おぼえてますか、シバさん その6
「壺ちゃん!」
俺は勇者崩れに一撃を与え、横たわる壺ちゃんを抱きかかえるとそのまま転がって間合いを取った。
異世界ではペンダントの剣を抜いただけで身体能力が跳ね上がったのだが、この世界では体力はそこまで強化はされないようだ。だがそれでも、壺ちゃんを抱えたまま5メートルほどジャンプするだけの力はある。
「壺ちゃん!」
俺はぐったりしている壺ちゃんの体を揺すった。
「壺ちゃ……」
壺ちゃんの目がパッチリと開く。
「つ、壺ちゃん!?」
「別に。『死んだふりはするな』とは言われてないから」
は、反抗期モード! 面倒くせー!
勇者崩れが漆黒の剣を振りかぶり、俺たちめがけて叩き付けてくる。
俺は壺ちゃんを抱えたまま飛び下がりそれを避けた。
「ソレジャ! これ以上余計な心配をさせるな!」
俺がピシャリと命令すると、壺ちゃんはツンとよこを向いた。口元が少し笑っている。
フッと息を吐くと共に、壺ちゃんの体が俺の腕の中でむくむくと中学生サイズまで大きくなってゆく。
「アイツに刺さってる剣、あれ、アタシの剣よ。どうやらアイツはアタシの獲物みたい。どいてて、リョーサク」
壺ちゃんはスクッと立ち上がると勇者崩れに向かって身構えた。
そう言えば、ロブラリアからは壺ちゃんがなぶり殺しにした勇者が勇者崩れになったと聞いている。
と言うことは……いま勇者崩れに刺さっている剣は……そうか、なぶり殺しにした時に壺ちゃんが刺しっぱなしにした剣だったのか。
壺ちゃんは機敏に動き回り手から深紅の光球を放つ。
光球は何度か勇者崩れを捕らえるがダメージを与えられているように見えない。
中学生モードとは言え、この世界の薄いマナではまだまだ火力が弱いようだ。
思ったよりも苦戦している壺ちゃんを見ていららず、俺は剣を抜いて加勢した。
俺の斬撃と壺ちゃんの光球の連撃。
こんな事をやるのは初めてだが、二人の息は面白いようにぴったり合っていた。
だがやはり決定打を与えられない。
特に俺の剣は奴との相性が悪いようで、まるで水を斬っているかのようにキリが無い。
勇者崩れが漆黒の剣を大上段に振りかぶり、ひと呼吸置いて強烈な勢いで振り下ろした。
紙一重で避けると勇者崩れの剣が地中深くへのめり込んだ。
チャンスとばかりに壺ちゃんが奴の胸に突き刺さっている、炎の剣に手をかけようとする。
だが、奴の動きは予想以上に早かった。
勇者崩れは地中にのめりこんだ切っ先を一瞬で切り返した。
俺は壺ちゃんの体を守るように『見えない盾』を張る。
だが、強烈な斬撃の反動で二人ともまとめて吹き飛ばされてしまう。
重なって倒れた俺たちの前に勇者崩れが迫った。
奴は再び、漆黒の剣を大きく振りかぶる。
その時――。
「シバしゃんは、殺させないのれしゅ!」
いつの間に来ていたのか、レナさんの見事なハイキック!
は、全く効果がない。
だが、レナさんはそのまま炎の剣に飛びつくと、勇者崩れを足蹴にして一気に剣を引き抜く。そして――。
「えーと!」
と言って剣を壺ちゃんへ投げた……えーと!?
だが、その行動はあまりにも捨て身過ぎる。
勇者崩れはレナさんの足を握り、宙へと吊り上げた。
黒い影が視界を横切る。
銀色の刀身が流れるような軌跡を描く。
軌跡は一直線に勇者崩れの腕を横断した。
勇者崩れの腕が切断され、断面から黒い血液……いや、黒い霧のようなものが吹き出す。
支えを失い落下するレナさんを、黒い影が受け止めた。
やっと来たか! ロブラリア!
ロブラリアはレナさんを抱え距離を取った。
壺ちゃんが炎の剣を携えて、勇者崩れに迫る。
「……アンタが誰だか覚えてないけど、いつかのアタシをよっぽど怒らせたみたいね」
壺ちゃんが炎の剣の感触を確かめながら、つまらなそうに吐き捨てた。
勝負は一瞬で着いた。
壺ちゃんが炎の剣を音もなく振り抜く。
次の瞬間、勇者崩れの体が真っ二つに両断され、その場へ崩れ落ちた。
壺ちゃん、TSUEEEE!
だが……勇者崩れの体の断面からは黒い霧が立ち昇る。
そして生きているかのように頭上でぐるぐると渦を巻いた。
これが本体か。さっきまでよりヤバそうな気配がする……てゆうかこれ、触ったら絶対ヤバいやつだろ!
黒い霧はぐっと鎌首をもたげると壺ちゃんへと一気に襲い掛かった。
バシュ!!
水風船が爆ぜる音。
「青チャケ!」
「青の女王っチャケ!」
連続で発射される青チャケの水ライフルが黒い霧を撃ち抜く。
よほど効果があるのか、黒い霧は不気味な叫び声を上げながら地に落ち、悶絶する人間の形になった。
青チャケのドヤ顔がうざい。
そして、壺ちゃんはのたうち回る黒い霧に近づき……。
「ちょうど小腹が空いてたのよ」
そう言うと壺ちゃんの口が耳元まで裂けて牙が剥き出しとなった。
助けを求めるように怯え逃げ惑う黒い霧を、壺ちゃんがガシッと踏みにじり……『生きたまま』の黒い霧を、バリバリと千切っては食い、千切っては食い……。
「……塩味が足りないわね。リョーサク、お醤油」
「持ってねーよ! てゆーか……お、おえぇぇぇ」
「なによ、だらしない。アンタだって魚の活き造りとか尾頭付きとか、食べるでしょ」
引き裂かれ、食われる恐怖と苦痛に悶え泣き叫んでいた黒い霧はやがて静かになった。
ひとしきり食べ終えた壺ちゃんがスクッと立ち上がりパチンと指を鳴らすと、黒い霧の『食べ残し』が真っ赤な炎に包まれる。そして、瞬く間に灰になり、風に吹かれて、どこへともなく飛んで行った。
この妖精さん、やっぱり……危なすぎる!
§§§
「いただきまーす!」
夕食。広間に並べられたお膳に配された山菜料理と岩魚の塩焼き。
湯上り浴衣姿の八重樫は妙に色っぽく、レナさんとロブラリアはちょっと着慣れない感じが新鮮だった。
美味い美味いと言ってがっつく三森と八重樫、壺ちゃんと青チャケ……一方、俺とレナさんとロブラリアは昼間の壺ちゃんの『お食事シーン』が頭をよぎり、魚に伸ばした箸がぷるぷると震えている。
「あれ、レナさん、ロブラリアさんも魚は苦手なの?」
再び酔っぱらっている八重樫が絡んできた。
「四波君も! 魚食べなきゃだめでしょ! 普段食べてないんだから!」
「いや、今日はちょっと食欲が……」
「あー、わかった! わたしたちが買い物に行っている間になにかつまみ食いしてたんでしょ! ひょっとしてお肉? ずるい……って、ちょっと、四波君!」
俺はトラウマシーンを鮮明に思い出し、トイレに駆け込んだ。
夕食後、部屋でささやかな宴会のあと布団に入った。
寝付かれず、灯りが消えたロビーに向かうと壺ちゃんが窓から月を眺めていた。
「……何も、覚えてないわ。あの、勇者崩れになんで剣を刺しっぱなしにしたのか」
壺ちゃんがそう呟いた。
「お腹がいっぱいだったから後で食べようと思ったんじゃない?」
俺がそう言うと、壺ちゃんがクスリと笑った。
車の中とは逆に、壺ちゃんに膝枕をしてもらいながらソファーで横になる。
何でもない話をだらだらと続けていると、足音がした。
「やっぱり……仲がいいのですね」
レナさんだ。
レナさんはソファーの向かいに座り、ニコリと笑った。
月明りに照らされたレナさんは、まるで女神のように……そうか、時々忘れてしまうけど、彼女は本職の女神だった。
「アンタ、何か知ってるのね」
壺ちゃんがレナさに聞いた。
俺も、そんな気はしている。
レナさんは黙って月を見上げた。
「何も、知りませんでした。だから、知りたいと思ったのです」
謎めかした答えだったが、それでいいような気がした。
壺ちゃんもそれ以上、聞きはしなかった。
レナさんが俺に視線を戻す。
「シバさんの、夢を教えて欲しいのです」
「……俺の?」
「はい、シバさんも、夢を追いかけていると」
そう言えば、レナさんにそんなことを言ったこともあったような。
「ちょっと恥ずかしいな。今までは八重樫にしか話したことがないんだけど……」
俺はそう前置きして、俺の夢を語り始めた。
困っている人を救いたい。
中学生の頃に突然そう思い、ひらめいたアイディア。
それを少しでも早く実現したくて、普通とはちょっと違う道を歩んで就職したこと。
人に話すと、偽善とか、絵空事とか、バカにされてしまいそうで、今まで友達にも話すことができなかった。
俺が一通り語り終えるまでの間、レナさんの目から何度も涙が溢れた。
「私、間違っていませんでした」
レナさんはそう言うともう一度、月を見上げた。
「俺もだ、女神ちゃん」
突然俺の口が勝手に動き、気が付くとそう言っていた。
我ながらなんだか、いつもと違う声。
レナさんがハッとして、俺を見つめ、すがりつき、俺の胸に頬を埋めた。
俺はそのままレナさんを抱きしめた。
壺ちゃんが、つまらなそうにツンと横を向いた。




