ロブラリアと女神さま
「この次元では個人で楽しむ以外の、営利目的の魔法の利用は禁じられている。公衆の面前での利用もだ。先週の講習会で習ったはずだぞ、レナ」
凛々しい横顔と声。
漆黒の軍服はところどころが金モールで縁取られ、胸には勲章が飾られていた。白い腕章には蛇の紋章が描かれている。
綺麗に揃えられたプラチナのショートヘアーが制帽の下でサッと揺れて、レナさんへ向けられていた視線が俺に移った。
庇の陰で紫色の瞳が輝く。
冷たそうな……美人。
「人間」
かなり大雑把に呼び捨てられた。
「レナをたぶらかすな」
そんなつもりでは!
と、一瞬イラッとする。
だが、鋭い眼差しに『心の奥の少しやましい気持ち』までを見透かされたかのような気がして、俺は言葉を飲んだ。
「ロブラリア!」
レナさんが彼女をそう呼んだ。
「レナ。この次元が私の管轄だから良かったようなものの、下手に魔法を使ったら投獄――」
「もー! いきなり刀を振るなんてラメなのれしゅ!」
レナさん?
彼女は冷酷そうなロブラリアに臆することなく食ってかかった。
迫力に欠ける睨み目。上気した、柔らかそうなほっぺを頑張って膨らませている。
……てゆうか、レナさん怒ると呂律が回らなくなるのか?
「怒るな、レナ。みっともないではないか」
「レナも悪いけろロブラリアも悪いのれしゅ!」
「あー、わかった。わかったから黙れ。まったく……」
§§§
軍服と女神のコスプレイヤー。2人とも美人。流石に駅前で言い争っていたのでは目立ちすぎる。
かと言って喫茶店で出来る話になりそうにない……。
「あのぉ、こんな所で立ち話もなんですし……」
鯛焼きデートはお預けだ。
俺は仕方なく2人を連れてアパートへと戻った。
ドアを開けると壺ちゃんはテレビを見ながらお茶を啜っていた。
そして、ロブラリアに気が付くと露骨に嫌な顔をして見せる。
「うわ、時空警察じゃないの。レナ、アンタ何かヘマでもしでかしたのね」
ま、別にアタシには関係ないけど。
とでも言いたそうに、壺ちゃんはぷいっと横を向いて煎餅をかじった。
「壺ちゃん、彼女はロブラリア。私の幼馴染の時空警察官なんです。この次元の担当をしているんですよ」
レナさんが紹介すると、壺ちゃんとロブラリアの視線がしばし絡み合った。
やがてお互いに『フン』と言ってそっぽを向いく。
何だかいきなり険悪なムードだ。
「アタシ警察官嫌いー。その辺の記憶がないけど、なーんか嫌いー」
「ちょっと、壺ちゃん……」
「妖精。お前、どこかで見た顔だぞ。何か悪事に関わっているなら今の内だ、白状しろ」
「なんですって!」
再び二人の視線がバチバチと音を立てて絡み合った。
あちゃあ……予想もしていなかったけど相性が最悪じゃないか。
俺はロブラリアを家に連れてきたことを後悔した。
「もぉ、ロブラリア、怒らないってやくそくれしゅ! 壺ちゃんも偏見はいけましぇん!」
レナさんが怒った。舌っ足らずバージョンも可愛い。
ロブラリアはレナには弱いらしく、ふんと横を向いてそれ以上は何も言わなかった。
壺ちゃんは『ポン』と言う音と共に壺の中へと消えてしまった。
狭い部屋がめっちゃ気まずい空気で満たされる。
くぅう。頑張って『いい感じ』まで行った筈だったのに、ここまでグチャグチャになるとは……。