どうすりゃいいの?女神さま
女神さまの名はレナ。何の女神であるかは……『まだ決めてないのです』と、彼女は言った。
「何の女神になるかは自分で決められるんですよ。でも、一度決めたら変えられないんです。それって、後で後悔したくないじゃないですか。だからもう少しじっくり考えてから決めようかなー、って思ってまして」
「ふーん、何の女神になるかって、生まれつき決まっているイメージだった」
「うーん。それは世襲制だった頃の話ですね。考え方が古いですよ、お客様」
よし。俺のことを『お客様』と呼んでくれた。
俺は密かにそのチャンスを狙っていたのだ。
「……あのう、レナさん。良かったら俺のことも名前で呼んでもらえると……嬉しかったりして……」
下の名前で呼ばれたい。
『レナさん』
『はい、良作さん』
……おぉ。今まで想像したこともなかったけど、なんかいいかもしれない!
お互いの呼び方は最初が肝心だ。いちど苗字で呼んでしまうとよほどの事がない限り下の名前に切り替えさせるのは難しい。最初からスッと下の名前をすり込めば……。
「俺、名前はりょ……」
「四波よ。コイツの名前はシバ」
うおっ! 壺ちゃん! 余計なことを!
「シバさん。素敵なお名前です。覚えました。私、一生忘れません」
「……は、ははは。ありがとう、レナさん」
ぬあぁ、最大のチャンスが……。
壺ちゃんが『すべてお見通し』と言った感じでムフフと笑った。
くそう、壺ちゃんめ、いじわるしやがって。
自分は俺のことを『リョーサク』って呼び捨てにるクセに。
§§§
レナさんに聞きたいことは尽きなかった。でも、彼女も何かと忙しいらしく、壺ちゃんのメンテナンスを終えてちょっとした雑談を終えると『来週また来ます』と言い残して天界へと帰っていってしまった。
「ふん。ため息ばっかりついちゃって。人間と女神の恋愛なんて上手く行くわけないじゃない。あっちはアンタのことなんか恋愛の対象だなんてちっとも思ってないわよ。ただの金づるよ、金づる。男らしくスパッと諦めなさい」
だよなぁ。と、思いつつ『諦めなさい』と言われても、この感情はどうにもなりそうにない……。
「人間と女神じゃ、やっぱり種族が違い過ぎるよなぁ……」
レナさんの笑顔が、握られた手の感触が、脳裏に甦り、俺はまた一つため息をついた。
壺ちゃんが『やれやれ』という感じでポツリと言った。
「ま、前列がない訳じゃないけど」
「――! あるのか、前例が!?」
「なに期待してるのよ」
「いや、参考までに……教えて」
壺ちゃんはイジワルっぽくにやりと笑い――。
「死ぬのよ」
――と、言った。
「生きてるうちに伝説になるような凄いことをすれば、肉体が滅んだ後に魂は神話の世界に取り込まれるのよ。そうなればアンタだってあの女神と対等に付き合えるようになるわよ」
「……無理」
でしょうね、って顔。
「ま、女神と生身の人間の間に子供が出来たって話も無くはないけど。そんなの悲劇よ、悲劇」
「子供! 作れるのか!?」
「……」
「(にたぁ)」
「そう言う所にばっか反応するな! ほんと、サイテー。 悲劇って言ってるでしょ? 神にも人にもなれない子供のことも少しは考えなさいよ!」
俺との間に出来た子供を胸に抱くレナさん。
その肩に手を回し抱きしめる俺……。
だがこの子は神にも人にもなれない。
やがて思春期を迎え、出生の秘密を知り周囲とのギャップに悩む我が子。やり場のない怒り。母親への暴力。喧嘩。非行。いつの間にか暴走族へ。泣き崩れるレナさん。
むむう……。
「じゃあさ、逆に女神さまに人間になってもらうとか……」
「それもあるにはあるけど……大抵は何かハンデを背負うことになるわね、女神の方が。アンタ、それでもいいの?」
俺は黙って首を横に振った。
壺ちゃんは安心したように、少しだけ表情を緩めた。
うーん。
どっちに転んでもハードルは高い。
けど、可能性はゼロではないのか……。
「……ねえ、壺ちゃん」
「何よ」
「ちなみに、妖精と人間って……」
壺ちゃんはくるっと俺に背中を向けた。
「知らない!」