家へ帰ろう!女神さま
ロブラリアに追いかけられながら駆け込んだ広間でレナさんを見つけた。
いざとなったら戦うつもりだったのか、レナさんはヘルメットの代わりに鍋をかぶり、剣の代わりに箒を構えていた。
「レナさん!!」
「シバさん! ロブラリアも!」
レナさんは箒を投げ捨てると涙ながらに駆け寄ってきて、俺に抱きついた。
柔らかな感触、ふわっとした甘い香り、小さな肩……。
最初は絶対に無理だと思っていたが、助け出すことができた。
こんなに、何かをやり遂げたと思えたことはなかった。
後ろからロブラリアが『レナから手を放せ』と剣で突いてきて、少し血も流れている気がするけど、全然痛くない。
「怖かったのです。突然、赤い竜が攻めてきて」
レナさんは涙を拭きながら震える声でそう言った。
赤い竜……ソレジャのことか。
そう言えばレナさんはあれが壺ちゃんだって知らないんだった。
ん、と言うことは……ごにょごにょ。
よし、これで誤魔化せる……かもしれない!
「あぁ、あの赤い竜なら……」
「おおおっとぉ!」
俺はネタバレしそうになったロブラリアの肩を抱いて部屋の隅まで引っ張って行った。
そしてレナさんに聞こえないよう、耳元へ口を寄せてこう言った。
(ロブラリア、頼む! レナさんと壺ちゃんの友情にヒビを入れたくないんだ。レナさんが怖がらないように、アレが壺ちゃんだってことは黙っててくれ)
(ば、バカ者! 気安く触るな! 顔が近い!)
(お前は……さっきから何でそんな事ばっか気にすんだよ!)
(や、やめろ! 耳に息をかけるな!)
(いいか? 俺たちは、『正体不明の赤い竜』からレナさんを助けに来たことにするんだ。頼んだぞ!)
(わかった! わかったから顔を離せ!)
(レナさんには俺から説明をするからな)
(もう、勝手にしろ!)
ロブラリアは真っ赤になってうずくまった。
こいつ、耳が弱点なのか……。
よし、次はレナさんだ。
今度はレナさんに駆け寄り耳元に口を寄せた。
(……レナさん)
「はい!」
耳元に口を寄せているのにくるりとこちらを振り向いたのでレナさんの顔が急に目の前に迫った。
「あ、あの、顔が……近いです……」
「あ、ごめんなさい」
レナさんはくるりと横を向いてブロンドをかきあげ、かわいい耳を出した。
耳元からうなじ、首筋へつながるラインがゾクッとするほど艶かしく、俺は固唾を飲んだ。
自分が赤面してるのがわかる。
(レナさん、本当はここで営業してたでしょ、地下女神の)
レナさんが急にくるりと向き直って抱きついてきた。
いや、抱きついたのではなく、俺の耳に口を寄せようとしてるだけなのだが……あちこち柔らかい。
レナさんの息が優しく耳にかかって、俺は思わず身をよじった。
異世界まで来て良かった。
(だって、闇営業はお金になるって八重樫さんの本に書いてあったんです! 今日は信者さんがたくさん増えたんですよ! 6本腕の巨人さんとか、獣人さんとか……)
ビンゴ!
だだーっと冷や汗が流れる。
お腹が痛い。
(い、いいですか……レナさんとセドリーズの繋がりがおおやけになると時空警察官であるロブラリアの立場がなくなってしまいます)
そこまで言うとレナさんはようやく今の状況のまずさに気付いたようだ。
くるりとこちらを向いて『どうしましょう』と、不安そうな顔をした。
俺が『大丈夫』と頷くと、再び耳をこちらに向ける。
(レナさんが、セドリーズに捕まっていたことにするんです。そこに、たまたま赤い竜が襲ってきた……)
(そんな子供騙しみたいな嘘でロブラリアを騙せるでしょうか?)
(絶!対!大!丈!夫!です!)
うむ……。
我ながらたった今、パッと思い付いた話だからいろいろと辻褄が合っていない気もするが……この二人ならこれでなんとかなるだろう。多分。
「よし、ロブラリア。家へ帰ろう! 次元の扉を開けてくれ」
「無理だ。この城は結界で守られている。ここでは次元の扉は開けないのだ」
「と言うことは……」
「城の外へ出なければならん」
「いや、それは困る」
だって、外にはレナさんの信者たちの死体がたくさん転がってるのだから。
そのとき、嫌な気配。
部屋に赤い光が溢れ、ものすごい轟音が響いた。
光が弱まるのと入れ替わりに、部屋に突風が吹き込んでくる。
見上げると天井が綺麗に削り取られ、夜空に浮かぶ月が見えた。
ここは地下だった筈だが……ソレジャの仕業か。
俺たちは瓦礫を伝い、削り取られた天井から顔を覗かせて外を見た。
地平線の果てまで、世界が真っ赤に染まっている。
地表のあちこちから吹き出すマグマが河となり海となって全てを飲み込もうとしていた。
青い月明かりに照らされていた荒れ地の面影はまるで残っていない。
むこうの方で、セドーラの死体が炎に包まれながらマグマの河に沈んで行くのが見えた。
「これは……終末級の魔法だ。ここが危険地帯でなければ時空警察が放ってはおかないのだが……」
ロブラリアが不満そうにぼやいた。
巨大だった城も俺たちが立つ区画を除いてみな削り取られ、破壊され、マグマに飲み込まれていた。
空で壺ちゃん=ソレジャ=【赤ノ妖精】=謎の赤い竜が翼を広げ、雄叫びをあげる。
確かに『全部壊していい』とは言ったが、ソレジャは……この世界ごと壊すつもりなのだろうか。
「はははは! 滅べ! 滅べ! 滅べ!」
どうやら『そのつもり』のようだ。
ロブラリアはレナさんに聞こえないように、俺にぽつりと言った。
「手持ちの妖精に指示してやらせたことはその主の責任となる。お前は一夜にして世界を1つ滅ぼした男となったのだ。なかなかある事ではない。神話になる資格を得たな、シバ」
ロブラリアが初めて俺を名前で呼んだ。
シバ、炎、竜……。
再び、デジャヴのような感覚に襲れる。
この次元に来てから何度も感じる……この感覚は何なのだろうか。
ま、今はどうでもいい。
一刻も早く家に帰りたい。
「ロブラリア、結界は……」
「うむ。消えている」
俺たちは気持ちよさそうに破壊の限りを尽くすソレジャを置いて、次元の扉をくぐった。
§§§
レナさんとロブラリアは俺を部屋まで送るとそのまま天界へと帰っていった。
俺は家に帰ると高熱が出て二日間寝込み、会社を休んだ。
二日とも、八重樫が夜に食事を作りに来てくれた。
初日は、剣の試し切りで鍋を真っ二つにしてしまっていたので作ろうとしたお粥を作れずガッカリしていたが、俺も食事を食べられる状態ではなかった。
二日目に、八重樫は鍋を持参してきた。嫁入り道具のような立派な鍋だった。
壺ちゃんはあの後しばらくして、幼女の姿に戻って帰って来た。
やはり、こちらの世界では大人の姿を維持するほどの魔力は確保できないらしい。
最初は置き去りにされたことを拗ねていたけど、熱にうなされる俺をつきっきりで看病してくれた。
そして。
その週末も、その次の週末も、レナさんは俺の部屋を訪れなかった。




