旅にでようよ女神さま
セドリーズの騒動から何日経っただろうか。
窓の外で蝉が鳴いている。部屋のボロいエアコンは冷房を全開にしても軽く汗ばむぐらいにしか冷えない。
「これ、シバさんに受け取っていただきたいのです」
いつものように壺ちゃんのブラッシングを終えたレナさんはバッグから白い封筒を取り出し、はにかみながら俺へと差し出した。
突然のことに驚いて、心臓が口から飛び出しそうになった。
「お、俺に!?」
レナさんは頬を真っ赤にそめて視線をそらし、こくりと頷いた。
ぬおおおおおおおお! モテ期! 俺の春! 来たぁーーーーッ!
「ありがとうございます!」
俺は震える手で封筒を受け取った。
可愛らしい、女の子っぽい封筒。
こんなもの、はじめて手にした。
受け取ってからどうしようか迷っていると……。
「あの、いますぐ、中を見てほしいのです」
レナさんははずかしそうにそう言った。
俺は壺ちゃんにチラリと視線を送ったがフンと横を見て動こうとしない。
このぉ。少しは気をつかえよなぁ。
俺はかなり慎重に、だが、かなり不器用にびりりと封筒を開けた。
中からはカードが1枚出てきた。
表には手書きのレナさん自画像。
裏には……マス目。
「これは……?」
「ポイントカードです!」
レナさんはさらに恥ずかしそうに、頬に両手を当ててそう答えた。
俺はスッと現実に引き戻された。
この人に甘い期待を抱いてはいけない。
カード払い、転売、密売、闇営業、ボーナス商戦。
そう来た次が『ラブレター』のワケがない。
「1回お買い上げいただくごとに1個、このスタンプを押します!」
そう言って消しゴムから削り出したハンコを見せてくれた。
「なるほど……で、これが貯まるとどうなるんでしょうか」
「……どうっていいますと?」
レナさんは何を聞かれているかわからない、と言った様子で首をかしげ、ポツリとこう言った。
「あの……どうにもなりませんが……」
「それではポイントカードの意味がないような気がします」
「でも、みなさんこうしてましたよ」
「……みなさん? どこのお店を見たんですか?」
「いえ、お店ではなくて公園です」
公園でポイントカード?
屋台か何か?
「この前、こちらの世界で朝の散歩をしていたのです。そうしたら公園で子供たちが音楽に合わせて体操をしていました。私も一緒にやっていたら、最後にこのポイントカードをくれたのです!」
レナさんはラジオ体操のカードを俺に差し出した。
そうか、世間はもう夏休みか。
「シバさん、そうやってメリットばかりを求めていてはいけませんよ。継続することに意味があるのです。買い続けることに意味があるのです。そのカードがスタンプで満たすことにこそ、意味があるのです!」
相変わらず悪気を一切感じさせない、清々しいまでの怪しいセールストーク。
「うーん、目の付け所は悪くないんですけど、それでは購買意欲につながらないです。やっぱり、ポイントが貯まると何かがもらえるとかじゃないと……」
「そうですか……」
「例えば、金券とか」
レナさんはぶんぶんと首を横に振った。
「じゃぁ、何かをオマケにするとか」
「セドリーズさんが潰れてしまい、ロブラリアの監視も厳しいのでアイテムがなかなか手に入らないのです」
レナさんがしゅんとした。
ちょっと可哀想だ。
ではひとつ夢があるアイデアを……。
「じゃぁ、ポイントが貯まったら旅行とかどうですか? 次元の扉があれば海とか、山とか、どこへでもただで行けるじゃないですか」
レナさんの表情がパッと明るくなった。
我ながらうまい提案だったかも知れない。
それに、レナさんと二人きりになるチャンスが!
「旅行に、連れて行ってくださるのですか!?」
「俺が!?」
玄関チャイムも鳴らさずに、八重樫がバタンとドアを開けて入ってきた。
「私も行く!」




