おぼえてますか、シバさん その4
悲惨な戦いであった。
超魔王軍の怪物たちは逃げ惑う人々もろとも、超勇者軍の戦士をためらいなく攻撃する。
その怪物たちの盾や鎧には子供が、老人が、赤ん坊が括り付けられていた。
超勇者軍は思うように反撃することができない。
強力な魔法で反撃をしようものなら、人々を巻き添えにしてしまうことは明らかだ。
剣や弓による攻撃も手元が狂えば人質を貫いてしまう。。
しかし、彼らがいま立ち向かわなければ、世界は悪に支配されてしまうのだ。
超勇者軍の兵士たちは断腸の思いで人質を見捨て、救いを求める者を見捨て、反撃した。
もはや、何が正義なのかさえわからない血みどろの戦い。
その姿に、人々は絶望し、超勇者軍の兵士は心を病む。
誰もが正義の限界を垣間見た。
そう。超魔王が蹂躙しようとしているのは超勇者軍ではない。
正義そのものなのだ。
§§§
路地裏を1人の騎士が十数人の子供を引き連れて走っていた。
そこへ突然、超魔王軍の怪物が現れて目の前に立ちはだかる。
そしてもう一匹、背後からも。
泣き叫びその場へと座り込んでしまう子供たち。
騎士は精鋭であった。
この程度の怪物なら、片手で十分倒せる。
だが、怪物の盾や鎧に括り付けられた老人と、赤ん坊が隙間なく括り付けられている。
この子供たちは命にかえても救わなければならない。
だが、彼らの目の前で、私は人質を見殺しにすることもできない。
投降すればより悲惨な目にあうのは明白だ。
騎士の目が怒りに燃える。
「騎士さま! 倒して! 早く怪物を倒して!」
恐怖に怯える子供たちは喉が枯れるほど声を張り上げる。
盾に括り付けられた赤ん坊が泣き叫び、老人が弱々しく救いを求めた。
騎士は奥歯を噛みしめた。
「オマエ……剣を抜いたら、コロス……うは、うははははははは! は!?」
怪物が不気味に笑った。
次の瞬間。
怪物の盾に括り付けられていた老人が青白く輝く。
その光がスッと弱まると共に、老人の姿は消えていた。
人質が次々と同じように輝き、そして消えてゆく。
味方、それとも敵の魔法使いか。騎士は警戒した。
だが、次の瞬間、目を見張る。
自分の背後で泣き叫んでいた子供たちも次々と輝きを放ちながら消えていったのだ。
「これは……」
目をこらすと半透明の人影。
やがて、それは実体化してゆき、そこに杖を携えた女神が現れた。
敵ではなさそうだが一体……。
その女神はレナだ。
どうやら姿を消す魔法で敵に近づき、【転移の杖】で人質を解放していたらしい。
レナは戦場に似つかわしくない笑顔で騎士に向かってニコリと笑う。
レナに事情を聞こうとする騎士の背後で地響きがする。
しまった、気を取られているうちに――と、咄嗟に振り返る。
だが、その地響きは、背後に迫っていた怪物が倒れる音であった。
地に伏した怪物を、薄紫色の髪をした、赤いドレスの女が踏みにじる。
その手には、炎を上げる赤い剣。
騎士はその女を知っている。【赤ノ妖精】だ。
「シバか!?」
「へへへ、正解!」
夢想剣イトウが騎士の正面に立っていた怪物を真っ二つに引き裂く。
その背後にはシバが立っていた。
騎士はようやく緊張を解いた。
どうやらシバと騎士とは知り合いらしい。
「細かい話はあとだ。この辺の人質は安全な所へ転移させた。あとは好きなだけ暴れろ」
シバが言い終わると同時に、通りを隔てたあちこちで魔法による爆風が巻き起こった。
人質が消え、広範囲魔法を利用できるようになった超勇者軍が反撃に転じたらしい。
騎士の目に輝きが戻る。
「すでに超勇者軍の方が優勢だ。超勇者のオッサンはどこだ?」
「はぐれてしまったが、人質を救いに広場へ向かった筈だ。気を付けろ、広場には超魔王が……。」
騎士がそう言い終わる頃には3人はすでに姿を消していた。
騎士はシバが立っていた位置へ向けて敬礼をすると、ギラリと輝く魔剣を抜き、魔物がひしめく表通りへと突入して行った。
§§§
広場の手前の路地裏でシバは立ち止まる。
そしてレナに言った。
「ここまでだ女神ちゃん。この先に超勇者と超魔王がいる。奴らの戦いはハンパじゃやねぇ。天界へ帰れ」
「嫌です」
やれやれ。と、いまいましそうに頭を振るシバ。
「聞き分けの悪いことを言うな。さぁ、その杖を置いて……」
「絶対に――!」
レナが何かを言いかけた瞬間、突然シバに抱きかかえられた。
また、丸太のように太い腕と、厚い胸板の感触。
反抗的な態度にシバが怒ったのか。
レナがそう思った次の瞬間、爆音が響いた。
静まったのち。
レナは恐る恐るシバの背中越しに見回す。
さっきまであった筈の建物が吹き飛び、視界が開けていた。
建物がなくなり、身を潜めていた路地裏が、広場とひとつながりになっている。
広場には累々と連なる死体の山。
いったいどれだけの命が失われたのだろう。
そして、その中央に立つ禍々しい幽鬼。
あれこそが、超魔王。
そして、超魔王の前に膝をつき辛うじて剣で身を支えている瀕死の男。
彼こそが、超勇者。
そのとき、レナは自分の手が濡れていることを知る。
それは、シバの血であった。
「シバさん!」
何かを答えようとしたシバの口から、鮮血が溢れる。




