脈あり?女神さま
俺とレナさんとロブラリアの3人でテーブルを囲って座った。
レナさんは上機嫌で何を話すでもなくニコニコと笑いながら俺の正面に座っている。
ロブラリアはお茶をすすりながら時々ギラリと光る鋭い眼差しを俺に向けた。その度にレナさんへの想いに釘を刺されているような気分になる。くそう、幼なじみか時空警察か知らないが、ひとの恋路を邪魔しやがって。
ロブラリアはお茶を飲み終えたところで何かをあきらめたかのように緊張を解くと、『ふっ』と溜め息をついた。張り詰めていた部屋の空気が少し緩む。
そして、『最低限、これだけは確認しておこう』とでも言いたげな口調でこう言った。
「レナ、お前は女神として世に出る前の大切な時期だ。この人間から変な考えを吹き込まれたりしていないだろうな」
いや、ロブラリア。どちらかと言うと、今のところ怪しい商売のカモにされているのは俺の方だ。
と、喉元まででかけた言葉を飲み込んだ。
だが、レナさんは頬をぽっと赤く染めるともじもじしながら……。
「……だって、いきなりだったから」
何の話!?
『ヒュッ』
鋭く空を切る音と共に軍刀の切っ先が俺の首元へと突き付けられた。
「人間、貴様……」
「――うあぁぁ!」
「もう! ロブラリア! らめれしゅ!」
レナさんはそう言って俺とロブラリアの間に割って入ってきた。
だが、勢いあまって俺に抱き付いてしまう。
柔らかな感触。ふわっと甘く優しい匂い。体温。しなやかな指の動き。本当に体重を俺にあずけたのかさえ疑わしい軽やかさ。
「あっ」
レナさんは自分がしたことに気づき、パッと身を引いて視線を逸らすと真っ赤に染まった頬に手をあてた。
よし! 何だか脈ありっぽい!
が、ロブラリアは……。
「貴様、レナに……。次元の塵となれ、人間! 天界流秘剣。殲滅斬!」
ロブラリアが大きく振りかぶった軍刀が紫色のオーラを放つ。
今のは俺は悪くない気がするんですけど!
「ぬぁぁぁ!」
死んだ。そう思った瞬間前に『ポン』と言う音と共に白煙が小さく上がり壺ちゃんが俺の膝の上に現れた。そして、左手を前に突き出すと空中に半透明の魔法陣が出現する。
ロブラリアが放った斬撃を壺ちゃんの魔法陣が受け止めた。
「――ふん、『名前』で縛られた妖精ごときが」
「アンタを吹き飛ばすぐらいカンタンなんだからね!」
2人の力は均衡しているようだ。
レナさんに救いの視線を向けるがまだ赤らんだ頬に手を当ててふわふわしている。
――鳴る気配。
ロブラリアと壺ちゃんも感じたようでピタリと動きを止めた。
『ピンポン――ダンダン!』
「四波さーん、ウッサイっスよー。かんべんしてくださいよぉー」
隣の三森だ。
ロブラリアは軍刀を納めた。金属の鞘がカシャリと音を立てる。
壺ちゃんはロブラリアが剣を納めると魔法のバリアを解き、いつものように『ふん』と鼻を鳴らすと再び壺の中へと戻っていった。
急に部屋の中が静かになる。
ロブラリアは無言で玄関を指さし俺に『出ろ』と合図した。どうやら騒ぎを大きくしたくないらしい……なら最初から斬ってくるなよ! 俺が死んじゃったら騒ぎどこじゃねぇだろ! てゆうか、俺の命が隣人の苦情より軽いってどんな警官だよ!
俺は渋々玄関まで行き、ドア越しに三森に話しかけた。
「わるい、三森。いま取り込み中なんだよ」
「なんすか? すごい音がしましたけど…………ゲームっすか?」
「まぁ、そんな感じだ」
「じゃぁ俺、これから寝るんで。ほんと、かんべんしてくださいよ」
三森は大人しく引き下がってくれた。
だが、嵐は去ったわけではない。
俺は恐る恐る後ろを振り向いた。
レナさんはまだ赤くなってふらふらしている。
ロブラリアはテーブルの脇に座りお茶をすすっていた。
とりあえず落ち着いたか。くそう、ロブラリアめ。涼しい顔をしやがって。
熱しやすく冷めやすいのかも知れないが、熱する度に斬られていたのでは命がいくつあっても足りない。
そんなことを考えているとロブラリアがスッと立ち上がった。
反射的にビクッとした。完全にトラウマになっている。
「人間。レナは私の親友だ、幼なじみだ。今日のところは帰るがレナが少しでも傷つくようなことをしたら許さん。その時は覚悟をしておけ。行くぞ、レナ」
「……あ、ロブラリアー。うん、帰る」
ロブラリアはまだボーっとしているレナさんの手を引いて立たせると次元の扉を開き、2人は天界へと帰っていった。
レナさんがちょっと幼児退行したような、だらしない笑顔で俺に手を振る。それはそれで、可愛い。
ロブラリアが消えると一気に緊張が解けた。
もう立ってはいられず、俺はへたへたと座り込み、そのまま横になった。
時計を見たらまだ12時前だ。
床に転がる壺にコンビニ袋を被せてから、スイっと指で撫でた。
ポン。
出てきた壺ちゃんの頭にコンビニ袋がすっぽりと被さっていた。
なんだかちょっと気が和んだ。
壺ちゃんにおもいきり蹴飛ばされた。