第二十話 男爵家無双
お嬢様の告白と親父の八つ当たりという一幕がありつつ、一行は無事、王都に到着した。
メディオルス王国王都・メディオは、総人口数十万とも言われる大都市だ。
中心に王城、その城壁の外に貴族街、さらにその城壁の外に豪商などの金持ちが住み、最後の城壁の外には一般の市民が住んでいる。
当然ながら外に行くほど人が増え、城壁外では申し訳程度にしか人の出入りがチェックされていない。
一方、城壁では厳重にチェックがなされ、金持ちの住む第三城壁であっても、入市を待つ人々によって長蛇の列ができている。
……のだが、やはり貴族ともなると例外のようで、専用の城門から軽いチェックだけですんなり通された。
護衛の仕事に就いているとはいえ冒険者が入っても良いの? と思ったのだが、遠方からやってくる貴族には冒険者の護衛を使う者が多くいるとかで、特に問題はないそうな。
貴族外へと通じる第二城壁の門をくぐり、一行は一路、東へと舵を切る。
高位の貴族ほど王城に近く、男爵や騎士爵は端っこの方に屋敷があるという話だ。
ノマイン男爵家の別邸は、貴族外の東端。
街中で速度を落とした馬車では、軽く二時間はかかる距離だ。
徒歩と差がない速度だねえ。
これが西端であれば門があるのだが、東にはないため時間がかかるのはどうしようもない。
というか我々が入ってきたのが西門だ。
もう一つの門は南にあり、東にある大きな山脈を迂回する形で街道が伸び、山と海に挟まれた狭い土地を経由して隣領へと続いている。
東は山脈、西は深い森に挟まれているため、王都は堅牢な防御力を備えているのだ。
ちなみに、南はゆるやかな丘陵と平原が広がる穀倉地帯で、北は王家が狩りや遠乗りなどを行う直轄領である。
大通りを移動しているだけだが、貴族街ですらそこそこ人通りがあるのが王都の繁栄ぶりを窺わせるねえ。
◇
到着当日は男爵家の別邸で宿泊させてもらい、我々冒険者チームは翌朝、書類に護衛依頼完了のサインをもらって辞去した。
セリオとアウラお嬢様には強く引き止められたが、さすがに依頼も請けず滞在するのは憚られた。
……それに、俺以外の冒険者たちは普通に帰されそうな感じだったからね。
同じ依頼を請けた者としては、一人だけ特別扱いされるのは良くないだろう。
ということで、冒険者一行となった俺達は貴族街を離れ、城壁外の冒険者ギルトへと向かった。
そこで依頼完了の報告をして、報酬を受け取れば完全に今回の仕事は終了だ。
――はてさて、これからは、どう行動しようかねえ。
◆
この俺、男爵家当主であるガイス・ノマインは悩んでいた。
――それは娘のことだ。
あの子は、冒険者でありセリオの主治医であり魔法の教師でもあるソーラに恋をしている。
ソーラという人物は、八つ当たりに全力攻撃した俺の拳ですら平然と、それも無抵抗で受けてみせた。
少々のダメージは受けていただろうが、顔を歪めることすらしなかったのだ。
これは、かなり驚異的なことである。
何しろ俺の拳は、上級下位相当と言われる魔物・ブラッドベアですら殴り殺せるのだから、彼の防御力はそれを大きく上回っているということだ。
単純に考えれば、低く見積もっても超上級冒険者クラスの実力があるということになる。
若干、十四歳の若者が、だ。
成人したばかりといえば、普通なら、まだ何も一人前にこなせない者も多い年齢だし、嫡子であっても家業を継ぐ修行をしはじめる程度の頃合いだ。
にもかかわらず、ソーラは武術も魔法も超一流……これは異常という他ない。
往々にして、若くして天才的な実力を持った者は増長し歪むものだが、彼にはそれすらない。
謙虚で慎み深く、己の立場をわきまえた行動、言動をする。
決して礼を失することなく、物腰も、さながら裕福な商人の家に育ったかのように柔らかい。
……これでは文句のつけようがないではないか!
いや、まあ、その……可愛い娘の想い人だから、見る目が厳しくなっているのは認めるが。
あー……しかし実際のところ、アウラの恋は破れた。
ソーラが理性的であったがゆえに、アウラが貴族の務めに従順であったがゆえに。
「なぜ、勢いで行動できる質でなかったのか……」
思わず愚痴が溢れる。
「何かおっしゃいましたか?」
「ああ、いや、なんでもない」
採寸をしている仕立て屋の前で独り言など……。
それもこれも、娘の幸せを思うが故だ。
失恋の傷が癒え、新たな出会いがあれば良いのだが……そう簡単にはいかんだろうなあ。
なんとも悩ましいものだ。
◇
二週間の後、セリオとアウラを伴い、王城を訪れた。
今日はセリオ同様、十歳となった子供たちが主役となる場だ。
そのため、会は昼間に行われ、大人たちも保護者として行動する。
通常の夜会であれば浴びるほど酒を飲む者もいるが、今日は嗜む程度の酒量となるだろう。
三人でホールに入った時、まだ会場入りしている者は多くなかった。
子供が主役とはいえ、家の序列はある。
男爵のような低位の貴族は、他家よりも早く入室していなければ失礼に当たるのだ。
「ガイス! 久しぶりだな!」
俺に声をかけてきたのはベルトゥス・アミクス子爵――騎士時代から二十年来の友人だ。
岩のような四角いガッシリとした体格は、昔と何ら変わりない。
今回の王都行きも彼の誘いあってのことで、それがなければ来ていなかったかもしれない。
「元気そうだな、ベル」
こちらも気安く返し、ガッチリと握手を交わした。
いまだに現役だと、この手の様子だけで判る。
それはあちらも同感のようで、ニヤリと口端を釣り上げてみせた。
「手紙にゃ書いてあったが、本当に元気になったんだな」
セリオに目を向け、嬉しそうに微笑むベル。
実のところセリオは亡くなった妻によく似ていて、結婚前は俺と妻を取り合ったこともあるベルにとっては可愛くて仕方ないようだ。
「ああ、出会いに恵まれてな」
「ほう……治療できる者がいた、ということか。それは是非とも会ってみたいものだ」
「機会があればな」
ベルの言葉に、適当にはぐらかした答えを返す。
長年の友人とはいえ、軽々にソーラのことを話すわけにもいかない。
アウラが気づいたのがきっかけとはいえ、個人で回復魔法の習得方法にまでたどり着き、セリオを治すためにそれを詳らかにしてくれた――恩人なのだから。
我らが雑談をしている間にも続々と人が集まり、国王陛下が御出座なされば開会となる。
高位の貴族家から王家の方々に挨拶をしてゆくため、我が家はまだまだ先だ。
通常であれば田舎の男爵家になど誰も注目しないものだが、今日ばかりは異なっていた。
それは、我らの胸に光るブローチに理由がある。
「ガイス、そのブローチはどうした?」
「これもまた、出会いに恵まれたものだ」
ベルの問いに、言外に「セリオを治療した者との関わり」を匂わせ、誰に聞かれても問題ない答えを返す。
見たこともない細工物に、高位貴族の奥方さえも注目している現状、詳細を知られないに越したことはない。
緊張からか、全身に魔力を巡らせてしまっているセリオとアウラ。
その胸にあるブローチは、魔力を帯びることで淡い光を放っている。
それは衣装の各所に配された飾りボタンやカフスも同様で、二人は文字通りの意味で煌めいていた。
多くの子供たちのための場は、今やセリオとアウラの独壇場となったのだ。
子供たちの無双っぷりに俺は思わずニヤけ、ベルに「気持ち悪い顔をするな」と突っ込まれてしまった。




