとなく使いがたいのだ。
問題と言えないような問題はあるが、この一月で俺もそれなりに成長できた。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:105
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法10 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知10 隠身10 剣術10 体術10 金属加工4 刀術8 時間属性魔法4 瘴気感知5
転生特典:万事習得】
ご覧の通り『刀術』の伸びは鈍いが、『時間属性魔法』と『瘴気感知』はそこそこ伸びている。
対人戦に近い感覚で戦える悪魔が、もっと色々いれば良いんだが。
普通に対人戦やれよ、と思うだろうが、ごく初期はともかく俺の情報がそこそこ出回る頃には、見事に大半の冒険者に避けられるようになったのだ。
なにしろ王侯貴族と懇意な、ソロで前人未到の第四十八区画に到達するほどの腕前を持った少年なんだから、怖くなって当然だろう。
幸い、職員さんたちは普通に対応してくれるので助かっているのだが……そろそろ街を出るかなあ、なんて気にもなってきている。
まあ、深層の素材を供給して欲しがっているギルドマスターは残念がるだろうが、ちょっとだけ居心地が悪いのがねえ……。
「教国が周辺国を全て落とした?」
「そうだ、それに関連してお前さんにメッセージが来ている」
そんなある日、ギルドマスター・アーヴスに呼ばれてギルドに行くと、驚きの情報がもたらされた。
なんと神聖ヴァダリス教国が、周辺六カ国をほぼ同時に侵略したというのだ。
しかもそれら全てに勝利し、次の侵略の準備をしているという。
標的になるのは十中八九、獣人族とエルフ族が暮らしている森だろうと予想されているそうだ。
そっちも心配だが、それよりも緊急性が高い情報も聞かされた。
それは、「第三王子・レックスが婚約式でセプテン王国を訪れていた」というもの。
この情報を俺に送ってきたのは第四王女リリアで、短い文章にも兄の身を案じる思いが見て取れた。
そしてメッセージの意味を考えれば……力を借りたい、ということだろう。
おそらく俺なら、気づかれずに忍び込んで安否を確認することも、生きていればそのまま救出することも可能だろう。
第三王子の気配と魔力も探れるだろうし。
冒険者としてはタダ働きをするのは他人に迷惑になりかねないが……個人としては、できることはしたいのが本音だ。
「アーヴスさん。俺はちょっと疲れが溜まっているので、しばらく宿でゴロゴロします」
「……そうか。ま、ゆっくり休むんだな」
結局、俺が出した答えは「助けに行く」だ。
俺の言葉で察したらしいギルドマスターも、止めることはなかった。
ということで、ちょっと準備して出かけるか!
◇
俺は現在、セプテン王国へ向けて『飛行』で空を高速移動している。
実のところ、長時間飛ぶのは初めてだ。
これまでは、冒険している実感を得るために徒歩だったからねえ。
バカ魔力に物を言わせてスピードを出しているため、『空間結界』の外ではソニックブームが発生している。
生身で音速超えとか無茶苦茶だなあ……と我ながら思う。
セプテン王国の王都は、メディオウス王国・王都メディオのほぼ真東に位置しているということで、迷うこともない。
この速度なら、もう間もなく到達するだろう。
「アレか」
俺の眼下に、メディオとは異なる四角い城壁を持ったセプテン王国・王都セプトが見える。
なるべく近くで様子を確認するため、『光学迷彩』の魔法で姿を隠し、俺は高度を下げた。
「……ひでえなこりゃ」
街の建物は幾つも破壊され、そこここに死体が転がっている。
男も女も、子供も老人も……目に入る範囲だけで、数百人は死んでいるだろう。
最も目立つのは王城前の処刑台。
――おそらく王族と思しき男性数人の遺体が、首に縄をかけられた状態で風に揺られている。
宗教国家が侵略したという時点で半ば予想していたが、従わない者は皆殺しにしているのかもしれない。
完全に十字軍だ。
こんな状況では第三王子の生存は絶望的か、とも思うが、処刑台に彼の姿はない。
一縷の望みでも探すべきだろう。
俺は一気に王城の尖塔まで降下し、『魔力感知』と『気配察知』、それに己自身の五感を研ぎ澄ます。
――さあ、捜索開始だ。
◇
勢い込んで行動開始した俺だったが……足元の尖塔内から知った魔力を感じた。
「いきなり当たりとか……」
一気に気合が抜けるが、まあ、無事だと判ったんだから問題ないよねー。
ということで、屋根にある小さな窓から室内を覗いてみる。
すると、第三王子レックスと護衛らしき騎士がいた。
「殿下、殿下」
『光学迷彩』を解除し、俺は窓をコンコンと叩きながら声をかけた。
中の二人はしばらく訝しげに周囲を見回していたが、上を向いて窓を確認すると、驚愕の表情を浮かべる。
まあ、掴まるところのない構造になっている尖塔の上に人がいれば、驚くのは当然だ。
「ソーラ!」
手を振り笑顔を浮かべる第三王子に手を振り返してから「ちょっと、お邪魔しますね」と言って室内に転移する。
魔法を発動するとき何やら抵抗を感じたが、問題なく移動できた。
「なっ!?」
「おおっ!?」
二人は当然、驚きの声をあげる。
それはスルーして、俺は王子に声をかけた。
「殿下、ご無事でなりよりです」
「あ、ああ。……もしかして救出に来てくれたのか?」
第三王子の問いに頷き、「噂で殿下がセプテンにいらっしゃる時に、教国が侵略したと聞いたので」と答える。
「そうか……感謝する」
「もったいないお言葉です。早速ですが、脱出いたしましょう」
王子の言葉に応え、そう提案する。
だが――。
「……それは、できない」
彼の返答は拒否だった。
一体何の理由が……と疑問を持った俺だったが、王子の手が、旨のブローチに触れていることで、「婚約者を置いては行けない」と考えていることを理解する。
「そうですか……では、私が探し出して、お連れいたしましょう。ブローチの片割れが目印でよろしいですね?」
「えっ」
俺はそう言うと、驚く王子の返事も待たず、『光学迷彩』で姿を消し『転移』で外に出た。
護衛の騎士がいたとはいえ、王子のいた部屋近くには教国の監視はないようだった。
となると、婚約者の方は厳重な監視があるかもしれない。
まあ、塔自体が高貴な身分の者を隔離、あるいは幽閉するための物だと聞いたこがもあるので、一番下で監視役が見張っている可能性もあるが。
まあ、どちらにしても念の為、変装しておこう。
わざわざ仮面まで準備したしね。
◇
(ここ……かな?)
数分ほど捜索した結果、王城の奥に、多くの人が集まっている場所を発見した。
窓から中を覗くと、侍女らしき者が一人、身分の高そうな三十代ほどの金髪の女性と少女が一人ずついる。
(王妃と王女か)
少女の胸元を確認すると、第三王子の依頼で作った魔石細工のブローチが煌めいていた。
その彼女と一緒にいる年かさの女性なら、まあ、王妃だろうという推測だ。
さて、確認が終わったら行動開始だ。
姿を消したまま室内に転移し、扉の前で監視している教国の紋章の入った鎧姿の人物二人を、闇属性の魔法『昏倒』で意識を奪う。
倒れかけた男たちをゆっくりと床に横たえ、俺は姿を現した。
ついでに大声を上げられても困るので、風属性の魔法『消音』で室外への音を遮っておく。
「何者です!」
突然、現れた俺に驚いた女性が声を上げた。
「失礼いたします。私は、レックス殿下に頼まれ、婚約者様を救出に来た者です」
「えっ、殿下が!?」
俺の言葉に反応を示したのは少女の方だ。
まあ、あっちも監禁されてるはずなのに、なんで救出依頼ができたの? って思うよね。
「……あなたが本当に、レックス殿から依頼を請けたと証明できるものはありますか?」
「はい、一つはこのメダリオン。もう一つは――」
女性の問いに、俺は懐から友誼の印であるメダリオンを取り出し、続けざまに取り出した魔石を使って小さな魔石細工を作ってみせた。
わかりやすくブローチと同じ水仙の花だ。
ちなみに、これまで言っていなかったが、花は花屋さんで買ってきて、見て作っていた。
俺には何の資料もなしに再現できるほどの知識も記憶力もないからね!
「まあ! ではあなたが、ソーラ殿……」
感嘆の声とともに、少女は納得したような様子に変わる。
おそらく第三王子から、俺の話を聞いていたのだろう。
「なるほど、本当のようですね……ですが、どうやって脱出するつもりですか?」
納得の言葉と、疑問の言葉を口にする女性。
まあ、そりゃ部屋の前には大勢の敵がいるんだから当然だな。
「私の魔法で」
身を寄せ合う三人に歩み寄り、一言伝え『転移』を発動する。
そして俺たちは、その部屋から消え去った。
困難な脱出も一瞬でこなす……それはまさに無双と言えるだろう。