第二十八話 精霊魔法無双
森から現れた女性は、俺の出した上級冒険者を示す銀色のカードと俺の顔を何度も見比べ、その回数が十に至ったところでようやく動きを止めた。
「……確かに同じ魔力が、カードに流れているな。そうだったか……いや、子供と侮ってすまない」
「解ってくれれば良いよ」
謝罪を受けたことで俺も溜飲を下げた。
しかし、こういうことは俺が大人になるまでは何度も起きそうだなあ。
何か、無駄に侮られたり絡まれたりしない方法があれば良いんだが……。
「しかし、いったいどう鍛えればその歳で……」
「まあ、物心ついたときから、ずっと魔法の訓練はしてたから」
今度は、俺が上級冒険者になった理由が気になりだしたようだ。
とはいえ、いろいろやったという以外に特に変わったことはしていない。
「上級魔物が多く棲む森で方向を見失わず、ただの一人でこんな場所まで無事に……いや、疲労した様子もなくたどり着けるほどの実力を得る訓練か……面白い」
……この人、なにか変な誤解をしている気がする。
「だが、魔法使いにしては剣士のような出で立ちだな」
「あ、うん。どっちも使うからね。最近は剣っていうか、刀メインだよ」
三度、呆然とした表情を浮かべた後、彼女は好戦的な笑みを見せた。
「そうか、魔法剣士というわけだ……私と似ているな。どうだ、私と手合わせしてみないか?」
「え?」
どうやら何かに納得した様子で、女性は提案してきた。
いや、どういう理屈で、と言おうとしたところで――。
「対人戦の経験は少ないんじゃないか? 冒険者なら、魔物とだけ戦っていれば良いというわけにもいくまい。ならば多くの強者と戦っておいて無駄になることはないはずだ」
――そう言われて、俺は納得してしまった。
確かに対人戦なんて男爵領での一件以外、皆無と言っていい。
剣術の訓練も、ほとんど冒険者ギルドの指導員としかやっていないし、刀術に至っては完全に我流だ。
「なるほど、一理ある」
「そうだろう、そうだろう」
……やけに戦いたがる様子に一抹の不安を覚えるが、まあ、殺そうとまではしないだろう。
「その前に、自己紹介しとかない? 俺はソーラ、人族の冒険者だよ」
「ああ、そうだな。私はミスティ、エルフ族の戦士だ」
俺の提案に女性が応え、自己紹介を……って、エルフ!?
意外というか予想外な単語に驚き、俺は彼女の頭から爪先までを何度も確認した。
言われてみると、人族にしては美人すぎるし、体型はスレンダーで耳もちょっと尖っている。
それに服は人族の町で見るものより質が高そうだし、なんらかの素材か技術に違いがあるのかもしれない。
「エルフ族が珍しいのか?」
「あ、うん。初めて会ったから。ドワーフ族には知り合いがいるんだけど」
いかんいかん、女性相手にジロジロ見るなんて失礼だった。
ということで、慌てて弁解する。
「ほう、ドワーフ族に知り合いがいるのか」
「うん、たまたま紹介されたからだけどね。……エルフ族とドワーフ族って仲いいの?」
少し嬉しそうな顔を見せるミスティに、ついでに気になったことを聞いてみる。
古典的なファンタジー物では、ドワーフとエルフは中が悪いことが多いけど、彼女の反応には嫌悪感などが感じられなかったからだ。
「ああ、互いに得意なことで貢献し合う間柄だな。獣人族もそうだ」
「へえ~……いいね、そういうの」
彼女の答えは、種族間の思った以上の関係の深さを窺わせる。
誰も彼もが仲が良いってわけではないだろうけど、多くの種族で共存できるのは良いことだね。
「さて、雑談はこの辺にして、そろそろ始めるか」
「うん、お手柔らかに」
ミスティに促され、腰の鋼の刀を抜き、二度三度と振って感触を確かめる。
『震電』は強すぎるから、俺の実力を測るには向かないという判断だ。
彼女も同様に細身の曲刀を二本抜き、軽く体を動かす。
「いくぞ」
手合わせの開始を宣し、エルフの戦士が恐ろしい速度で踏み込んできた。
俺はなんとか刃を立てて受け止める。
――この速度は、身体能力じゃないな!
あれ程の速度を出そうとすれば、少なからず地面を蹴る動作が見えるものだが、今の移動にはそれがなかった。
となると魔法だろうが……俺には魔力の動きが感知できなかった。
もはや癖になっているレベルで常に『魔力探知』を使っているにもかかわらず、だ。
考えている間にも高速移動とともに何発もの斬撃が繰り出され、俺は必死に防御する。
「奇妙な感触だ……それに大きな魔力が動いている」
ミスティは一旦俺から距離を取り、そうつぶやいた。
彼女の感覚は正しい。
俺は刀の刃にかぶせるように『遅滞』の魔法をかけている。
これは時間属性の魔法であり、『空間収納』内の時間経過を緩やかにするために使っているものだ。
刃同士が接触する直前、この魔法の効果範囲に入るため、ほんの少しだけ剣を引く速度が鈍っているはずで、それが彼女に違和感を覚えさせているのだろう。
それにしてもミスティは即座に小細工に気づいたのに、俺の方は彼女のやっていることが何なのか全然わからない。
体術でもなく、魔法でもないとなると、エルフ独自の術ということだろうが……。
あ……なんか予想がついたかも。
でも対処法がわからない。
こうなったら全力で小細工を続けながら、なんらかのきっかけを掴む努力をするしか。
「正体はわからんが、まあいい。続けさせてもらうぞ」
似たようなことを考えていたらしいミスティが、再び風を巻いて突っ込んできた。
が、今度は自由に踏み込ませはしない。
「!?」
高速移動し始めたエルフが、驚愕の表情を浮かべて態勢を崩す。
俺のやったことは単純で、彼女の移動するライン上に『遅滞』を置いておいたのだ。
その結果、彼女の体の一部に速度の違いが発生し、バランスを失わせたのだ。
そこに俺が踏み込み、攻守が逆転する。
前回は一定の頻度で響いていた剣戟の音が、今回は徐々におかしなテンポになってゆく。
これは俺の作戦がハマっているということであり、俺が未熟であることを表してもいるのだろう。
ミスティの動きを阻害するように『遅滞』を何度もばらまいてはいるが、俺自身の速度は変わらないはずなのだ。
それなのに、変なテンポになっている。
つまりステータスやスキルレベルに引っ張られて、自分の思うようには動けていない可能性が高い、ということだ。
――魔物とだけ戦い続けてたら、このことには気づけなかっただろうな。
「くっ」
動きを阻害されて焦れたか、ミスティが今までと違う行動をとった。
それは俺に届かない場所で剣を振るというもの。
「ういっ!?」
ひときわ強い風が吹いたと思った次の瞬間、何かヤバイ予感が俺の背中を走る。
そこで慌てて頭を下げたのだが――ここ数ヶ月切っていなかった髪がバッサリ切り落とされた。
その間に、ミスティは再び距離をとる。
「……やっぱ、精霊か」
「驚いたな……それに気づくとは」
思わずつぶやいた言葉を、ミスティが肯定する。
彼女が動くときは必ず強い風が吹いていたにもかかわらず、魔力は体表から動いていなかった。
だから最初は、単に漏れている魔力だと思っていたのだが……さっきの一撃は、曲刀の刃から魔力が放たれていたのだ。
魔剣、あるいは魔導剣でなければ、鉄や鋼が魔力を帯びることはない。
俺が鋼鉄の刀を抜いたからか、ミスティも普通の曲刀を抜いていた。
でありながら刃が魔力を放った、ということは――つまり、風を起こす『何か』に魔力を供給していたのだろう。
魔法のように魔力を放出して、わざわざ何らかの現象を起こす必要がない存在に助力を請うていた――だから、下級魔法を使ったときよりも僅かな量ずつしかミスティの魔力は減っていなかったのだ。
そして俺が視認できず、これまでに知見を得る機会のなかった存在となると……まあ、前世の知識から『精霊』であろう、という結論に至ったわけだな。
「にしても……首狙うのはどうかと思うんだけど。危うくハゲるところじゃないか」
「ぶふっ、まあ許せ。お前なら避けると思っていたんだ」
「ホントか~?」
「くっふふっ、ホント、ホントだ。ふふふっ、あははは!」
一応の成果を得たとうことで、手合わせに致死性の攻撃を使うな、と文句を言ってみたのだが……俺の後頭部だけ刈り上げ状態になった髪型を見て、ミスティは再び爆笑し始めた。
……まったく、自分でやっておいて笑うとは失礼なやつだ。
とはいえ、剣も、それ以外のスキルも、俺はまだまだ未熟で知らないことが多くあるのだ、と気づくことができた。
今回は、すっかり無双されてしまったなあ。