おぼえてますか、シバさん その2
大盗賊シバ。
次元を股にかける大泥棒。伝説の秘宝を奪い、聖女を凌辱したと言う噂が流れたかと思うと、民を苦しめる暴君を失脚させ、盗んだ宝を貧民に分け与えたと報じられる。
何をしても注目を集め、その度に評価が揺れる、なんとも掴みどころのない男だ。
そして、シバの相棒にして使い魔である【赤ノ妖精】エート。
シバはとある次元の王宮から【赤ノ妖精】が封印されていた壺を盗み出した。
だが、封印から解放した【赤ノ妖精】に名を付ける際に『えーと……』と言ってしまったがために名前が『エート』となった、と言う間抜けな噂があるのだが、事の真偽は定かではない。
以前は幾つもの世界を紅蓮の炎で焼き尽くした【赤ノ妖精】であったが、シバが主となってからはそこまでの悪行は耳にしない。果たして主がよく律しているのやら、はたまた器が足りないのやら。
鋭い警笛。
それと共に黒い制服をまとった神々が現れてシバとエート、そして、巻き込まれたレナとロブラリアをぐるりと取り囲んだ。
泣く子も黙る次元警察精鋭部隊。その数12柱。
みな2メートルはあろうかと言う凛々しく屈強な男神たち。
手には金や銀に輝く剣や銃、槍に弓に投網。さまざまな武器を帯びていた。
大悪党を前にこれほど頼りになる正義の味方はありはしない。
ロブラリアはあわあわと、助けを求めて彼らへと四つ這いで近寄った。すると、一人の男神は彼女をすっと抱きかかえ、安全な道端へと降ろし、庇うかのように彼女の傍らへ立った。
「レナ!」
逃げ遅れた……と言うか、逃げる必要性をまるで感じていなかったレナがロブラリアの叫び声でハッと我に返る。
宝物庫が吹き飛んだことについては確かにレナも驚いた。
だが、それさえも忘れてしまうくらい、レナの興味は目の前のシバに向いてしまっていた。
そもそもレナはシバのことを『悪党』とは思っていない。
どちらかと言えばヒーロー。それが言い過ぎであるならば、アイドルのような存在なのだ。
確かに、世間を賑わせる噂を聞く限り、シバが『危ない人間』であることに間違いはないのだろう。
だが、彼が決して『悪い人間』ではないことは、ときおり聞こえてくる彼の善行が示している。
シバは『良い人間』に違いない。
悪行の裏には何かやむを得ない事情があるのだ。
レナはそう考えていた。
折角出会えたのだからその辺りの話を直接聞きたい。
そんな気持ちが先に立ち、逃げる気などまるで起きてはいなかった。
だが、ロブラリアの叫び声で我に返り、よくよく考えてみればこの男、たった今【運命神】の宝物庫を爆破したばかり。
『危ないけど、いい人』では済まない、危険な状況なのだ。
「シバぁ、コイツら殺していいか? 面倒なのが2、3匹来てる」
エートがシバに確認を取った。
さすがのレナもゾッとする。
面倒な2、3匹とは、長い剣を構えている次元警察隊長、銀色に輝く銃を構える副隊長、そして、青白い顔をして魔導書を開き詠唱の準備に入っているもうひとりの副隊長のことであろう。
彼らとて、1対1では【赤ノ妖精】には敵わない。
だが、2対1、3対1であれば……。
「ダメだ、エート。殺すな」
シバがエートを制した。
エートが忌々しそうに舌を鳴らす。
「じゃぁどーすんだよ。コイツら数が揃うと厄介だぞ」
そのやり取りに、レナは『やはりシバは悪い人間ではない』という確信を深めた。
どうもこの女神の卵、先に答えを出してから理由をこじつけるタイプらしい。
愛の女神の候補生がそんなことでよいのだろうか。ゆくゆく愛の女神になれたとしたら、チャラい男に騙されて、いいように振り回されてしまう女性が増えてしまわないのか、かなり心配だ。
と、突然レナはシバにきつく抱き寄せられた。
「キャッ!」
丸太にはさまれたような感触。
力を入れてもまったく押し返せない。
だが、決して痛くはない。
無精髭の、日に焼けたシバの顔がぐっと近づいた。
そのまま、唇を奪われてしまうのではないかと、胸が激しく高鳴る。
だが、シバの目は自分を見てはいない。
シバは胸のペンダントに手を当てた。
続く挙動で手をスッと伸ばすと、いつの間にかその手の中には剣が握られていた。
シバが愛用する名剣、想像しただけで敵を斬れるマジックソード『夢想剣イトウ』。
もちろん、元々はこれも盗品なのだが……。
シバはくるりと手を返すと、鈍く光る名刀の切っ先をレナの首元に当てた。
「おーっと、隊長さん。そこまでだ」
次元警察官たちの動きがぴたりと止まった。
シバはそれ以上何も言わなかった。
しかし、レナにはシバが自分に『大丈夫、心配するな』と言ったように感じた。
実際に、身動き一つできず、剣を突き付けられているのにまったく恐怖を感じない。
むしろ、心安らぐ頼もしい安心感に満たされてゆく。
「卑怯者め!」
次元警察の隊長が吐き捨てる。
「待って! シバさんは悪くない!」
気が付くと、レナはそう叫んでいた。
一同が固まった。
シバもエートも次元警察も固まった。
そりゃぁ、神様の宝物庫を爆破して、人質に剣を突き立てておいて『悪くない』で済むなら警察なんかいらないのだ。
「……ごめんなさい、やっぱり悪いです」
レナは空気を読んだ。
「へへへ。面白いお嬢ちゃんだ」
シバが笑う。
「さーて隊長さん、この可笑しなお嬢ちゃんの命が大切ならば結界を解いてもらおうか」
シバが言う結果とは、盗人が次元の扉を開いて他の世界へと逃げ出さぬよう張り巡らされていた魔法の結界のことだ。
隊長の決断は早かった。
目配せをすると結界が消える。
「よし。エート、『セド』への扉を開け」
エートは暴れ足りないのか、少し不満げな態度でセドへの次元の扉を開いた。
異世界セド……『月刊 ニンゲン』でも特集されていた、これから超魔王と超勇者の決戦がおこなわれようとしている世界。
危険地帯として認定され、天界からセドへの渡航は禁じられているばかりではなく、次元警察でさえ踏み込むことができない。
確かに逃げるにはもってこいの世界だが……そんな所で、この男はいったい何をしようとしているのだろうか。
レナのシバへの好奇心は更に高まった。
このまま、連れ去られたい。
自分の目で、この人間の行動を見てみたい。
「じゃぁな、お宝はもらっていくぜ!」
だが、レナの期待とは裏腹に、シバはまるで物のようにレナを冷たく解き放った。
エートが次元の扉をくぐり、シバがそれに続く。
静寂が訪れた。
刺し違える覚悟で挑んだ【赤ノ妖精】が去ると、次元警察官たちの緊張が一気に緩んだ。
盗賊を取り逃がした悔しさは残る。だが、まだ幼い女神を無傷で救うことができたのだ。まずは良しとしよう。
そんな空気が隊員たちの間に広がった。
と、レナは突然……。
「あ、あれぇー、そんなー、わたしまでー、ひっぱらないでぇー」
誰も引っ張っていないことなど明白であった。
強引に引っ張られる小芝居をしながら、レナはシバを追いかけ、次元の扉へと自ら飛び込んでいった。
「レナ!」
親友を、幼なじみを、目の前で連れ去られた(と、一人で思い込んでいる)ロブラリアの悲痛な叫びが響く。
レナを取り返さなければ。ロブラリアは震える足で次元の扉へと近づいた。
だが、恐ろしすぎて、ロブラリアは次元の扉をくぐることはできない。
閉じてゆく次元の扉の前で彼女は泣き崩れた。
だがロブラリアはすぐに泣き止み、立ち上がる。
握りしめた拳。その目は冷たく、怒りと決意に燃えていた。
「おのれ、人間!」




