認めざるをえません(1)
鏡に映る自身の姿に顔をしかめた。
「ちょっと派手すぎない?」
婚約披露のため着ているのは、ライアン王子の瞳に合わせた真っ赤なドレス。私の瞳が反対色の緑な事もあって、赤がやたら鮮やかに見える。
ボリュームを誤魔化すためか胸元に大輪の薔薇があしらわれ、花弁のように作られたヒダがドレスの裾に向かって螺旋状に並んでいる。
「今夜の主役ですから、この位で良いのです」
「ミアによく似合っているよ」
マリーとシャーロット姉様が満足げに頷く。
同じ部屋で準備していたお姉様は色違いの青いドレスを身につけていた。私と違って誤魔化す必要のなかった胸元が少し主張し過ぎているけれど、下品ではなく上品な雰囲気だ。
揃いのドレスが用意されてるあたり、今夜の参加はかなり前から決めていたのだろう。
「あとはこちらだけですね」
マリーがジュエリーの入った箱へ手を伸ばす。
ティアラ、ネックレス、イヤリングの三点セットだ。ライアン王子の髪色、そしてエアラント王室を象徴するシルバーを基礎に、ダイアモンドが散りばめられている。
婚約指輪もつけて行くのが普通だけれど、今回はない。ライアン王子が持ち、婚約披露の中で嵌めてもらうらしい。
「きゃっ」
箱を開けたマリーが顔を青くした。どうかしたのかと覗き込み、私も目を見張る。
ティアラを残し、ジュエリーが姿を消していた。
驚いた。皇女のもの、しかもジュエリーを盗むとは……なんて大胆なのだろう。
しかし、あまり焦ってはいない。嫌がらせは王国に着いてから幾度となくあった。その度にカインがあっさり解決してきたのだ。
侍女等も慣れたもので、事態に気づくや否や、廊下にいたカインを部屋へ迎え入れた。
あとは装飾品だけとはいえ、身支度途中の部屋に男性が入ると少し緊張する。特に開いた首元にネックレスが無いのは心許ない。
首を手で軽く隠しながら説明した。
「カイン。見ての通り、今度はジュエリーが失くなったの。いつの間に盗ったのかしら」
「………」
ジュエリーはそれなりに大事に管理されていたはずだ。無関係な者が侵入して、気づかれずに持ち去るなんて……不可能な気がする。
「何か分かる?」
カインを見ると、彼はこちらを見ていなかった。シャーロット姉様に目を奪われている。
「ちょ、ちょっと!!今はお姉様に見惚れてる場合じゃないのよ!」
頰を膨らませて睨む。
お姉様が綺麗なのは分かるけど、仕事中に気を取られないで欲しい!!主人として腹が立つ!あくまで、主人として!!
何が面白いのか、お姉様が笑みをこぼした。
「ミア、私のを使うと良いよ」
そう言って指したのは、これまた揃いで作られたジュエリーだ。シルバーの代わりに、アルメリア皇室を示すゴールドが使われている。
「でも、そしたらお姉様が……」
「私は何とでもなるさ。ミアの衣装が整わない方が困るだろう?」
慰めるように頰を撫でられる。お姉様はとても凛々しいので、何だか気恥ずかしくなってしまう。こうやって何度も丸め込まれてきた気がする。
結局、お姉様のジュエリーを使うことになった。
お姉様がティアラの残る箱を持って部屋を出る。他の装飾品を見立てに行ったのだろう。
カインをついて行かせれば、失くなった物も見つかるかも知れない。けれど、彼には私の護衛という仕事があるから残らせた。他意はない。
再度、鏡に映る自分を眺める。装飾品のせいかアルメリア皇国の印象が強い。これがシルバーだったなら、まさにライアン王子の婚約者らしかったのに。
時計を見る。そろそろライアン王子が迎えに来る時間だ。
「マリー、緊張してきたわ」
「ミア様なら上手く出来ますよ。落ち着いて、昨日の段取り通りにすれば大丈夫です」
「そうね、落ち着いて…落ち着いて…」
胸を押さえて深呼吸する。
「間違っても、緊張で躓いてライアン殿下のズボンを引きずり下ろさないよう、気をつけるわ」
「……なぜそんな発想を?」
部屋にノック音が響いた。気を引き締めて扉に向き合う。
しかし、現れたのは王子ではなくユアンだった。
「あら、どうかしたの?」
「お迎えに上がりました」
「迎え?」
ユアンが手を差し出す。エスコートする構えだ。
「ライアン殿下は?」
「殿下は既に会場へ入られました」
「あらそう、会場へ………ぇ?」
既に、会場へ、入っている。
既に、会場へ…………。
「えええぇぇぇえ!!???」
何を言ってるんだ!婚約披露で婚約者と入場しないなんて!!
え?あれ、王国ではそうなの??
マリーに目を向けるも、彼女も困惑顔だった。
昨日確認したのは入場後の段取りで、それまでにこんな予想外の事が起きるとは思っていなかった。
「まさか、何も聞いてないのですか?」
「え!聞く??…って、何を??」
どうしよう!何か重要な事を聞き流したのか!!
ユアンが自分の顎に手を当てる。
「そうですか。……それなら今から説明するより、見た方が早いですね。とりあえず会場へ向かいましょう」
「ラ、ライアン殿下とでなきゃ!! 入場出来ないでしょう!!!」
声を荒げてしまった。ユアンが暴れ馬をなだめるような仕草をする。
「落ち着いてください。私がお供いたします」
「ユ、ユアン?と??」
確かに、婚約者などがいなければ親戚にエスコートされるのはよくある事だ。
ユアンは今いる中で唯一の血縁者と言えた。私のお祖母様はユアンの実家、ハンセルク侯爵家の出身。つまり私とユアンの間柄は、はとこ。エスコートを受けてもギリギリ変じゃない。独身同士なら婚約者と思われる可能性もあるけれど、彼は既婚者なのでそれもない。
……でも、婚約披露で婚約者以外と入場??
「もう時間もありません。参りましょう」
再び手を差し出される。この手を取るべきなのか。何が正解か分からない。
悩んで、またカインに目を向けてしまう。反応なんて無いだろうと思っていたら、ひとつ、頷いてくれた。
「もう!どうにでもなれだわ」
意を決して手を取る。
何せ今夜は私の婚約披露。行かない選択肢はないのだ。
エスコートを受けて会場へ向かう。部屋にいた頃より格段に緊張が強くなっていた。
時間が押してしまったため急いで移動し、胃をキリキリ痛めながら入場した。
会場へ入った途端、どよめきが起こる。突き刺さるような視線を感じた。やはり、皇国と王国とに大きな常識の差はないようだ。
俯きそうになるも皇族として背筋を伸ばし、平静を装った。
人々の視線が、私達ともう一点とを行き来している。それを辿って簡単にライアン王子を見つけられた。
着飾る人波の中で一際美しく、優雅に微笑みながらこちらを見ている。
ちょっと待った。隣の女性はいったい誰だ。栗色の前髪が長過ぎて、顔がよく分からない。マリーに叩き込まれたエアラント王室の血縁者に、そんな特徴の人はいなかった。まさか……その人と入場したのか。
ライアン王子の想い人?
それ以外にこの状況を説明できない。となると、私は婚約披露の場で捨てられた事になる。
ーー とんだ恥だ!!!
今度こそ平静を装えず、顔が朱に染まる。熱に追われて涙がにじみ出た。
遠路はるばる、命を狙われながら、恥をかきに来たなんて!!
羞恥に震え、俯いていると……背中に手が添えられた。ユアンではない。護衛として同行したカインの手だ。
普段と何ら変わらない表情がそこにあり、わずか落ち着きを取り戻す。
つかの間、会場が大きくざわめいた。
何が起きたかと騒がしい方に目をやり、私もまた驚きの声を漏らす。
私達が入ったのとは別の大扉から、シャーロット姉様とアルバート王太子が並んで入場してきたのだ。
お姉様は王太子の瞳と同じ青いドレスと、失くしたはずの、エアラント王室を示すシルバーのジュエリーを身につけていた。