おぼえてますか、シバさん その1
決着の前に。
話は時と次元を越え、ここは天界。
いまよりずっと昔のこと。
大理石造りの壮麗な神殿が建ち並ぶ天界の中心街は、今日も賑わっていた。
賑わっているとは言え、天界なので見渡すかぎり神さま、女神さまばかり。
皆さま立ち居振る舞いに余裕があり、大らか、にこやか、お上品。
何かとガサツな人間社会とは違い、街はゆったりとしていた。
その中を、『エリート女神高校』へ通う女神の卵が二人。放課後、流行りのアイスを舐めながら歩いていた。
何が面白いのやら、二人の間には笑顔が絶えない。おどけたりつっつきあったり。おもわず『年頃の女の子はどこの世界も変わらないものだ』とぼやいてしまいたくなるような仲良しJKの下校風景であった。
1人の名はレナ。
そう。やがて、その美貌と悪徳商法まがいの……いや、ストレートに阿漕な商売で主人公を翻弄することとなる、あの『レナさん』である。
いまの彼女は女子高生。制服姿も初々しく、羽飾りのついたティアラ、豊かなブロンドはこの頃から。そして、澄んだ瞳と気さくな笑顔には、子供らしい明るさと好奇心と屈託の無さが溢れていた。
とは言え、彼女は単なる女子高生ではない。赤い宝石の髪飾りは全校生徒の羨望の的、女神たちの中でも最も人気が高い『愛の女神コース』の優等生のみに与えられる証なのだ。
言わばエリート中のエリート。将来センター間違いなし。一億年に一人の逸材『億年さん』との噂もちらほら。地下での怪しい商売などとは無縁の、完全美少女女神なのであった。
だが、当の本人からはそんな自覚はまるで感じられないない。
特にその性格と言えば……活発といえば聞こえが良いが、少し行き過ぎたお転婆さん。いわば優等生と問題児の一人二役。だが、彼女に関してはそんな性格さえも魅力の一つとなる。同級生はもとより、普段は気難しい先生方でさえ彼女のイタズラに思わず目じりを下げることもしばしば。
さて、もう1人の名は……うゎあ、これがロブラリア!?
邪魔にならないのか鬱陶しくないのか、中途半端に伸びすぎてボサッとした銀髪のキノコ髪。風貌にマイナスの影響を与えている冴えないメガネ。おでことほっぺに陣取るニキビ。ややぽっちゃりな体型。手足こそ長く、小奇麗に努めている筈がどこか小汚ない。レナと同じ制服が何故か別のものに見えた。
性格は『悪い子ではなないのだけどね』と言う寸評が良く似合う、引っ込み思案のおっちょこちょい。加えて生真面目。どこから見ても恋愛沙汰との接点がまーったく感じられない。
もう少し違う道を歩んでいれば生徒会長キャラだったかもしれない残念な文学部。
ひとこと、『あのモッサリした子』と言えば学年の誰もが『あぁ、あの子』と連想しそうな風貌であった。
だがそんな二人は仲良し幼馴染み。
揃えばいつでもニッコニコ、なのである。
「いまこの世界がアツいのよぉ!」
「ふふふ。また、レナの『人間オタク』が始まった」
レナが手にしてはしゃいでいるのは『月刊 ニンゲン』。人間好きな神々の間で人気の雑誌である。愛の女神の卵であるレナは当然人間好き。まあ、好きとは言ってもそこは人と神。どちらかと言えば『熱心な子供好き』ぐらいの感覚なのだが……。
『月刊 ニンゲン』の見開きには大きく『異世界セド ついに終末戦争へ突入!!か?』と書かれていた。
記事によると見出しのとおり、異世界セドでは悪を極めた超魔王の軍勢と、それを滅ぼさんとする超勇者が率いる軍勢が正に一触即発の局面を迎えている、らしい。
レナはロブラリアに、超魔王がどれほど憎たらしいか、超勇者がどれだけ立派であるかを早口で熱く語る。人間にはあまり興味がないロブラリアはやれやれと思いつつ、親友の熱弁についつい頬が緩む。
そして。
それは、二人が中心街をはずれ、【運命神】の宝物庫前に差し掛かったときのことだった。
突然の、だが、炎のように熱く、燃えるような出会いだった。
てゆうか実際、燃えていた。
爆音。
頑丈な大理石でできた【運命神】の宝物庫の壁が吹き飛び、真っ赤な炎があがる。
突然のことに身動きが取れないレナとロブラリア。
そして、燃え盛る宝物庫の中から、1人の青年が二人の目の前へ転がり出てきた。
「熱ッ! アチチチー!」
青年のローブはメラメラと真っ赤な炎を上げて燃えていた。
「アチャチャチャ!」
青年は燃え盛るローブを脱ぎ捨てた。ローブの下の服は煤けているが、どうやら無事のようだ。
青年は……神ではない。人間だ。
くるくると天然パーマがかかった髪。武神さまの様に凛々しい顔つきをしているが、目は猛獣のようにギラリとして、口元には大胆不敵な笑いをたたえていた。日に焼けた肌。分厚い胸板。太い腕。みすぼらしいが動きやすそうな服装。
背中に担いだ、ぱんぱんに膨らんだリュックの隙間から……金銀財宝が溢れているのが見えた。金貨が数枚、こぼれ落ちて音を立てる。だが、青年は拾おうともしない。
ロブラリアは腰が抜けてしまい、その場へペタりと座り込み、声も出せずにワナワナと震えていた。
レナはしばらくキョトンしたまま立ち尽くしていたが、思い出したように手にしていた『月刊 ニンゲン』の特集ページを開き、目の前の青年と見比べた。
間違いない。この男はいま世間を騒がせている次元を股にかける大盗賊『シバ』だ。
と言うことは、もう一人……。
「おい、エート! もうちょっとで焼け死ぬ所だったぞ! お前、いつもやり過ぎなんだよ! わざとやってるだろ!」
「あッはははは! 燃やすなとは言わなかっただろ、シバ」
煙を噴き上げる宝物庫の中から赤いドレスを纏った妖艶な女が現れた。
邪悪な微笑み。深紅の瞳。薄紫色の髪。
大盗賊シバの使い魔。神さえ滅ぼしかねない四大妖精の1人。
【赤ノ妖精】エートだ。




