また誰か来たよ女神さま
神社を見に行こう。
そんな提案に、レナさんは喜んで乗ってくれた。
一方、壺ちゃんは……いったい何が気に入らないのやら『アタシ、行かない』と言うとポンと煙をたてて壺の中へと引きこもってしまった。
よし。とりあえずチャンス到来だ。
俺はレナさんを連れて、アパートから徒歩10分ほどのところにある神社へと向かった。
薄暗いボロアパートから表へ出ると、5月の太陽に照らされた若葉の緑と影のコントラストが目をちかちかとさせた。新鮮な風が気持ちよい。
道すがら、レナさんは自動販売機や電線、自転車や自動車を指さしては興味深そうに『あれは何ですか?』と質問を繰り返した。
俺はそのたびに立ち止まって彼女に説明をした。
なんだか、外国人の彼女が出来たみたいで嬉しい。
そもそも女の子とこうして隣り合って歩いたことなどなかったので、肩との距離や歩くペースにいちいち戸惑う。
そうやって、のんびりと歩いた。神社までたどり着くといつの間にか30分も経過していた。でも、このまま永遠に、2人で世界中をのんびり歩いて旅したい気分だった。
到着したのは超国魂神社。東京都内でも有数の歴史を持つ神社だ。駅からも近く、土日はもちろん、平日であっても参拝客が途切れることはない。
今日は天気も良いからか、境内はいつもよりも賑わっていた。
そして、レナさんは……。
「シバさん! 見てください! お金です! お金です!」
「……ははは、お金ですねぇ」
チャリん、チャリん。と、参拝客が次々と賽銭箱へ投げ入れるお金を見て、レナさんは興奮していた。
「素晴らしいシステムです! 神さまご本人はここにはいらっしゃらないのに……みなさん、自ら進んで箱の中にお布施を置いていかれるなんて!」
「まぁ、確かに……神さまと握手は出来ないんですけどね」
「これが毎日続くのですが……たったの百年でいったい幾らになるのでしょう! 私、決めました。自分の神殿を作ったらこのシステムを採用しようと思います!」
毎度お馴染みの清々しいまでの拝金主義。
だが、最近はそれもなんだか可愛く思えてきた。
ただ純心で、夢のために一生懸命だと思うと、ただひたすらに応援してあげたくなる。
「どちらかと言うとレナさんの神殿にはトレヴィの泉の方が似合うと思いますよ」
俺はレナさんにいつかテレビで見たトレヴィの泉の話をした。
背中越しにコインを投げ入れると、もう一度ローマへ帰ってこれる。
もう一度投げ入れると恋人と巡り合える。
そして、もう一度投げ入れると恋人と結婚できる。
「私、感動しました! 賽銭箱はやめて泉にします!」
俺たちは他愛のない会話をしながら境内を一周した。
そして、甘いものが好きだと言うレナさんに鯛焼きを御馳走するために駅ビルへと足をのばした。
すれ違う人々がみなレナさんへチラチラと視線を送っているのを、隣にいてひしひしと感じる。
レナさんは気にしていないようだけど、今まで歩いているだけで注目されたことなど一度も経験したことがない俺としては何だかちょっと居心地が悪かった。
見られる側の人間って、いつもこんなにも人の視線を受けているのか。
有名人にでもなったら大変だろうなぁ……。
ん?
見られる……有名人……。
「そうだ!」
ナイスアイデアに思わずテンションがあがった。
てゆうか、今までなんで思い付かなかったんだろう。
突然声を出した俺に驚いて、レナさんがこちらを覗き込んだ。
「レナさん、動画サイトですよ! 動画サイトなら絶対儲かります!」
「ドウガ……ですか……?」
あ。そこからか説明しないとダメか。
「つまり……『お芝居』みたいなものです」
「ふむふむ」
『お芝居』と言うと流石に女神のプライドが許さないかと思ったけど、意外と食い付いてきた。
やっぱり、俺が思う女神とは少し感覚が違うらしい。
「色々な芸をやったり踊ったり歌を歌ったりして人を集めるんです。そうすると、人を集めた分だけ、スポンサーから……えーと、『人を集めたい』と思っている人からお金をもらえる仕組みなんです!」
「はぁ……」
『お金』の単語にはピクリと反応した。だけど、どこか話が通じていないようだ。
「えー、例えば1再生……1人集めるごとに1円もらえるとして、1万人で1万円、100万人なら……」
「ひ、ひ、ひゃくまん……!」
レナさんの顔が幸せそうに緩む。
だが、その笑顔はすぐに曇った。
フッと小さなため息をつき、うなだれて自虐的に呟く。
「でも、私……100万人も入れる神殿も、そんなに人を集められる芸もありませんし……」
「神殿がなくても大丈夫!」
俺はスマホを取り出してレナさんにカメラと動画サイトを見せた。
説明のついでにさりげなく、カメラで1枚レナさんの写真を撮る。
動画サイトは……いきなりハイレベルだとまた心が折れてしまいそうなので、敷居が低そうな投稿動画をいくつか再生して見せてみた。
スマホを見て『まぁ、魔法も使わずにこんなことが』なんて言うベタなレスポンスを期待していたのだが……意外とすぐに仕組みを理解したようだ。
「今、この世界ではこれが流行っているんですよ。神殿なんかなくても、これを使えば世界中で再生数を稼げるんですよ」
「でも……芸の方は……」
「レナさん、魔法が使えるじゃないですか! この世界には本当に魔法を使える人間なんて1人もいないんです」
「魔法……」
「そう。魔法です。でも、本物の魔法をそのまま見せるんじゃなくて……あえて手品みたいにアレンジするんです」
「手品?」
「はい。本物の魔法なんて誰も信じないけど、魔法の様に上手な手品ならウケると思うんですよ…………それに……」
「それに……?」
俺は頑張って、レナさんの目を見つめた。
最初はポカンとしていた彼女がハッと何かに気づく。
見つめ返す頬が少し薔薇色に染まり、青い瞳が小さく揺れながら見つめ返した。
行けッ! 俺!
「……れ、レナさんは……可愛いですから」
「!」
彼女がドキッとしたのが伝わってきた。
弾かれるようにサッと横を向き、チラリと俺に視線を戻してから、もう一度横を向く。
ブロンドの影から覗く口元が、少し嬉しそうに笑っているように見えた。
ヤバいヤバいヤバい。
なんか、頑張って言ってみたけど、このあと、どー続ければいいんだ!
頭の中が真っ白だった。
汗がぶわっと吹き出す。
何か、ちゃんとした一言を言わないといけない気がする。
けど、このままレナさんの笑顔を見ているだけで満足な気もする。
少し沈黙が続いた。
それを破ったのはレナさんだった。
「私、やってみます!」
レナさんの爽やかな笑顔に、世界はパッと明るくなった。
だが、次の瞬間、『ヒュッ』と言う風切り音と共に、俺の視界が銀色の輝きに遮られた。
何が起きたか分らずに、俺は固まった。
二呼吸のち、それが『何』であるかを理解して、俺の血の気がスッと引いてゆく。
俺の視界を遮ったのは、銀色に輝く軍刀の刀身だった。
「レナ。そんな事は私が許さん」
再び、風を切る音。
そして、カチリと言う金属音をたて、軍刀は鞘へと納まった。
そこには、軍服の令嬢が立っていた。