異世界から来た壺ちゃんが危なすぎる!!(前編)
温泉旅館への道すがら、俺たちは高原の牧場へ立ち寄った。小高い位置にある駐車場からは広い牧場を見下ろすことができる。良く晴れた青い空と白い雲、遠く広がる牧場の輝く緑と山々の深い緑のコントラストが目に気持ちよい。風は東京よりもずっと涼しく、乾いていた。
そんな風景をバックにブロンドを靡かせるレナさんの姿に、思わず見とれる。いつもならレナさんの背景はボロアパートの黄ばんだ壁だ。やっぱり、彼女にはこんな風景の方がよく似合う。
壺ちゃんと『青チャケ』は相変わらずじゃれ合っていた。いつもはちょっとクールな壺ちゃんも、旅行でテンションが上がっているのか少しはしゃいでいる。
俺たちは観光客用に用意されている木のテーブルで八重樫が用意してきてくれた弁当を食べた。
牧場を軽く見学したあと、俺たちは目的地である経木知田温泉へ向けて出発した。
「ここから小一時間ス」
カーナビを覗き込みながら三森が言った。道は徐々に細くなり、大きく曲がりくねってくる。人家は途絶え、山が間近に迫った。なるほど、確かに電車で来るのは無理そうだ。雑誌のコメントのとおり『泉質は良いが交通の便が悪く客が少ない穴場』なのだろう。
車が走り始めてすぐに、車内が静かになる。気が付くとドライバーの三森以外はみな眠ってしまっていた。レナさんの寝顔を見たい衝動にかられるが彼女は2列前、膝の上には壺ちゃんがまるまって……ん? なんか、壺ちゃんが……ちょっと普段とは違うような。
どことなく雰囲気が違う壺ちゃんの寝顔を見ながら、気が付くと俺も眠ってしまっていた。
車の中で寝てしまったとき、何故か到着する寸前に目覚める。
玄関ベルのように、これも体が何か気配のようなものを感じているのだろうか。
背中を伸ばして周りを確認すると、三森が声をかけてきた。
「はいはい、皆さん起床時間スよー。旅館に到着っス」
「――あれ、三森、途中でコンビニに寄った?」
夜の宴会用の酒やつまみを途中のコンビニで買う予定だったのだがすっかり寝てしまっていた。
「それが、地図にあったコンビニが潰れてたんスわ。この先、ちょっと遠いんですけどスーパーがあるみたいなんで、いまから行ってきますよ」
「買い出し? だったら私もいく」
さすがに三森ひとりに任せるのは酷だが俺は旅館で手続きがある。異世界女子には任せられない。と、思っていると八重樫が買い出しへの参加に名乗り出てくれた。
俺たちは車で買い出しへ向かった三森と八重樫を見送り、チェックインを済ませた。少し古い旅館だが小ぎれいで雰囲気が良い。俺と三森は2人部屋、女性陣は青チャケの参戦により急遽6人部屋へ替えてもらっている。部屋の窓からは川をはさんで山が見えた。
温泉は全員が揃ってからの楽しみにとっておき、それまでのあいだ、俺たちは旅館の近所を散策することにした。旅館の周りには一周30分ほどの遊歩道があり、季節の花が見ごろらしい。
宿の玄関で待ち合わせをして、いざ出発……したのだが、やっぱり何かおかしい。
「あれ、壺ちゃん! 背が伸びてる!」
ようやく違和感の原因がわかった。
壺ちゃんが大きくなっているのだ。
車の中ではそれほどではなかったのだが、いつの間にか少しずつ……これは、中学生バージョンか?
「この辺りは少しはマナが濃いみたいね。まぁ、大したことないけど」
「おぉ……そうなのか、壺ちゃん」
なんだか壺ちゃんの声が少しだけ大人びて、態度の節々にソレジャのふてぶてしさが感じられた。目つきもちょっと悪い。
と、言うことは……。
反射的に、全員の視線が青いのの方に向けられた。
だが、こっちはそのままのサイズだ。
「お前は……そのままなのか?」
「忘れてたっチャケ!」
ポン!
一気に女子中学生サイズになった。忘れるものなのか?
女子中学生版の青チャケは、さっきまでは小生意気なチビ助とのギャップもありやけに大人びて見えた。すらりと伸びた手足とさらりとした白い髪、美形と言えば美形なのだけど、漠然と漂う残念な感じ……これは、そうだ、女版の三森だ。だから三森と青チャケは仲が良かったのか。
「これで互角っチャケ!」
青チャケが『水ライフル』を構えた。うわ、水鉄砲まで大きくなってる!
「おい、壺ちゃん、そして、青チャケ」
「人を変な名前で呼ぶなっチャケ!」
「今晩、宿では川魚のコースを用意してもらっている。なんと、お子様には地酒の代わりに『ジャンボプリン』が付くのだ。だが今のお前たちはどう見ても中学生。中学生ともなれば立派な大人だ。わかるな」
てゆうか料金も大人料金だ。
だいたい、帰ってきた三森と八重樫にどう説明する。
ポン。
「わかったっチャケ……」
青チャケが元の幼女サイズに戻った。
が、壺ちゃんは元に戻ろうとしない。ちょっと反抗的に視線を逸らせた。
そうか。壺ちゃんはこの頃から不良への道を進んで、ソレジャみたいになってしまうんだな。
「ソレジャ、壺ちゃんサイズに戻れ。旅行が終わるまでずっとそのサイズだ。あと、マナがあるからって魔法を使うな。いいな?」
俺は壺ちゃんの真の名を呼んで従わせた。
壺ちゃんはフンと鼻を鳴らしてから元のサイズに戻った。
うん、やっぱり壺ちゃんはこのサイズじゃなきゃ。
俺は壺ちゃんの頭をぐりぐりと撫でた。
壺ちゃんはいつになく、不機嫌そうだった。
俺は【勇者崩れ】の襲撃以降、常に張り巡らせていた筈の警戒心を解いてしまっていることに、まだ気付いていなかった。




