それじゃ、女神さま
「やめろ、壺娘!」
声が小さかったのか。
そう思い、俺は大声で叫んだ。
だが、【赤ノ妖精】の様子に変わりはなかった。
「あっはははは! どうした、リョーサク! お前の声がとどかないぞ!」
「呼び名ではない! 封印を解いたときに付けた真の名だ!」
そうしている間にも、【赤ノ妖精】は次々と空中へ火球を出現させ、ロブラリアへ投げつけた。
遊び半分でいたぶるような攻撃を、ロブラリアは必至に防ぎ、間一髪で身をかわしていた。
「ふん……どうした、いつもの偉そうな態度は。頭数を揃えないと何も出来ない官憲の犬め」
「やめろ! 壺ちゃん!」
「人間! 貴様まさか……真の名を忘れたのか! ――つッ!」
火球を避けたロブラリアが足を滑らせた。
なんとか火球の直撃は避けられたが、岩に体を強打してその場にうずくまる。
早く、名前を……。
だが、『壺娘』しか思い浮かばない。
「人間……レナを、頼んだぞ……」
ロブラリアが力なくそう言い、静かに目を閉じた。
【赤ノ妖精】の指先に、今までよりもひときわ明るく輝く火球が現れる。
「うわわわわ! 壺! 壺! 壺娘! 壺ちゃん! ヘンタイ壺マニア!」
ハズレだ。
思い出せ!
あの時のことを――!
『あんたバカ?』
『本当に何も知らないのね』
『封印から解放された妖精に名前を付けるのは封印から解いた者の仕事よ?』
『義務よ?』
『マナーよ?』
『エチケットよ?』
『サッサと付けなさいよ』
『それじゃ、壺娘』
それじゃ……壺娘!
「ソレジャ! やめろ!」
ソレジャの指先から、今にもロブラリアへ向けて放たれようとしていた禍々しい赤い光がすっと消えた。
赤々と照らされていた岩肌は闇に沈み、月の青い輝きと静けさが戻る。
ソレジャ……そうか、『それじゃ』が名前として認識されていたのか。
「あーあ。もう終わり? ここからが面白いところなのに」
ソレジャの攻撃が止むとロブラリアがその場に崩れ落ちた。
俺はすぐに駆け寄って、ロブラリアを抱き起こすとバッグから取り出した【深海魚脂 ハイパーV】を飲ませた。
一度はむせたものの、飲み終える頃にはロブラリアの目に生気が戻っていた。
「『ソレジャ』だと!? 貴様、なんと言う禍々しい名を」
「偶然だよ。『それじゃぁ』が『ソレジャ』になったんだ……」
「『ソレジャ』は次元を幾つも滅ぼした伝説の悪魔の名だ。悪戯にも妖精にそんな名を付ける者はいない」
「……」
「いいか、人間。妖精にとって名は何よりも重要なものだ。名前に支配されていると言っても過言ではない。『ソレジャ』と言う呪われた名を四大妖精の一人【赤ノ妖精】に付けたことによる影響が必ずどこかに現れるだろう。気を抜くな」
目の前で起きたことと、ロブラリアの真剣な眼差しに、俺は黙って頷くしかなかった。
改めて壺ちゃん――ソレジャの姿を見た。
身長が伸びて。
美人さんに育って。
胸も大きくなって。
なのに……あの愛らしかった壺ちゃんが、ロブラリアをいじめて、危ない火遊びをして、次元を滅ぼすような不良にっ!
「リョーサク、お前なにか余計なことを考えているだろ」
「うるさいソレジャ! もう絶対にロブラリアをいじめるな! レナさんのことも傷付けたら許さん! そんな不良に育てた覚えはないぞ! 俺の可愛い壺ちゃんを返せ!」
「な、なによ!」
ソレジャは怒ったような、少し照れたような顔をして視線を逸らせ、ツンと横を向いた。
この辺の仕草は大人になっても変わらないのか。
「わかったわよ」
ソレジャはポンと煙をあげると壺ちゃんの姿に戻った。
「ふん。これで文句ないでしょ……ちょっと、うわぁ!」
「壺ちゃん!!」
再会の抱擁を、壺ちゃんは全力で拒否した。




