びっしょびしょだよ女神さま
部屋に戻った。
いつもならシャワーを浴びて着替えたいところだが、今はロブラリアが来ている。こいつは男勝りなキャラをしてるクセに、変なところで中学生みたいことを意識する。目の前で着替えでもしたらまた殴られかねない。
それにしても、ロブラリアといい八重樫といい、なんでそんなに簡単に人を殴れるんだ? これが男女逆だったら警察沙汰だと思うとやりきれない。ぶつぶつ……。
「……暑いな、この部屋は」
ロブラリアは黒い上着と制帽を脱いだ。
精悍な上着に対して、シャツはずいぶんと可愛い感じのデザインだ。
それにしても……。
もともと美人だとは思っていたのだが、上着を脱いだだけで急に女子っぽくなったと言うか、胸のあたりのボリュームと言うか……。
目のやり場に困り俺の視線がチラチラとさ迷っていることに、ロブラリアも気付いたようだ。また怒鳴られるかと思ったが、なにも言わずちょっと恥ずかしそうに視線をそらせた。
お互いにコホンと咳払いをする。
「先程の襲撃についてだ。こうなることを恐れて密かに監視はしていたのだが、厄介なものに狙われているぞ、シバ」
「知っていたのか? そもそも、あれはいったい何なんだ?」
「あれは『勇者崩れ』だ。いわば、一種の亡霊だ」
ロブラリアは語った。
勇者崩れ。それは魔王討伐の誠意を打ち砕かれた勇者の成れの果て。
伝説級の力を持つ勇者が志半ばで倒れたとき、その無念に満ちた魂は現世に留まると同時に、生前の清純さとは真逆の、言わば『闇落ち』した存在となる場合がある。それが『勇者崩れ』だ。
勇者崩れはモンスターの様にひとつの世界に留まるのが一般的だ。
だが、例外が1つだけある。
とある、強大な力を持った勇者が『勇者崩れ』となったのだ。その『勇者崩れ』は次元を超えて災いをもたらす厄介な存在となってしまったのだ。
俺たちを襲ったのは、その厄介な『勇者崩れ』だと言う……。
「次元を超えた災厄……狙いは、壺ちゃんか?」
「そうだ。なにしろ、その『強大な力を持つ勇者』をなぶり殺しにしたのはそこに居る【赤ノ妖精】だからな」
思わず飲んでいた『午後の昆布茶』を噴き出した。
「その『勇者崩れ』は【赤ノ妖精】への復讐の機会を狙っていたのだ。だが、長年の間【赤ノ妖精】の所在は不明だった。そこにセドリーズ本拠地が【赤ノ妖精】により殲滅されたと言う噂が飛び込んで来た、と言うわけだ」
「痛いっチヤケ! 痛いっチヤケ!」
……。
呼んでもないのに付いてきた『青いの』が壺ちゃんに『サソリ固め』をかけられて悶えていた。
「で……『勇者崩れ』は置いておいて。聞かなくても何となく察しがつくけど、コイツは……」
「うむ。【青ノ妖精】だ」
「どうせ水属性で、火属性の壺ちゃんのライバル、なんだろ?」
「まぁ、そんなところだ。【赤ノ妖精】と同様にマナが薄いこの世界では身も心も幼児化しているが、これでも……」
「隙ありっチャケ!」
【青ノ妖精】が壺ちゃんに向けて水鉄砲を発射した。
壺ちゃんがサッとかわす。
発射された水はロブラリアの顔面を直撃した。
びっしょりと濡れたロブラリアの、殺気に満ちた視線。
【青ノ妖精】はわなわなと震えながら涙目で土下座をして謝った。
……かと思うと突然開き直り――。
「くぬぅ! どいつもこいつも! ちょっとマナが薄い世界だからってアタシのことをバカにしてるっチャケ! 覚えておくっチャケ! バーカ! バーカ! うわぁぁぁーん!」
――捨て台詞を吐き、泣きながら玄関のドアから逃げて行った。
急に部屋が静かになる。
アレでも一応、マナが濃い世界に行ったらソレジャぐらい強いのだろうか……。
『ピンポン!』
鳴ると同時に玄関のドアが開いた。
今度は誰……うわ!
「三森!」
「ちょ、四波さん、何やってるんスか。子供が泣きながら飛び出してくるとか尋常じゃないッス、児童虐待で通報するッスよ……」
せっかく出て行った【青ノ妖精】を抱えて三森が入ってきた。
隣人、三森雄大。180センチを超える長身。いつもどおり小ざっぱりした何でもない服も、コイツが着るとちょっとお洒落に見える。誰かがやったら『不潔』のひとことで斬り捨てられそうな無造作ヘアーや無精ひげが、何だか似合う。もう少し恰好良ければ間違いなく王子様……なのだが、なんだろう、このモッサリとした残念な感じは。
そして、味方を得た【青ノ妖精】はさっき流した涙も忘れ、三森に抱っこされて得意げな顔をしていた。
くそう三森め、面倒くさいところに……だが、ヤバい!
今の状況は、ちょっと面倒くさすぎる!
ロブラリアは水鉄砲でしっとりと濡れて下着が透けており、壺ちゃんは【青ノ妖精】とのプロレスで服が乱れ息を切らせていた。これに泣きながら飛び出して行った幼女が加わると……。
「……し、し、四波さん! アンタ何やってるんスかぁ!」
まあ、そうなるよなぁ……。




