第十話 お嬢様無双
俺が仕留めた(一部、馬に踏まれたせいで死んでいるがほかは生きている)賊どもを捕縛するために馬車の護衛をしていた騎士たちが馬で駆け去るのを眺めていると、俺を囮にしようとした騎士だけはこちらを射殺さんばかりに睨んでいるのに気づいた。
まあ、囮にしようとした上に怪我をさせて足止めして確実に殺されるようにしようとしたらあっさり対処されて、その上、自分たちにはどうにもならない数の賊をあっさり壊滅させられたら「プライドが傷つけられた!」って感じになるのは解る。
だが、失態の上に失態を重ねたのは彼自身であり、被害者にされかけた俺には関係のないことだ。
このあと彼にどんな沙汰が下されようと、俺にとってはどうでもいい、いやむしろ重い処罰が下されれば「ざまぁ」である。
貴族(?)の犯罪に関する慣例は知らないが、守るべき領民を率先して犠牲にしようとしたのだから、まあ、その罪は軽くはないと思う。
「貴様のせいだ……」
アホ騎士に興味をなくし馬車の方を眺めていると、当人のつぶやきのが聞こえてくる。
それだけならスルーするのだが、奴は何を思ったか槍を投げ捨て剣を抜き放った。
「平民ごときが、騎士である私の邪魔をするな!」
怒声とともに馬の腹を蹴り、アホ騎士は俺にめがけて突っ込んでくる。
――いくらなんでも暴走がすぎるだろ。
おそらくは俺が魔法メインだと判断したのだろう奴は、なんの警戒もなく剣を振るってきた。
その狙いは、俺の首だ。
剣筋は意外にもしっかりしたものだったが、対応できないほどのものではない。
反撃することは容易いが、万が一にも罪に問われないために、俺は防御に徹することにした。
といっても、ビビらせる為の一手も込みだが。
「次元斬」
空間の断裂によって切り裂く魔法を、二つ組み合わせて鋭い頂点を持つくの字型の壁を形成する。
そこに騎士の剣がぶつかると――。
――キンッ!
「なッ……」
甲高い音を立て、鋼の剣は真っ二つに切断された。
馬の勢いのまま駆け抜けたアホ騎士は、何が起こったのか理解できず唖然とした表情を浮かべている。
空間を分断している所に突っ込めば、魔法に対する抵抗力のない物体は、どれほどの硬度を持っていようとあっさりと切り裂かれのだ。
逆に言うと、生き物や魔剣などの魔力を帯びたものであれば切れないこともある。
が、俺と同等のレベルと、『魔力操作』あるいは『空間属性魔法』スキルを持っていなければ抵抗は難しいと思われるので、かなりの達人相手でもなければ、ほぼ有効といえるだろう。
だからこそ俺の切り札の一つであり、使ってもまず視認できないという、まさにチートな魔法なのだ。
「おやめなさい!」
動揺しながらも馬首を巡らせ、まだ俺を殺そうとするアホ騎士に、鋭い制止の声が響いた。
声の主は馬車から現れた――いかにも貴族然としたドレスを身にまとった――少女。
彼女のあとには侍女らしき女性が付き従っている。
「助けてくださった方に己の不手際の責任を押し付けるなど、貴族の風上にもおけぬ行為……恥を知りなさい。この事は、お父様にも報告します」
凛然と言い放つ少女に、アホ騎士は怒りと不満に顔を歪めながらも黙り込んだ。
流石に、主筋の人物にまでは横柄な態度は取れないということか。
「私はアウラ・ノマイン。ノマイン男爵家の長女でございます。我が家の騎士が大変失礼いたしました。それから、ご助勢に感謝いたします。おかげさまで、騎士ともども命拾いいたしました」
家を代表してか少女は深々と頭を下げた。
長く明るい茶色の髪が、下げられた頭とともにサラリと流れる。
見たところ俺と同年代なのに、しっかりしてるなあ……。
「いいえ。どうか、お気になさらず。困っている人を助けるのは当然のことですから、頭をお上げください」
こちらも返答し、頭を下げる。
侍女をはじめとして、賊を捕縛して戻ってきた騎士たちも、俺の卒のない態度に驚いた顔を見せた。
この辺は、精神的には大人である転生者の面目躍如といったところだよね。
見た目は成人したての平民小僧だけども。
詳しい話を聞くと、彼女は友人のいる燐領の町へお茶会に行った帰りだったそうだ。
この辺りでは滅多に賊が出ることもない(さほど裕福でない)ため、油断していたそうな。
「……ありがとうございます。この御礼は、後ほど必ず」
俺の言葉に再び軽く頭を下げ、少女は笑顔を見せた。
「このままでは運びにくいですね。賊を乗せる荷台を用意しましょう」
負傷した賊が十三名もいては空馬に乗せるにしても手間だろうということで、俺は地属性魔法のアレンジで頑強な石の荷車を作り出した。
この魔法は、村近くの森から材木や薪を切り出した際に便利だろうと考えたもので、『石車』と呼んでいる。
今回はちゃんと取っ手の部分を整形しておいたので、鞍にくくりつければ二頭引きの荷馬車となるのだ。
見たこともない魔法に驚く人々を尻目に、俺は主を失って近場で草を食んでいる馬を二頭回収し、石の荷車をつなぐ。
あとの四頭は二人の騎士が牽くようだ。
「何から何まで、かたじけない」
騎士の一人、初老の男が賊を荷台に放り込みながら礼を言う。
俺は「どういたしまして」と笑顔で返し、賊を積み終わったことを確認してから御者台に上った。
ついでに、死なない程度に賊の傷も回復魔法で治しておく。
生きてないと連れて行く意味がないだろうし、あとで犯罪奴隷として売られれば報奨にプラスがあるかもしれないからね。
侍女に促されアウラが馬車に戻ったのを機に、一行はノマインの町に向けて移動を再開する。
はてさて、この出会いは一体どういう展開をもたらすのやら……。
◇
二時間ほどで夕焼けに染まるノマインの城門へとたどり着いた俺は、アウラお嬢様の口添えで問題なく入町を許された。
まあ、田舎の町のこと、よっぽど怪しい人相風体でもなければ、そうそう見咎められることもないとは思うが。
それから賊どもは門番の兵士に預け、後日、捕縛の報奨を貰えることになった。
まだ滞在場所も決まっていないので、冒険者ギルドに登録するから何かあればそちらに伝言をしてもらうことに。
お嬢様は俺を屋敷に招待したいようだったが、お互いバタバタするだろうからと固辞した。
しかし「せめてこれを」と、冒険者ギルドへの紹介状を渡されてしまった。
後ろ盾がある方が信用は得やすいから、助かるといえば助かるのだが……いったい、いつの間に用意したのやら。
ちょっとしたことでもキッチリ卒なくこなす、お嬢様無双といったところか。




