第十六話 平穏無双
セリオへの回復魔法の指導も終え、魔法先生もお役御免となって一月、季節はすっかり初夏となっていた。
故郷の村は季節の変化が大きくなく、夏はちょっと暑い、冬はちょっと寒い、という程度だったが、ノマインの町は随分と気温が上昇するようだ。
行商人にもらった大雑把な地図では判らなかったけど、もしかしたら村よりもだいぶ南にあるのかもしれない。
これからもっと暑くなるんだろうなあ……と思うが、元日本人としては、まあ大したことはないだろうとも思う。
この辺は、ジメッとした感じもないからねー。
「こんにちはー」
今日は冒険者ギルドにほど近い武具店に来ている。
なんのためかというと――。
「おう、来たかソーラ。出来てるぞ」
店主の親父さんに手招きされて店の奥に入る。
そう、俺専用の装備をオーダーメイドしたのだ。
まあ、まだ成長期であるため、体にピッタリのものを……とはいかないが、一~二年はちょっとした調整で使い続けられるように作ってもらった。
オーダーしたのは鋼をソフトレザーでサンドイッチした合成鎧で、それなりの防御力と静音性を兼ね揃えている。
俺はソロ冒険者だから、ガチャガチャうるさい装備を身につけるわけにはいかないからね。
「どうだ?」
鎧下から始まり、兜、胴鎧、肘当て付きの篭手、腰と腿に固定する草摺、そして膝当て付き脚甲。
全てを装備した俺に、親父さんが具合を尋ねる。
「……うん、いいね!」
ひとしきり歩いたり、立ったり座ったり、跳んだり剣を振るう動きをして装備の干渉などを確認した俺は、その出来に満足して笑顔で答えた。
擦れる音も衣服の衣擦れと変わらない程度だし、これなら森などで斥候的な行動をするのになんの問題もないだろう。
薬草類の採取時も、魔物に見つからないためには、あまり音が出ないのは重要だからね。
「よし、次はこいつだ」
俺の返答に満足気に頷いた親父さんは、カウンターの中から一振りの刀を取り出す。
そう、剣ではなく刀だ。
異世界転生といえば、使うのはやっぱり刀だよね! ということで、親父さんに無理を言って打ってもらったのだ。
もちろん、俺の知る限りの制作手順を説明した。
とはいえ、そのまんま日本刀だと細すぎて魔物を相手に使うには適さない。
てことで幅や厚みは通常の両刃剣と同程度になっているので、普通の刀の二倍くらいはあるかな?
幅のことも考えて、切っ先周辺だけは両刃の、いわゆる小烏丸造りになっている。
これなら突きも問題なく行えるだろう。
親父さんも未知の製法にノリノリになったためか、硬質な部分の鋼はガッチガチに圧縮されているので、重さは並の剣の二倍近くまで増している。
だが、レベルが40を超えている俺にとっては十分片手で振るえる程度の重さに収まっているから問題ない。
しばらく片手、両手でいくつもの型をなぞってみるが、バランスなどに違和感もない。
「……ふう。まさかこれほどの物ができるとは。さすが親父さんだ」
「フッフッフ……久しぶりに楽しい仕事だったぜ」
見合って笑い合う俺たち。
言葉だけなら爽やかなやり取りだが、その顔は正直、ニヤケすぎてて気持ち悪い。
まあ、俺も人のことは言えないくらいニヤニヤしているわけだが。
「じゃあこれ、残りの代金ね」
「おう! ……確かに金貨五十枚受け取った」
親父さんに金貨の袋を渡し、俺はちょっと長い刀を腰に佩く。
これで一丁前の中級冒険者の完成だ。
中級にもなれば、オーダーメイドの装備は必須らしいからね。
「たまに整備に持ってこいよ。あと、また何か思いついたら依頼しにこい!」
「うん、そのときはよろしくね!」
実のところ、この一月で思いつきの武器をいくつか作ってもらっている。
十字手裏剣、鈎付きロープ、マキビシなどだ。
中でも十字手裏剣は意外と需要があったらしく、今では投擲武器の中では一番売れているとか。
投げナイフに比べると難易度が低いのが良いそうだ。
とまあ、そんな感じで売上に貢献したことから、俺のオーダーメイド代金はちょっとだけ勉強してもらえた。
篭手や脚甲なんかは縦方向に波打たせる形にしてもらうなど、地味に手間のかかる構造だったりするんだけどね。
そんなこんなで、俺は意気揚々と武具店をあとにした。
◇
「護衛ですか?」
ある日、冒険者ギルドで男爵からの伝言を受け取り、俺は久しぶりに男爵邸を訪れていた。
そこで持ちかけられたのが、王都までの護衛依頼だ。
俺に診察されて以降、この二ヶ月で男爵の子息であるセリオは劇的に回復した。
今では、自力で環境づくりから施療まで行えるので、町中を散策することも問題なくできるほどだ。
そういったセリオの回復ぶりを、男爵は知人に手紙で伝えたそうだ。
すると「陛下への報告がてら王都で夜会に参加してはどうか」と提案されたという。
どうやら、この国の領地持ち貴族は何年かに一度、家族とともに王都に赴き、直接、国王に謁見して領地の運営状況を報告する義務があるらしい。
なんかちょっと参勤交代みたいだな……。
それはそれとして、貴族の子女は十歳になると社交界に出る――いわゆるデビュタント――というのが習わしだそうだ。
アウラお嬢様は問題なくこなしたものの、セリオは病弱故に見送る他ないと考えられていた。
それが俺の治療のおかげでほぼ健康体となったため、それなら顔を出したほうが後々のためにプラスになるだろう、と男爵の知人は考えたとか。
この社交は、言ってみればお披露目と婚約者を探す場でもあり、田舎の男爵領では貴族同士の出会いなど皆無なため、デビュタントは重要な出会いの場というわけだ。
男爵自身は子供たちの好きにさせたいと思っているらしいが、知人の顔を潰すわけにもいかないし、選択肢は多いほうがいいかなあ……という考えになったそうな。
セリオ自身も元気になったからには色んな経験を積みたい、と思っているそうで、乗り気なようだ。
それでまあ、信頼の置ける護衛を……ということで、俺にお鉢が回ってきたわけだな。
おそらくは、上級冒険者になるためには護衛依頼を受けた経験がなければならないという規約があることも関係がありそうだが……。
「わかりました。お引き受けいたします」
まあ、信頼に応えるのも重要だろう。
もうしばらくは平穏さに無双されていたかったが、旅は冒険者の醍醐味でもある。
まだ見ぬ王都に期待をいだきつつ、必要な物品の買い出しにでも行くとしようかね。