大丈夫ですか女神さま
俺たちは城まで300メートルほどのところまで近付き、岩陰から様子をうかがった。
そして、俺は目の前に広がる悪夢のような光景に震え上がった。
城門が大きく開かれ、その中から何匹、何十匹もの巨大な生き物が、疎らな隊列を組みながらのそのそとこちらへ向かって歩いていたのだ。
まだはっきりとは見えないが、それが人間ではないと言うことは、遠目に見てもよくわかった。
異形の、蠢く者たち。巨大な頭。ねじ曲がった姿勢。這うような四つ足、六足。長い触手。角。
奴らが瓦礫を踏み砕く音と武器や鎧が擦れる音が入り混じって押し寄せてくる。
風が、生臭い悪臭を運んできた。
どうやら、こちらの居場所はすでにバレているようだ。
まあ、あれだけ騒いだのだから無理もない。
俺は早くも死を覚悟した。
これではレナさんも生きているとは思えない。
一刻も早く逃げ出したかった。
俺はロブラリアに救いを求める視線を向けた。
だが、彼女は臆するどころか、敵意をむき出しにした冷たく険しい視線を怪物どもへ向け、今にも腰の軍刀を抜いて奴らに飛びかかって行きそうな勢いでいた。
一方、壺ちゃんは……眠そうにあくびをしてこう言った。
「魔法で中の様子を検索してみたわ。雑魚は大したことないわね。ボスは……アンタ達じゃ無理。女神の居場所は……地下みたい。地下1階かしら。深くはない所よ。あら、この感じは……良かったじゃない、リョーサク。あの女神、まだ処女みたいよ」
壺ちゃんが俺に向かってニヤリと笑う。
安心どころか、今まではあえて考えていなかった嫌な想像が沸いてゾワッと鳥肌がたった。
無事で、生きているのか。
敵は恐ろしいが、早く救い出さねば!
「行けそうか? ロブラリア」
「うむ……。妖精には敵の撹乱とボスの相手を頼もう。その間に我々が地下のレナを救う」
「アンタの言う事なんか聞かない」
ロブラリアの作戦に、壺ちゃんはツンと横を向いた。
「頼むよ」
「ふん。リョーサクが言うなら仕方ないわね」
勿体をつけてそう言うと、壺ちゃんは再びムクムクと大きく……【赤ノ妖精】ソレジャへと変貌した。
「ねぇ、リョーサク」
「……なんだ?」
「面倒臭いからぜーんぶ、壊しちゃっていいわよね?」
ソレジャは城の方向を指さした。
壺ちゃんの言うことがピンと来ずに、ロブラリアに同意を求める視線を送った。
「ここにマトモな奴はいない。みな他の次元から逃れてきた重犯罪者ばかりだ。レナさえ無事ならば暴れたいだけ暴れろ。次元警察もここで何があろうと関知はしない」
ロブラリアはそう言ったがソレジャは何も答えず、黙って俺を見た。
「やってくれ、ソレジャ」
俺がそう答えると、ソレジャは再びニヤリと笑った。
そして、何かを短く唱える。
赤い炎がソレジャを包み、やがて激しく燃え盛った。
肩から一対の炎の柱が吹き出し、巨大な羽を形どるとソレジャは空へと舞い上がる。
その体が輝きながら大きく伸びてゆき、炎を纏った巨大な竜へと変化した。
夜空に映えるマグマの様なオレンジ色の鱗。
その表面や隙間からは絶えず炎を噴き出している。
薄紫色の光を放つ鬣が熱気に逆巻いた。
体長は長距離バスほどもあろうか。
巨大な羽を広げると、味方だとわかっていても思わず逃げ出したくなるほどの迫力があった。
ソレジャが城に向かって甲高い雄叫びを上げる。
異形の兵士どもの歩みが一斉に止まった。
兵士の数はいつの間にかさきほどの倍以上――100匹はいるのだろうか――にまで増えている。
俺は戦闘に備えペンダントトップを握り、剣を抜き放った。
自然と、体の震えが止まる。
……なんだろう。
この、懐かしい感覚は。
デジャヴ……だろうか。
そんな違和感は、上空で起きた異変にかき消された。
ソレジャの口から強烈な光が溢れ、上空から辺り一面を真っ赤に照らし出した。
ひと呼吸置き、赤い光線が放たれる。
轟音。
一呼吸おき、爆風。
舞い上がる砂埃。
腕で目を覆った。
そして、静寂。
恐る恐る腕を下ろす。
目の前の光景に、顎の力がカクッと抜けて、口がポカンと開いた。
先ほどまで蠢いていた兵士の群れは、跡形もなく消えていた。
城門も、消えていた。
てゆうか、巨大な城が半分以上、丸くえぐり取られていた。
その断面が強烈な熱で溶けだし、夜闇に赤く光っている。
壺ちゃん! TUEEEE!!
てかこれ、中のレナさん本当に大丈夫!?




