8話
優衣が衛の家で過ごし始めて一週間がたった。
あれからは優衣は特に何事も無く学園生活を送れている。
優衣が目を覚まして目覚まし時計を見ると9時を回っていた。
優衣の頭の中に一瞬『遅刻』という文字がよぎったが今日は土曜日ということに気づいた。
だが、いつまでも布団の中にいるわけにもいかないので優衣は着替えて下に降りる。
下に降りると掃除をしている栄美を見かけ声をかける。
「おはようございます」
「おはよう。…眠そうね。どうかしたの?」
「いえ、来週テストがあるんですけど昨日勉強してたらどうしても解けない問題が出たんです。それを解こうとしてたら二時になってたんです…。すいませんが、お茶もらいますね」
優衣は眠そうにしながら呟いて冷蔵庫に向かう。
栄美が静かになったのを不思議に思った優衣がそちらを向くと掃除機のノズルを持ったまま立っていた。
その手はどこか震えているようにも見える。
優衣が声をかけようとすると衛が降りてきた。
「おはよーす」
「あ、おはようございます」
「俺にもお茶頂戴。…母さんどうしたの?」
「私にもよく分かりません…」
優衣は新しいコップにお茶をいれて衛に差し出す。
衛は一気にそれを飲み干してテーブルの上に置かれている茶菓子に手を伸ばす。
それを食べ終え衛が上に上がろうとすると栄美が衛の肩を掴む。
「衛…」
「なに?」
「あんたテストがあるってこと黙ってたわね…」
「え?いや~、まだないはずだけどなぁ~」
「優衣ちゃんから聞いたわよ。来週テストがあるってねぇ」
衛はその言葉を聞いて優衣に視線を向ける。
それは今まで衛に向けられた視線よりも厳しく目だけで『余計なことを…』と言ってるのがわかった。
優衣は申し訳なく思って顔を俯かせると衛と栄美の口論はさらに激しさを増す。
「何で言わないのよ」
「言わなくてもいいだろ別に」
「あんた去年補習受けたの忘れたの?今度補習受けると卒業は厳しいんじゃない?」
「なんとかなるって」
「…あんた今度のテストで前より順位を上げなさい。下げると小遣いカットね」
「な!?横暴だぞ!」
「こうでも言わないとあんた勉強しないでしょ。はい、決まり!」
「あ!待て、母さん!」
衛が呼び止めるが栄美はそのまま部屋で出て行く。
優衣はゆっくりと衛に近づいて声をかける。
「あの~…衛先輩?」
「おまえなぁ~!」
衛は優衣の頬をつまむとそのまま横に引っ張る。
「母さんにテストのことを言うなよ!」
「いひゃいです~。すいまひぇん!」
「もう二度と学校の行事について言うなよ!いいな!」
「ひゃい!」
「よし!」
衛はそれだけ言うと優衣の頬を離す。
優衣はすぐに頬に手を当ててさする。
「痛い…」
「ったく。俺の小遣いが減ったらお前のせいだからな」
「…衛先輩が勉強したらいいじゃないですか」
優衣は衛に聞こえないように呟いた、つもりだったが衛に聞かれていたようでまた頬を摘まれた。
「ん~?なにか言ったかなぁ!?」
「ひゃんでもないひぇす!」
衛は頬を離すとそのまま部屋を出て行った。
優衣は頬をさすりながら衛の後姿を見送る。
暮らし始めてから衛は何かある度にああやって優衣に何かをしかけてくるようになった。
さっきみたいに頬を摘まれたり、デコピンをしてきたり、頭をたたいてきたりと。
しかも、栄美や英雄がいないときにだけやってくるのだ。
優衣はため息をついて自分の部屋に戻ろうとすると丁度衛が出かける支度をして部屋から出てきた。
「お出かけですか?」
「あぁ。試験勉強しに。ああ、そうだ。お前今何か詰まってる単元とかあるか?」
「え?」
「今から俺の知り合いの家に行くけど良かったらお前も来いよ。お前も知ってる奴だから」
「…でも」
「よし、決まり。10分で支度しないと罰ゲームな」
「え!?」
「スタート!」
優衣は急いで支度を始めた。
どこに行くのかは知らないがそれ以上に罰ゲームという単語が怖い…
すぐに服を着替え、教科書や参考書などをカバンに入れてドアを開ける。
出てきた優衣を見て衛は舌打ちをして階段を降りる。
「行くぞ」
「舌打ちしなくても…」
「せっかく罰ゲームなにしようかいろいろ考えてたのになぁ~」
「罰ゲームとかイヤですよ」
そんな話をしながら二人は階段を降りた。
衛は玄関で靴を履こうとしたが栄美に声をかけることにした。
「外で待ってて。母さんに声かけていくから」
「あ、はい」
衛はそれだけ言うと廊下を歩き出した。
それを見て優衣も靴を履いて外で衛を待った。
数分して衛がカバンを肩にかけて出てきた。
「お待たせ。んじゃ、行くか」
「ここから遠いんですか?」
「歩いて20分ぐらいかなぁ。自転車で行くか?」
「20分なら歩きましょう。いい運動になりますよ」
優衣の言葉に衛が頷き歩き出そうとすると玄関から栄美が出てきた。
手には何か袋を持っている。
「衛。これ渡して」
「何?」
「新作の小説。まったく仲直りしたならはやく言いなさい」
「忘れてたんだよ。確かに預かった」
「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」
栄美が手を振るが、衛は何もせずに歩き出す。
慌てて優衣は栄美に頭を下げて衛の横に並ぶ。
「それなんですか?」
「さっき言ってただろ。新作の小説だって」
「新作って誰のですか?」
「あれ?母さんの仕事って知らない?」
「知らないですけど…」
「母さん小説家だよ」
「え!?そうなんですか?」
「そうなんです」
そんな話をしながら二人は歩いて目的地に向かう。




