謎の刺客だ!女神さま
なにげなく差しだした手を、壺ちゃんがキュッとつかんだ。こうして壺ちゃんに触れていると少し気持ちが和む。歩きながら繋いだ手を振る速度を合わせたり、変えたり、そんな他愛のないことで、心の近さを感じた。
レナさんとも……こんなふうに自然に振る舞える日はくるのだろうか。
日が暮れてやわらぎつつあるとはいえ、昼の熱気はまだ冷めてはいない。ボロアパートの軋む階段を降り、通りを少し歩いただけでシャツが背中に張りついた。
蝉の鳴き声が頭の奥まで強引に侵入してくる。
この季節、世界の半分ぐらいは蝉でできている。
角を曲がると道の真ん中に妖精さんが立っていた。
「ふっふっふ。見つけたっチヤケ! 最近見かけないと思ったらこーんな田舎に落ち延びてたっチヤケ!」
壺ちゃんより少し幼い。涼しげな青いドレス、青い瞳、腰まであるストレートの白い髪に青い帽子をかぶっていた。
腰には緑色の銃……水鉄砲をさげている。
おおかた【青ノ妖精】かなんかなのだろう。
「ここで会ったが百年目っチヤケ! 今日こそ決着をつけるっチヤケ! ……ちょっと待つっチヤケ! 無視するなっチヤケー!」
スルーした。
ただでさえ暑いのにこれ以上暑苦しのはごめんだ。
少し遠回りして神社の境内を通りスーパーに入る。冷えた店内の空気に一気に汗が引いた。暑い外から電車や店内に入った時のこの感覚は、この季節ならではの癖になる気持ちよさだ。時々弱冷房だとガッカリするけど。
俺と壺ちゃんの二人はぐるりと店内を一周してカートに食料を詰め込み、会計を済ませた。レジ袋をひとつずつ持ち、もう一度手を繋ぐ。
外に出ると冷房で冷えきった体が、こんどは熱気でじわりと解凍されてゆく。
帰りは近道をして裏道を通った。
そこに『それ』がいた。
実体のない、嫌な気配に包まれる。
その気配は蝉の鳴き声のように、四方から押し寄せてきた。
繋いだ壺ちゃんの手からも緊張が伝わってきた。
「あ! いたっチヤケ! 今度は逃がさないっチヤケ!」
角から青いのが飛び出してきて、水鉄砲を構えた。
いや、お前はどうでもいい。
俺と壺ちゃんは気配の主を探してあたりを見回した。
繋いでいた手をそっと離してペンダントに手をかける。
ロブラリアにはこの世界では使うなと言われているが、セドリーズを相手にしたときさえ感じなかったこの感覚。相手はただ者ではない。
「ふっふっふ。ビビって声も出ないっチヤケね。覚悟するっチヤケ…………ん? この気配は何チヤケ?」
黒い影が視界の端に映った。
薙ぎ払うイメージ。
だが、ペンダントトップを握った腕が押さえられ、剣を抜き放つことが出来なかった。
金属音。
斬られた、そう思ったとき、目の前に金モールで縁取られた黒い軍服。プラチナの髪が制帽の下で揺れた。
「ロブラリア!」
何者かの奇襲を受け止めたのは、突然現れたロブラリアの軍刀だった。
ロブラリアの出現と共に、あの嫌な気配は忽然と消え失せた。
「此処では使うなと言った筈だ。シバ」
ロブラリアが軍刀を納めながら背中越しにそう言った。
試しに後ろから耳もとにフッと息を吹きかけてみた。
殴られた。