どういう関係?女神さま
「あのう、レナさん……『殴る男』ってどう思いますか?」
「嫌いです」
ハミングをしながら壺ちゃんの髪をブラッシングしていたレナさんの手がピタリと止まり、表情に影が差した。
居ない筈のロブラリアの軍刀の鞘が、俺の背後でカチャリと鳴った気がする……。
「シバさん、殴ったりするんですか」
「いえ! 絶対にしません! 暴力反対です!」
「はい。よかったです」
レナさんは何もなかったかのようににこりと笑うと、ハミングと壺ちゃんのブラッシングを再開した。
八重樫め。やはり、ゴリラ程度の女子力しか持ち合わせがないアイツに助言を求めるのは間違いだった。
てゆうか、殴るってどんな愛情表現だよ。同じ女子とは言え、レナさんと八重樫ではもはや別の生き物、参考にもならん……。
あ。そもそも本当に別の生き物だった。
「リョーサクったら、昨日、女に殴られて帰ってきたのよ」
「うぉっ、ちょ! 壺ちゃん!」
壺ちゃんがニヤリと笑う。ッたくこの子は、可愛いなりをして中身は悪魔かっ!
そして、壺ちゃんの一言でレナさんの眼差しから温かみががスッと消えていった。
むしろ冷たい目で見られた方がまだ救いがあるような、無温の白い眼差し。
くうう、か、神に見捨てられるとは、正にこんな心境なのかっ……。
「ち、違うんですレナさん! あの、会社に粗暴で狂暴でゴリラみたいな八重樫って言う残念な女子がいてですね、昨日だって訳もなくいきなり……」
――鳴る気配。
『ピンポン!』
また三森か。
俺は話を途中で切り上げるとレナさんに苦笑いをしながら玄関へ向かった。
そして、ドアを少しだけ開け……。
「三森。いま取り込み中で――ひゅわッ! 八重樫!」
そこには八重樫が立っていた。
ちょっと大人っぽい香水の匂いが、きょうは昨日より少し濃く漂う。
「誰がゴリラよ!」
八重樫のパンチが俺の頬にヒットした。
§§§
「おくつろぎのところ失礼しましたぁ! 私、四波君の友達の八重樫と申します!」
八重樫は俺には謝らず、レナさんと壺ちゃんに土下座をして謝った。
「八重樫は高校の同級生で、今も同じ会社に勤めてるんだ。こちらがレナさん、あと、こちらが壺ちゃん」
「壺?」
しまった!
八重樫に本当のことは話したくないのだが……誤魔化す口実なんてまったく考えてなかった。
言い訳を探すがあたまがうまく回らない。
「あー、ネットのハンドルネームってやつですね!」
おぉ、勝手な誤解で話がいい方向に話が流れた。
「お二人ってコスプレイヤーさん、ですよね! すごく似合ってます!」
よし! ナイス誤解だ八重樫。
ここの所はそれで乗り切ろう。
「で、四波君との関係は……」
「……え?」
「お二人とはどういう関係なのかしら、四波君」
「あ、あのぅ、そのぅ……」
いきなり振られて回答に困る。
「私、地下女神をやってまして……」
「ネットよ。ネットで知り合ったの」
素直に語りだしたレナさんを遮って壺ちゃんがサラリと答えた。
「アタシとレナで外人コスプレユニット『地下女神』を立ち上げたのよ。リョーサクにはサイトの立ち上げに協力してもらってるの」
わお! ナイス壺ちゃん! そんな誤魔化しかたどこで覚えたんだ? マジ天使!
「で、八重樫。アンタは何をしにここに来たのよ」
壺ちゃんの質問に八重樫はポカンとして固まる。
そうだ、それは俺も聞こうと思っていたのだが……。
八重樫の顔が急に真っ赤になった。
「あっ、ああーのー赤と緑で……いや、赤って言うのはキャベツのことで、緑はトマト……って逆!」
八重樫はわちゃわちゃと両手を振り回してあたふたした。
そして、食材が詰め込まれたスーパーのレジ袋をスッと差し出す。
「き、昨日、四波君とちょっとトラブルがありましてぇ、そのお詫びにご飯を作ってあげようかと……!」