第十一話 魔法医師無双
アウラお嬢様一行と別れ、俺は冒険者ギルドへとやってきた。
ノマインの町で一番大きい建物なので、迷うこともなくたどり着けたよ。
そして早速、受付へと向かったのだが――テンプレ的なことは何も起きず、あっさり登録が完了してしまった……。
まあ、トラブルがないのは良いことなんだけど、どこか物足りないというか残念な気分になってしまうのは転生者的なわがままか。
登録のついでに二十個ほどの魔石を売り、当座の生活資金を得る。
……ここで大量の素材を出して驚かれるのが異世界物のテンプレではあるが、注目されすぎると自由が減るからやらないよ!
そのあとは受付職員さん(別に美人受付嬢とかではなく、普通のおじさんだった)のオススメの宿屋に行って部屋を借り、魔法で汚れを落としてから久しぶりのベッドに潜り込んだ。
村の藁敷きベッドよりちょっとだけ寝心地の良いベッドで、俺はあっさりと深い眠りに落ちたのだった。
◇
「男爵様からの呼び出しですか」
翌朝、ちょっとゆっくりめに冒険者ギルドを訪れると、受付職員さん(今度はおばさんだった)に男爵家からの伝言を伝えられた。
おそらくは、昨日の一件に関する話だろう。
「わかりました、行ってみます」
ということでギルドを出、教えられた男爵邸に向かった。
◇
男爵邸は思い描く貴族の屋敷とはかけ離れた、質素でさほど大きくもない木造の二階建てだった。
なんというか、昔の木造校舎を小さくした感じ?
「よく来てくれた、君が娘の恩人か。私はガイス・ノマイン、この町をはじめとした男爵領の領主だ」
ノマイン男爵は、アウラとそっくりな明るい茶色の髪を短く刈り揃えた三十代前半ほどの偉丈夫だった。
鍛え抜かれ引き締まった肉体は、長年の確かな研鑽を感じさせる。
きっと今でも、有事には前線に出ているのだろう。
この風格を見れば、町が平和なのも納得だわ。
「はじめまして、私はソーラと申します」
応接室の入口付近に立ったまま、俺は自己紹介を返す。
俺の対応に、男爵は満足げに頷いた。
「まあ、座ってくれ。……早速だが、賊どもを捕縛した報奨を渡そう」
男爵に促され彼の対面のソファに腰掛けると、彼は即座に俺を呼んだ用件に移った。
麻袋が二つ乗った銀のお盆を持って控えていた使用人の女性を手招きすると、お盆の上から一つの麻袋を手に取ってテーブルへと置く。
「これが捕縛の報奨金だ。それから……」
男爵は言葉の途中でもう一つの麻袋をお盆から持ち上げ、先ほど同様テーブルに置く。
「これは娘を助けてくれた礼金だ。二袋で金貨二百枚ある。受け取ってくれ」
その金額に俺は固まった。
ちなみにこの世界の金銭は、下から銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨・大金貨の六種類で、十枚で一つ上の硬貨になる。
庶民であればせいぜい銀貨までしか目にすることはなく、金貨一枚あれば人一人が一ヶ月暮らせる。
つまり、金貨二百枚なら俺一人が二百ヶ月=約十六年半なにもしなくても生きて行けてしまうのだ。
まあ、宿を借りれば銀貨は必要なので、もっと短くなるだろうが……。
それにしたって、何年も暮らせることに変わりはない。
――これは流石に多すぎなのでは? と思わないでもないが、賊が奪う財産や人の命、それに貴族の令嬢であるアウラの命の対価と考えれば妥当なのか。
「ありがたく頂戴いたします」
ということで、俺は素直に受け取ることにした。
貴族のくれるものを拒むのは無礼に当たる、という話も聞いたことがあるしね。
「ところで話は変わるのだが……」
俺が受け取った麻袋を背嚢に収めるのを見届け、男爵は新たな話題を口にする。
それは「ソーラは回復魔法が使えるのか?」ということだった。
貴族相手に嘘を言うわけにもいかず俺がイエスと答えると、男爵は何やら考え込んでしまった。
……賊の治療をする時、ばれないようにコッソリ使ったつもりだったが、誰かが気づいたのだろうか?
まいったな……。
教会に報告されてしまえば面倒事が待っているだろうから、場合によってはいきなりこの町から逃げなければならないかもしれない。
「診てほしい者がいる」
ん? 何やら予想とは違う方向に話が向かっている気がしてきたぞ。
◇
使用人の女性と男爵に先導されて向かった先は二階の一番奥。
どうやら誰かの私室のようだ。
「セリオ、入るぞ」
二度ほどドアをノックし、男爵は部屋の扉を開けた。
カーテンが締め切られた室内にはベッドが一つと棚が一つ、そしてテーブルセット一式があるのみ。
ベッドの上には、薄暗い状態でも判るほど顔色の悪い少年が横たわっている。
十歳前後というところだろうか。
「おとうさ、ゴホッゴホッ」
「セリオ、無理に喋らなくていい」
身を起こし喋ろうとした途端、少年はひどく咳き込んだ。
……なんとなく、どういう流れか解った気ががする。
「見ての通り、この子は胸を病んでいる。医師や神官の診断では、子供の頃にのみ罹る病だそうだが……治療法は無い、と」
つまり、この子の病気は八方手を尽くしても治らず、男爵は海のものとも山のものともつかぬ小僧にすらすがりたくなっている、ということだ。
「何か、良い方法はないだろうか? せめて、苦しみを和らげることは……」
あかん、あきらめかけとる!
「心当たりはあります」
「な、なにッ!? 本当かッ!?」
俺の一言に、激しく取り乱した男爵が掴みかかってきた。
別に強化しているわけでもなかろうに、ものすごい力だ。
まだ成長途中で体重も軽いとはいえ、俺の足が浮いてるんだけど……。
「ええ、私の故郷の村にも、たまに罹る子供がいましたので」
「治療法ッ、治療法はあるのかッ!?」
答えたら激しく揺さぶられた! 普通の人なら酔うよこれ。
まあ、気持ちは解るけども。
「あります。といっても、薬や回復魔法を使うわけではありません」
「……なんだって?」
俺の言葉に男爵が脱力し、手が離れて俺は地面に戻った。
訝しげにする男爵に、俺は説明を続ける。
「この病は埃や塵、それに目に見えないほど小さな虫などの影響で発症すると考えられています」
「そ、そうなのか?」
半信半疑といった様子の男爵の反応をあえてスルーし、対処法を伝える。
要約してしまえば「室内も空気も清潔にする」ということを、だ。
「だが……我が家の使用人たちは真面目に働いてくれている。もちろん掃除も欠かしていない」
「それはそうでしょう。ここまでお屋敷を拝見しても、どこにも汚れはありませんでしたから」
俺の言葉に、ならばどこに問題があるのかと言わんばかりの顔になる男爵。
しかし話は、まだ途中だ。
「先ほども申し上げた通り、目に見えない原因があるのです。それこそ、どれほど清掃しようと排除できない原因が」
そこでようやく、男爵は何かに気づいた表情になる。
「つまり……お前は、それを排除する方法を知っているのだな?」
「その通りです」
さあ、ここからが無双の始まりだ。




