会に行ける女神さま
レナさんの細くしなやかな指が俺のクレジットカードを決済器に通す。
俺は、慣れた手つきで暗証番号を入力し、確定キーを押した。
『シャラランラン』
派手な決済完了のメロディと共に一瞬、決済器が青白い光を放つ。
この光景にも慣れてきた。
俺の冷蔵庫は【深海魚脂 ハイパーV】で溢れ、部屋にはいつの間にか怪しい異世界グッズが増えていた。どれもお買い得の小物ばかりだが。
だが、今日の買い物は……。
最終戦争が終わって善も悪も滅び去った次元。
そんな次元の片隅に埋もれていたダンジョンからレナさんが掘り起こした本日のおススメ品……正に『掘り出し物』のペンダント、3万円。久しぶりの高い買い物だ。
生まれてこの方、アクセサリーに興味を持ったことなど一度も無い。
だが、さすがは異世界のホンモノのお宝、気品が漂うと言うか、風格があると言うか、ただものではない存在感を感じさせる。
剣の形のペンダントトップも格好いい。
ここのところ何だかんだ予定外の出費が多すぎるが……うん、今回はいい買い物をした!
……ん?
ひょっとして、俺の金銭感覚、麻痺し始めているんじゃないだろうか?
だが、そんな疑問はレナさんの爽やかな笑顔が綺麗に吹き飛ばしてくれる。
可愛い……なんだかお金を払った後の笑顔が一番可愛い気がするけど……可愛い。
「シバさん、とってもお似合いですよ、ペンダント」
「まったく、なに無駄遣いしているのよ。卵かけご飯と見切り品の豚コマで食いつないでる男が見栄なんか張っちゃって、使いもしないものにお金をかけるなんて。バカみたい」
壺ちゃんの突っ込みがグサリと刺さる。
確かに俺は石油王ではない。夢に向けて貯金もしなければならない。
それに、このままレナさんと売る側×買う側と言う関係でいたい訳でもない。
これからは少し財布のひもを締めていこう。
それにしても……。
神と人間と言う種族のギャップで悩む以前に、壺ちゃんが居る限りレナさんと突っ込んだ話なんかできないじゃないか。
かと言って、今のところレナさんがこの部屋に立ち寄る一番の目的は壺ちゃんのメンテナンスだ。『ちょっと外で遊んでおいで』と言って壺ちゃんを追い出す訳にもいかない。
なんとか上手く、2人きりになるチャンスを作らねば。
よし、女神さまとはいえ、この世界の知識なら俺の方が上の筈だ。
そこを取っかかりに何かうまい方向につなげよう。
「そう言えばレナさん、こっちの世界での活動って目処は立ちましたか?」
「はい、私、いい作戦を思いついたのです!」
おや、これは意外なレスポンスだ。
「私、ぱっと売れてすぐ飽きられて忘れ去られるパターンは避けたいんです……。何百年、何千年に渡って人々の心を惹き付け続けるような、そんな活動をしたいんです」
サラッと『何千年』と言われても……。
「そこで!」
ぐっと乗り出してきた。
レナさん、感情が高まると乗り出して顔を近づけてくる癖があるみたいだけど、そのぉ……ワンピースの胸元がぁ……そして背中に壺ちゃんの殺気が……。
「信者さんに子信者さんを集めてもらうんです。ただ集めるだけじゃなくて、親信者さんは子信者さんのお布施の一部を自分が受け取れるシステムにするんです! へへへ、頭いいでしょ? そうすれば『鼠さん』みたいに子信者さんが更に孫信者さんを、孫信者さんはひ孫信者さんを産んで……やがて世界が私の信者さんで満たされて、私も信者さんたちもお金持ちに! そして更に! そのネットワークを使ってアイテムを販売すれば……」
うわぁ。
見事なネズミ講、マルチ商法、ネットワークビジネス……。
やっぱり、この女神さまには何か常識のようなものが足りていない。
メジャーな女神になりたいと言う夢への真面目さが、ストレートに危ない方向に向かっている。てゆうか、この人そもそも金儲けのセンスが怪しすぎる……。
「……だめでしょうか」
「残念ですけど一部、この世界の法律に触れている気がします」
「うーん、いい考えだと思ったのですが……」
なんか、こう、俺が思ってる『神さま』と違う。
と言うか全然違う。
「あのう、もうすこし教義的なもので人を集めるとか……そっちの方が良いと思うんですけど。地下女神とは言え神さまなんですし」
「教義……ですか?」
「そう。ものの見方や教え方です。こう、人々を迷いや苦悩から救う哲学のような……」
レナさんの表情が曇る。
「それではまるで宗教ではないですか」
「え!? 違うの!?」
なんか、女神の口から言ってはいけない言葉が出た。
レナさんはちょっと疑るような視線を俺に向けてこう言った。
「あのぉ、シバさん……。そんな、目に見えないものを信じて、無料で転がっているような思想にお布施を払うほど世のなか簡単ではないですよ……」
いやちょっと、あなた神さまだろ。
「いやいや、こっちの世界では神と言えばそれが普通なんです。確かに、この世界には魔王も英雄もレナさんみたいな女神さまも居ないですけど、宗教はたくさんあって。儲かっているところは結構儲かっているみたいだし……」
本当に驚いた様子で、レナさんは長いまつげの大きな目をぱちぱちとさせた。
「まあ! 会にすら行けない、握手もできない神に……つまりは口先だけでお金を? なんて酷い商法なんでしょう!」
あなたが言うな。
「ははは……。まぁ、酷いかどうかは別として、とにかく、この世界の神さまには実体が無いんです。だから、信じることしか出来ない。会えなくても、握手ができなくても仕方がない。ただ信じること。それが、神さまへの信仰の形なんです」
「なんだか遠距離恋愛みたいですね……。ちょっとロマンチックですけど、ハードルが上がりました」
うむ。この女神さまには教義的なものがないのはよくわかった。
いや、ないと言うか、そもそも不要なのだ。
そんなものはなくたって、ただ存在するだけで、彼女は女神なのだ……今のところ地下女神だけど。
よくよく考えてみれば、そもそも信仰とか教義とか、そう言う宗教的、哲学的なものは人間の為に人間が勝手に作り出したものであり、神のためのものではない。
神さまはただ神さまらしく生きているだけ。
人間は、その神々しさに理由を求めたがるだけなのだ。
逆に、会に行けて、握手ができる『神さま』が存在する異世界の宗教とはどんな感じなのだろう。ちょっと興味があるけど、レナさんを見る限りそれはそれで、いろいろとややこしそうでもある。
――ん? そうだ!
「あの、レナさん。近くに大きな神社があるんですけど、一緒に見物に行きませんか? こっちの世界での布教活動の参考になると思います! それに、俺……こっちの世界のこと、レナさんにいろいろと見せてあげたいんです!」
「わぁ! 本当ですか!」
ぱぁっと花が咲いたような笑顔。
俺まで幸せになる。
だが、その笑顔が少し曇った……。
「……でも、お高いんでしょ?」
俺は自信満々で答えた。
「なんと、無料です!」