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第二十九話 修行無双

 ひとしきり笑い続けたミスティは、緩んだままの顔で俺に一つの提案をしてきた。

 それは――。


「お前の魔法がなんなのか教えてくれれば、剣……いや、刀術を教えてやる」


 というものだった。

 俺は、これを諸手を挙げて歓迎した。

 なにしろ時間属性の事を話したところで、どこで何が起きているか視認しようのない属性だからデメリットはない。


 一方、『刀術』スキルは、完全に我流でやっていたから伸びが悪い。

 日本刀と曲刀では用法に違いはあるだろうが、両刃の直剣よりはずっと近いだろう。


「ところで、ミスティはここに何しに来たの?」


 料理をするための最低限の火だけ熾した焚き火を囲み、俺はミスティに問うた。

 俺より魔力なり気配なりでの感知範囲が狭いのは判っているから、俺に気づいていたわけではないのは間違いない。


 とはいえ、クレーター湖周辺の何かを目的に来た可能性はある。

 もしかしたら遺跡に関連することかな? という期待をちょっとだけ持っているのだ。


「ここは良い場所だろう? だから、我らはたまに散歩に来るのだ」


 ミスティが特に隠す様子もなく言うのを聞いて、俺は内心がっかりした……が、ここは確かに避暑地として最適だ。

 実際、俺も期待した遺跡がなくても、ここで一晩過ごそうと思ったしね。


「お前は、遺跡の街へ行って何をするんだ?」

「行くこと自体が一つ、遺跡に潜ってみたいってのが一つ、あとは色んな種族が集まってるって話だから会ってみたい。この三つかな。まあ、エルフ族とは、思いがけず会えちゃったけど」


 納得とばかりに頷くと、今度は彼女が問いかけてきたので、俺も隠すことなく答えた。

 魔物という危険さえなければ、完全に物見遊山だ。


 子供っぽい興味本位の行動方針に、またしてもミスティは大笑いする。

 ……なんか、笑いの沸点低くない?


「ふっふっふ……まったく、可笑しなやつだ。自信過剰なのか、無謀なのか……」

「まあ、自信はそれなりにあるよ。実績もあるしね。でも、ミスティに指摘されたことも、なんとなくは気づいてたから、無謀なことはしないつもり」


 彼女の言葉に、俺は至極まじめに答える。

 なにしろ、魔法は時間属性を除いて全て極めたというのに、『剣術』と『体術』はいまだにレベル9のままなのだ。


『刀術』を習得した影響で『剣術』が伸びなくなるのは解る。

 でも『体術』まで伸びていないのは、魔物との戦いだけでは何かが足りないということなのだろう。


 となると、今後、人型で強力な魔物と遭遇した場合、致命的な問題が表出する可能性もある。

 だからスキルレベルを上げるとともに、対人戦闘の経験を積んでおくことは重要だ。


「だから、明日からよろしくね」

「ああ。だが、お前の魔法の話を聞いてからな」


 おっと、うっかり自分のことばかりで約束を忘れるところだった。

 危ない、危ない。

 ということで、俺は時間属性の事を話す。


 が、今のミスティにはどうしようもない、ということが解っただけで終わったようで、彼女は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


 ……まあ、空間と時間属性は目に見えないから反則的だよねえ。



 翌朝から約束通り、ミスティとの『刀術』訓練が始まった。

 といっても、まずは基礎の見直しからなので、いきなり切った張ったはしない。


 いろいろ確認してもらったところ、基礎はさして問題ないそうだ。

 あとは、「いかに全身を遅滞なくスムーズに連動させるか、を意識して剣を振れ」と言われた。


 ぶった切るのでなく切り裂く『刀術』にとって、流れを途切れさせないことは、『剣術』よりも遥かに重要らしい。

 まあ、たしかに『剣術』は振り回すだけでもある程度は伸びるから、レベルの上がりにくい『刀術』が繊細なスキルなのはわかる。


 ということで、しばらくは基礎を煮詰める訓練に終始した。



 一週間も過ぎた頃には俺の基礎はほぼ固まり、これまであまり使っていなかっただろうとミスティに看破された『突き』の習熟を始めた。


 これが結構、難しいのだ。

 何しろ切っ先がほんの少しでもブレれば、狙った所に当たらない。

 つまり、回避されやすいということだ。


 連続で突きまくれれば問題ないのかもしれないが、今までサボっていたツケが周ってきている俺には中々厳しい。

 とはいえ、苦手を一つでも残しておけば、そこを突かれる可能性はある。


 俺は別に戦うのが大好きというわけではないが、この世界を自由に見て回るためには力は絶対に必要だ。

 見知らぬ土地に赴けば、戦ったことのない魔物とも遭遇するのだから、実力を高めておくに越したことはない。


 だから、朝から晩まで突きを放ちまくるのだ。



 さらに一週間が経過し、俺の『突き』はなんとか体に馴染んだ。

 ここまでくれば、あとは実践訓練だ、ということで、ミスティと魔法抜きの手合わせを開始した。


 いわゆる二刀流であるミスティの手数に押され、どうしても防戦一方だ。

 だが、初めて彼女と剣を交えたときよりは、動きの端緒に気づくことができるようになっている気がする。


 しかし状況を打破しなければ、まるっきり防御の訓練だ。

 それも重要ではあるが、せっかく攻撃を煮詰めた意味が薄まってしまう。


 手数に対抗するには、防御する時に何かするしかない。


「むっ」


 ということで一発だけに狙いを絞って、受け止めるのではなく、強く弾き返してみた。

 少なくとも、ミスティを驚かせることはできたようだ。


 そこからは何発かに一発を弾き返し、隙きを作らせようと試み続けたのだが、そう簡単にはいかなかった。

 なにしろ、ちょっと隙きが出来た程度では二本目の曲刀がフォローに入ってくるのだ。


 そうなると他に採れる手段は、リーチの差を活かすか、足を使って優位な位置取りをできるようになるか。

 ……まあ、そんな簡単に上手くできれば、苦労はないんだけど。



 三週間目に突入し、ようやくミスティと互角――とは言えないが、一応、攻守の切り替わりが起こる程度には対応できるようになっていた。


 先週、考えたことだが、結局、リーチも足も使わないと駄目という難儀な状態になっている。

 相手のほうが手数が多くて、カバーできる角度も広いのだから、当然といえば当然なんだが……。


 と、そこで閃くものがあった。

 ――やってみるか。


「!」


 それまで主に後退しながら刀を振るっていた俺が、いきなり踏み込んできたことに、ミスティは驚愕の表情を浮かべる。

 上段から振り下ろされた刃を、彼女は二本の曲刀を交差させて受け止めた。


 ――俺の狙い通りに、だ。

 そこで俺は更に一歩踏み込み、鍔迫り合いの形から、いきなり曲刀の峰をカチあげるように刀の柄を打ち込む。


 圧力を受け止めていたミスティは、自分の押す力まで加わった勢いでバンザイするように隙きを晒してしまった。

 そして、コンパクトに振り下ろした俺の一刀が、彼女の首筋に寸止めされる。


「……見事だ」


 二刀をおろし、ミスティは俺に、笑顔で賞賛の言葉をくれた。

 ……いやー、ようやく一本取れたよ!

 二週間目は何本取られたかわからないくらい、負けっぱなしだったからなあ……。



 三週間目をみっちりと実践訓練にあて、最終日には勝率がトントンになるくらいまで対人戦に慣れることができた。

 いや、対ミスティ戦か。


「ふう……ここまでだな」

「そうだね」


 それはつまり、対彼女に特化してしまいかねない状態にもなりうる、ということだろう。

 これ以上彼女とだけ戦うよりも、他の人と訓練する必要があるところまでは来られた、ということでもある。


「ソーラの料理を食べられるのも、これが最後か」

「ははは……そう、大したものでもないけどね」


 湖で汗を洗い流し、俺たちは夕食の準備にかかる。

 俺の料理というのは、まあ、前世で食べていたような物ということだ。


 ミスティは時折エルフの里? に戻っていたのだが、そのとき調味料や食材を持ってきてくれることがあった。

 その中に醤油や味噌、胡椒などもあったので、唐揚げ、とんかつ、コロッケなどを作ったのだ。


 どうやらエルフには揚げ物を作る習慣はなかったらしく、ミスティもすごい勢いで食べていた。

 俺も懐かしい味に、ちょっと涙腺が緩んだ。


 ちなみに、味噌汁みたいなスープは普通にあるらしい。

 具材は違うっぽいけど。

 豚と豚でかぶるけど、今夜はとんかつと豚汁だ。


 ――俺たちは、最後の夜を、これまでの時間を見直すように雑談しながら過ごした。



 翌朝、日の出とともに起き出し、俺たちは野営地を綺麗さっぱり片付けた。

 湖畔に設けた、水浴び用の衝立も撤去だ。


 覗いたりはしてませんよ?

 だって魔力でバレるもん。


「……今日まで、よく頑張ったな」

「おかげさまで、随分、刀術に慣れることができました。――ありがとうございました」


 しばし見つめ合い、最後の言葉を交わす。

 そして俺は深々と頭を下げた。

 顔を上げた時に見たミスティの顔は、なぜか苦笑いだった。


「また会おう」

「はい、また、いつかどこかで」


 別れの言葉とともに固い握手をかわし、俺たちは別々の方角へと足を踏み出す。

 偶然の出会いが得難い出会いとなったことに、俺は胸がいっぱいだった。


 ――ミスティにとっても、良い出会いだったなら良いな。

 振り返ろうとする体、自然と鈍る足にムチを入れ、俺は森に駆け込んだ。


 今回は見事に、無双への手助けを受けられたなあ。


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