第十五話 続々・初依頼無双
男爵及び冒険者ギルドの魔法指導依頼を請けた日から一週間が経過した。
今の所、冒険者ギルドではほぼ全員の生徒が得意属性と無属性の初歩魔法を使えるようになっている。
まあ、戦闘中とっさに使えるというほどの練度ではないが、日常生活の中で便利に使える程度には習熟したと言えるだろう。
火を点ける、水を出す、光を灯す、そして汚れを落とす……こんな感じだ。
中でも地属性の『清掃』は大人気で、特に女性冒険者を中心に必死に使いこなそうとする者が増えている。
稼ぎの少ない者は風呂になど入れないし、冒険中は体を拭くことも難しいことも間々ある。
そういう状況で『清掃』が使えれば、装備や衣服の汚れはもとより、使い慣れれば垢やフケなどさえ綺麗さっぱり落としてしまえるのだから、さほど身だしなみに気を使っていなかった者でも飛びつこうというものだ。
あわせて『操風』を使えるようになれば、屋敷などの清掃依頼はビックリするほど短時間に、まさに魔法のような綺麗さに出来てしまうのだから、見習いの子供たちも本気を出して学んでいる。
要領のいい者は、それぞれ『操風』『清掃』を使える者同士で組もうぜ! というような話も進めているようだ。
これには俺も「頭いいなあ」と感心。
一方、男爵家の人々だが、こちらも全員が初歩の魔法を使えるようになっていた。
セリオの世話をメインにしていた使用人などは、得意属性のみならず『清掃』『操風』『殺菌』をものにし、精力的に邸内の清浄化に尽力している。
そしてセリオだが、驚異の六属性習得を果たした。
闇以外全部だね……。
どうも闇は彼にとってネガティブなイメージがかなり強いらしく、どうやっても習得できなかった。
だがまあ、十分すぎる成果と言えるだろう。
ちなみに男爵は無・火属性だけで断念し、アウラお嬢様は無・地・光属性を順当に習得。
属性の習得・習熟とともに『魔力操作』スキルを身につけるべく訓練を続けた一週間で、セリオとアウラお嬢様だけが『魔力操作』を習得する結果となった。
魔法の指導とともに、俺はセリオの主治医としての仕事もこなした。
使用人がセリオの私室を清浄化するのを監督しながら見落としを指摘・フォローし、彼女ができない部分は俺が対処する。
使用人の訓練であり、セリオの見取り稽古も兼ねているわけだ。
あと、何故かアウラお嬢様も常について回っている。
弟のために、できることを増やしたいとかだろうか。
「ソーラ先生、僕も回復魔法を覚えられるでしょうか?」
いつも通り、使用人とともにセリオの部屋を綺麗にしたあと俺と二人だけになると、彼はそんなことを言いだした。
「そうですね……回復魔法を使うための条件は満たしているはずですから、不可能ではないと思いますよ」
俺の考えと経験では地水火風の四属性の合成が回復魔法だから、セリオにも習得可能なはずだ。
ただ――。
「高い回復効果を得ようと思えば高度な『魔力操作』スキルが必須ですから、訓練を頑張る必要があります。それから、私は詳しくないのですが、回復魔法は『神官のみが使える神の奇跡』と考えられているそうなので、覚えられても秘匿する必要があるかと」
俺の知っている問題点を伝える。
最初に行商人から回復魔法に関する話を聞いたときにも思ったが、こういう権力や組織による独占市場というのは、うっかり手を出すと確実に害があるものだ。
特に宗教関係は、組織が長い時間存在すればするほど、自分たちを『神の代弁者』と勘違いして増長する傾向がある。
その考えの行きつく先は『暴力による侵略と支配』であることは、地球の歴史が証明していると言っても過言ではないだろう。
回復魔法を覚えるということは、そういったリスクを抱えるに等しい。
だからこそ、俺は宗教には絶対に関わらないようにしているのだ。
今回の男爵からの指名依頼も、その点が問題にならないように、セリオの主治医をすることには触れぬ形で出されている。
もちろん冒険者ギルドの方でも、回復魔法を教えるつもりはない。
「なるほど……身内でのみ使うのが最善ということですね」
「そういうことです。あるいは私のように、魔法の発動を隠蔽できるほどの魔力操作を身につけるか、ですね」
魔法というものは何も考えずに使うと、漏れた魔力で光が発生するため、使ったということがバレる。
そこで魔力の漏出を完全になくすように消費する魔力を制御すると、光が発生しない=魔法を使ったことがバレない、となるのだ。
これは戦闘中だと特に重要だ。
なんといっても、敵に気づかれずに様々な手段をとれるのだから。
経験豊富、あるいは敏感な敵なら、光の色によって属性すら見抜けるだろう。
まあ、そこまでの手練と戦ったことはないので、自分ができることからの推測に過ぎないが。
「回復魔法を覚えることのリスクは解りました。でも、僕はみんなの手を煩わせず、自分の手で自分の症状に対処したい。だから、回復魔法を教えてください」
しばらくうつむき考え込んでいたセリオだが、意を決したように顔をあげると、はっきりとそう告げた。
いやはや、十歳やそこらでこの聡明さはすごいな……。
「いいでしょう。回復魔法を、お教えします」
ということで、俺も彼の覚悟に応えることにした。
◇
それから更に三週間、俺は男爵邸と冒険者ギルドで魔法の指導を続けた。
その結果、男爵家の人々は全員が得意属性以外にもなんらかの属性を習得するに至り、冒険者たちは町にいる内の九割程度が魔法を使えるようになった。
面白いのは、最初から真面目だった駆け出しや見習い冒険者に対し、「ガキに何ができるか見てやろう」という冷やかし半分だった初級・中級冒険者が、二週間もする頃には駆け出しの中に『仲間の魔法使いたちと遜色ない魔法を使える者が出てきた』事実に、慌てて真面目に講義を聞き始めたことだ。
それまで独立独歩でやってきた彼らにとって、解りやすい理屈とともに学べる環境というのは貴重である、と気づいたこともそれに拍車をかけた。
だから彼らの中からも、苦手としていた属性を身につける者が出てきたのは自然な流れだったろう。
そうなると、最初から諦めていた者たちも「もしかしたら俺にも魔法が覚えられるのでは?」と、講義に参加するようになり、最終的に大多数の冒険者が魔法を覚えられたというわけだ。
おかげさまでこの一月、一日平均百五十人もの受講があり、俺のギルド貢献ポイントは四千五百。
男爵家も含めると、合計で四千八百ポイントにもなった。
誰からもクレームが入らなかったこともあり、ポイントの減算もなく、俺はめでたく中級冒険者となったのだ。
予定とは大幅に異なる展開での昇級だったが、まあ一月での成果としては十分すぎるものと言えるだろう。
ちなみに報酬は冒険者ギルドが銀貨三十枚、男爵からが金貨十枚、合計で金貨十枚と大銀貨三枚。
この一月、宿代しか消費しなかったため、だいたい金貨二百十枚が俺の貯金額となった。
いやー、驚きの貯まりっぷりだね!
これで、田舎者まるだしの格好を卒業して、中級冒険者らしい装備を買うことができるだろう。
それから剣術・体術に関してだが、魔法講義のあとにギルドマスター・ロゴン直々に指導してもらえたため、一月でそこそこ伸びた。
そのステータスがこちら。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:43
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法7 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知10 隠身10 剣術7 体術6 金属加工4
転生特典:万事習得】
どちらも見事に『壁』を越えられた。
やはり、ちゃんとした指導者がいるかいないかは、成長に大きな影響がある。
それと『気配察知』と『隠身』が伸びたのは、実力者との模擬戦でどこを狙われるか、本気かフェイントかを常に意識し続けた結果だ。
気配で反応できても、それが誘いだったら『詰み』になるという事は嫌というほど理解させられたよ。
やはり、単純にスキルレベルだけが高くても片手落ちだなあ、と実感できた。
非常に貴重な一月だったといえる。
それはさておき、数百人もの生徒にキッチリ魔法を使えるように指導できた。
これもまた無双と言えるであろう。




