準備完了!女神さま
気持ちは高ぶったが、頭がまだぼやけている。とりあえずコーヒーを飲みたい。
そう言えば。
俺は冷蔵庫の中にレナさんから買った【深海魚脂 ハイパーV】がひしめいているのを思い出した。
1本取り出して一気に飲み干す。体に悪そうなので今までは手を出さないでいたのだが……思った通りの酷い味だ。
「それは……ヒーリングポーションではないか」
ロブラリアは小瓶を見て驚きの声を上げた。
ヒーリングポーション……?
スタドリのことか。
レナさんはいつも『一晩中頑張れる』って言ってたけど……うわぁ!
体が爆発したかと思った。
腰のあたりからパワーが漲り、全身を駆け巡る。
眠気どころかしつこく残ってた疲労感さえも綺麗サッパリと吹き飛んだ。
このスタドリ、めっちゃ効く!
「レナめ。こんなものの転売にまで手を出していたのか。まあ良い。持てるだけ持っていけ」
「おう!」
俺はボディバッグにレナさんから買ったスタドリを全て詰め込んだ。衝撃で割れないよう、緩衝材の代わりにタオルを間に挟む。
ちょっとした重さになったが体力が溢れているいまは全然気にならない。
「それだけのヒーリングポーションと、その剣があればお前でも少しは戦えるだろう」
「剣……?」
ロブラリアの視線が俺の胸元に注がれた。
剣?
「この、レナさんから買ったペンダントのことか?」
「貴様は何も聞かされていないのだな。いいか『剣を抜こう』と思いながらそれを握れ」
俺はまさかと思いながら、剣の形をしたペンダントトップを握った。
そして、剣を抜くイメージを思い浮かべる。
握った拳の隙間から強い光が漏れ出す。
しっとりと手に馴染む革の手応えがした。その感触は握る力を押し返すように大きくなり、やがて手の中から剣の柄が現れ、その先に青黒い光を纏った刀身が現れた。
剣は、その大きさにもよらず羽のように軽かった。
「ほう……なかなかの業物だ。剣よ、名を名乗れ」
「……」
ロブラリアが剣に語り掛けた。
だが剣は何も答えない。
「……」
「あの……これ、喋るのか!?」
「うむ……喋れないようだ」
「普通、喋るんだ……」
「ここまでの業物となると何らかの知性が宿っていてもおかしくない。口が利ければどのような能力を持っているのか聞き出せたのだが……待てよ」
ロブラリアは刀身に刻まれた紋様に顔を近づけ、眉間に皺を寄せた。
そして何かを思いついたのか、キチンに置いてあった鍋を手に取り、コツコツと手の甲で叩いて硬さを確認して俺に向けて突き出した。
「人間。この鍋を斬りたい、とだけ念じてみろ。体は動かそうとするな」
「念じればいいんだな」
俺は、鍋が真っ二つになっているシーンを思い浮かべた。
同時に、俺の手が……いや、正しくは剣が勝手に動き、一筋の弧を描いた。
弧は音もなく鍋を横切る。
二呼吸も置いてから、鍋の片側半分がゴトリと床に転がった。
「うわっ!」
思わず声が出た。
本当に斬れるとは思わなかった。
だが……くうう、八重樫の料理用に買ったばかりの鍋が。
「なかなか強烈な武器だ。他にも何か隠れた能力を持っていそうだが……。人間、この次元ではそのレベルの武器を使うことは禁止されている。心得ておけ」
「……わかった」
てゆうか、こんな危ないもの使い道がない。自分がいままでこんなものを首から下げて満員電車に乗ってたのか……と、思うと冷や汗が出た。
説明を聞かなくとも、剣は『納めよう』と思ったら一瞬でペンダントトップに戻った。
「よし、【赤ノ妖精】とその剣があれば心強い。準備は整った。向かおう」
そして、ロブラリアにしては珍しい物言いを付け加えた。
「まったく、レナには困ったものだ。大人しく地下女神として活動していれば良いものを、下らぬ夢を追って早まった行動を――」
「ロブラリア」
「……」
「レナさんが夢を追う気持ちを、否定するな」
ロブラリアは黙って俺を睨み返した。
だが、その目には敵意を感じなかった。
「ふん。調子に乗るな、人間。我々の世界には我々の事情がある」
「……」
そして、鋭い目つきのまま、初めて口元を緩ませた。
「まあ、言っていることはわからんでもないがな。行くぞ」




