魅惑の女神さま
女神コスの彼女を部屋に招き入れてしまってから、部屋の散らかり具合に気がついた。
「ちょ! ちょっと、ちょっと待っててください!」
普段から綺麗好きな方だとは言え、流石に現状のままは無理だ。
とりあえず『ヤバイもの』が転がっていないことを確認して俺は胸を撫で下ろした。
先ずはカーテンを開けて日の光を取りこみ、窓を大きく開いて部屋の空気を入れかえた。
乱れた布団を軽く直し、床に転がるコンビニ袋を拾ってテーブルまわりの細かいゴミを詰め込む。
コンビニ袋をゴミ箱へ突っ込むついでに、風呂場の入り口に吊るしてある鏡を横目で見てゾッとした。
流石にこの寝ぐせはヤバい。
彼女の目の前だがブラシを取ってササっと梳かした。
来客用の座布団――来客用として使うのは初めてだ――を引っ張り出して念入りにコロコロをかけて、テーブルの傍らに敷いた。
ふぅ。
§§§
俺の名は四波良作。
某中小IT企業に勤める22歳。
高卒で働き始めてから、今年で社会人5年目となる。
高卒で働き始めたのには、理由がある。
俺には成し遂げたい夢があるのだ。
中学2年のある日、俺は今の自分からその夢の中の自分に向かって一直線に線を引っ張ってみた。
その線の上に『大学』の文字は見当たらなかった。
――それが、当時の俺なりの、大学へは行かない『格好いい』言い訳。
でも。1秒でも早く夢を実現したい。
その胸のときめきを止めることが出来ない。
それは、事実だった。
その夢への第一歩として、当時中学生だった俺は独学でプログラミングを学び始めた。
そして、高1の夏に作ったスマホゲームを高2の夏にリメイクしたものが中ヒットした。
俺はそれを名刺代わりにSNSを使って人脈を広げ、今の会社への就職に成功したのだ。
阿呆な高校生が調子に乗らない訳がない。
バラ色の生活が待っている。
最初はそう信じて疑わなかった。
だが、俺は決して天才などではない。就職してすぐに、そのことを嫌と言うほど思い知った。
得意のプログラミングスキルでさえ、レベルが高いうちの会社では底辺。社会常識に至っては、今思えば嘆かわしい状況だった。
社長は俺と同じような経歴の持ち主だった。俺を採用すればそうなることぐらいは十分にわかっていた。だが、彼は黙って俺の熱意を買ってくれたのだ。負けてはいられない。
最近はようやく一人前として見られるようにはなったのだが……夢はまだまだ遠い。
§§§
「どうぞ」
座布団をすすめると彼女は微笑みながらもういちど「おじゃまします」と言ってふわりと正座をした。
俺はテーブルを挟んでその向かいに座る。
彼女は『好奇心をおさえきれない』といった様子で、物珍しそうに部屋のなかをくるりと見回した。
そして、その大きな目を少し潤ませたかと思うと不安げな表情を作り――。
「あの……私、こう言うのは初めてなんです」
と言って頬を染め、はにかんだ。
初めてって、何が!!
下半身の方から何かが込み上げてきて後頭部からスカッと抜ける。
頭に血が昇っているのか血の気が引いているのかわからない。
「は、はい。わっ、わたくしも、したことがございません」
なにか気の効いた返事を、と思ったのだが、口からでた言葉がそれだった。
今日の俺はどうかしている。
言ってしまってから、今のは変な誤解を生む言葉だったのではと気がついて、すぐに言い直そうと思ったが――。
「まぁ! お互い初めて同士ですね! 頑張りましょう!」
だから、何を!!
よし、先ずは落ち着こう。そして状況の整理だ。
と言う考えが、彼女の次の行動で吹き飛んだ。
【精力絶倫! 深海魚脂 ハイパーV】
彼女は大きなバッグから見たことのないスタミナドリンクの小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。
小瓶には奇怪なデザインの魚が描かれている。
そして――。
「これ1本で朝までがんばれますよ!」
と、ほほえむ。
ぬあああぁぁー。だーかーらー、何をー!?!?
と、言いたいのだが言葉にならない。
小瓶を見つめて固唾を呑む俺を見て、彼女の表情が少し曇った。
彼女の表情が曇ると、まるで世界が永遠に闇に閉ざされてしまうような、日曜日が終わってしまうような、やり切れない悲しい気持ちになった。
「お気に召しませんでしたか……。でしたら、こちらが本日のおすすめ品!」
彼女はバッグから【赤い壺】を取り出し、再び笑顔を作った。
壺? 壺? 壺、プレイ、検索。
脳内検索処理が唸りを上げるが何もヒットしない。
「……壺?」
「まあ、さすがはお目が高い!」
『女神さま』の言葉に露骨な胡散臭さが混じった。
例の、テレビショッピング的なアレで見かける、一昔前の芸能人的なノリだった。
「いまなら、この霊験あらたかな壺がたったの8万円! 8万円でこの壺が手に入るのです!」
そして、愛しの女神さまはバッグからハンディ決済器を取り出して得意気にこう言った。
「各種カード払いにも対応しています!」