いきなりピンチだ!女神さま
ロブラリアが次元の扉を開いた。
一瞬、部屋が強い光で満たされる。
これだけ眩しいのに、何故か目が眩まない。不思議な光だった。
そして部屋の片隅の空間にドアほどの大きさの『穴』が開いた。
穴の中には青黒い混沌が渦巻いている。
これが『次元の扉』だ。
いつもはレナさんが開けた扉を外から見ていただけだが、自分が入るのかと思うと身がすくむ。
先頭に立ったロブラリアがサッと手を出した。
機械でも操作するかのような、業務的な手の出し方だったのだが……ろくに女性の手を握ったことなどない俺はちょっとドキッする。
俺はロブラリアの手を握ろうと腕を伸ばした。
だが、壺ちゃんが横からサッと割り込んできて、ロブラリアの手を握ってしまう。そして、もう一方の小さな手で俺の手をキュッと掴んだ。
柔らかく小さくてあったかな感触。
……なんだか少し損をした気持ちになるのは何故なんだろうか。
「ゆくぞ」
ロブラリアはそう言って次元の扉へと飛び込んだ。
続けて壺ちゃん。
一瞬体がこわばったが、最後に俺が続いた。
「ふんっ!」
一瞬の出来事だった。
衝撃や、移動中の苦しさや不快感などまるでなかった。
踏み込んだ靴の裏から、明らかに部屋の中ではない、土の感触が伝わる。
少し生臭く、少し冷たい空気。
時刻は夜。
ここは……どこかの岩場。
世界は月に青白く照らされていた。
どうやら今立っているのは小高い丘の上のようだ。
あたり一面、見渡たす限り荒涼とした岩場が延々と続いている。森も高い山も見当たらない。
ふと、威圧感を感じて振り返ると、そこには巨大な城がそびえ立っていた。
ファンタジーゲームか映画にでも出てきそうな、その巨大な城の輪郭を月が不気味に浮かび上がらせている。その壁面は何かがこびりついているかのように凹凸が激しく、その色は夜目に見ても黒々としていた。
『近寄るべきではない』
そんな感想しか思い浮かばない。
こんな所にレナさんが囚われているのか。
俺は身がすくみそうになった。
……あれ?
景色に見とれていて気付かなかったが、ずっと握っていた壺ちゃんの手の感触が……。
ふと視線を向けると……壺ちゃんが、むくむくと大きくなってゆく!
あまりの出来事に、俺は思わず手を放して後ずさった。
「おおぉ! 壺ちゃん!?」
そこには、今まで手を繋いでいたあの愛らしい壺ちゃんの姿はなかった。
「壺……さん?」
俺と同年代のグラマラスな女性。
だが、薄紫色の髪と、赤いドレス、顔立ちは紛れもない壺ちゃんだ。
成長したのか!?
「ふううううーっ」
彼女は大きく深呼吸して背を伸ばした。
「あぁ、ここはマナが濃い」
「それが【赤ノ妖精】の本来の姿だ。外見と同時に性格も変わっている。扱いに気を付けろ。マナが希薄なお前たちの次元では子供の姿にならざるを得ないのだが――」
「お前、いちいちウルサイんだよ」
『壺さん』はそう言うとロブラリアを指さした。
その指先に赤く燃え盛る火球が現れる。
ハッとしたのもつかの間、火球はロブラリアへ向けて一直線に放たれた。
「クッ!」
ロブラリアが軍刀で火球を両断する。
だが、少しダメージがあったようだ。
地面に片膝をつく。
壺さんが不気味に笑う。
「はははは。あースッキリした。さっきまで居た次元でアタシと互角だったお前が、マナが濃いこの次元でどこまで耐えられるかな?」
「ちょっと待って! 壺ちゃん!」
俺は彼女を制した。
だが、壺さんは振り向くとニヤリとふてぶてしい笑みを浮かべた。
「どうした? リョーサク、アタシを縛る力が弱くなっているぞ」
「壺……ちゃん?」
「リョーサク、お前の命令はあの女神を連れ帰ること、だけだ。この気にくわない奴を生かそうが殺そうが、アタシの自由だろ。ククク……。それに、あの女神だって『生きたまま』とは言われてないしなぁ!」
うわぁ。
「人間! 名前だ! 妖精の名を呼べ!」
「――! 壺ちゃ……いや、やめろ! 壺娘!」
「……」
壺娘。
俺が彼女に付けた名前。
壺ちゃんはたいそう気に入っていたのだが……。
だが、彼女にはまったく効果がなかった。
【赤ノ妖精】は両手から不自然なほど赤い色をした炎を巻き上げながら、ロブラリアに迫った。




