7話
学校を出た優衣は一人で帰路についていた。
見慣れない景色を目にしながら歩いていると道路に同じ高校の女子が数人で固まっていた。
優衣がその傍を通り過ぎようとするとその中の一人に腕を掴まれた。
突然のことで優衣が驚いていると周りを囲まれて何故か睨まれた。
そして、腕を掴まれたまま近くに公園に連れてこらされた。
周りを囲まれ優衣の逃げ道はどこにもない。その中の一人が一歩前に出る。
「あんた何なの?」
「な、何って言われても…」
「加藤とどういう関係?」
「加藤に彼女がいるってこと分かって付きまとってるのよね?」
「付きまとってなんかいません」
「付きまとってるじゃない!」
「ちょっとかわいいからって調子乗ってるんじゃないわよ!」
一人が腕を振りあげた。
頬を叩かれると思い優衣は咄嗟に目を瞑る。だが、何も衝撃が来ない。
それどころかさっきまで文句を言っていた女子のうめき声のようなものが聞こえる。
優衣がゆっくりと目を開けると腕を振り上げている女子、それとその腕を掴んでいる見たこともない男子が立っていた。
その男子は茶髪で優衣の高校とは違う制服を着ている。
男子は腕を離し、優衣のほうに歩み寄りながら女子に話しかける。
「何してんだ?」
「あ、あんたには関係ないでしょ!」
「まぁな。でも、どう見たって弱いものいじめをしてるようにしか見えないから」
「その子が加藤に付きまとってるから注意してただけよ!」
「衛に?」
男子は『加藤』という単語に反応したかのように優衣に視線を向ける。
最初視線は厳しいもので優衣はビクッと怖がってしまったがそれを見て少し優しい目になった気がする。
またその男子は視線を女子グループに向ける。
「もしこの子が衛に付きまとってるとしても何で注意されないといけないのか俺にはよく分からないんだが」
「加藤は陽子と付き合ってるからに決まってるでしょう!」
「…は?」
「あんただって知ってるでしょ!」
「お前ら何言ってるんだ。衛とあいつはもうすでに終わってる」
「え?」
「何なら本人に確認してみろよ。ま、あいつは本当のことを言わないと思うけどな」
男子の言葉に女子グループは戸惑っているのが優衣にも分かった。
事情まではよく分からないがどうやらこの男子は衛の知り合いのようだ。
女子グループはその場を去っていく。それを見送って男子は優衣のほうに視線を向ける。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございました」
「いや、あいつらと俺は同じ中学なんだ。だから、気にしなくていい」
「はい。あの…衛先輩と知り合いなんですか?」
男子は優衣の言葉に何故か驚いている。
優衣は自分の言葉に何か問題でもあったのかと思い直してみても特に問題はないように思える。
「衛のこと名前で呼んでんの?」
「え?そうですけど…」
「ふぅ~ん。そっか…。あ、悪い。俺人待たせてるんだ」
「あ、あの…」
「ん?」
「名前を聞いてもいいですか?」
「あ~と…そうだなぁ。衛にこういえば分かると思う。『元親友で現親友』って」
「え?」
「そのまま伝えてみたら分かるから。んじゃ、俺行くわ」
男子はそれだけ言うと走って行ってしまった。
少しその場で立ち止まっていた優衣はとりあえず家に戻ることにした。
優衣が家に戻るとすでに衛が帰宅しているのだろう、玄関に靴があった。
「ただいま」
優衣が玄関に上がると栄美が手を拭きながら歩いてきた。
「おかえり。買い物にでも行ってたの?」
「え?」
「衛が優衣ちゃんは先に帰ったって言ってたから」
「え、ええ。ちょっと買いたいものがあったので」
優衣はそれだけ言うと自分の部屋に向かった。
制服を脱ぎ私服に着替えた優衣は少し悩んだ後衛の部屋に向かった。
少し深呼吸して優衣はドアをノックした。
「はい?」
「優衣です」
「入っていいよ」
衛の返事を聞いて優衣はドアをあける。
衛は昨日と同じようにベッドによりかかってゲームをしている。
ドアの入り口で立ったままの優衣に衛は話しかけた。
「何の用?」
「あ、えっと…」
「ん?」
「今日衛先輩の知り合いの方に会いました」
「知り合い?誰だろ…」
「名前を聞いたら『元親友で現親友』って言えば分かるって言ってました」
「…髪は茶色?」
「はい。茶色でした」
「何でそいつと知り合いになったんだ?」
「えっと…」
優衣は少し戸惑ったが公園であったことを衛に話した。
聞き終わった衛はふぅっと一つ息を吐いた。
「そうか…。悪かったな、なんか巻き込んじまって」
「い、いえ。大丈夫です」
衛が申し訳ないように呟くと優衣は笑顔で口を開いた。
衛は少し優衣の顔を見たかと思うと笑みを浮かべて頭をポンと一つ叩いた。
優衣は頭に手を持っていって衛を睨む。
「やっぱり子ども扱いしてますよね…」
「してないしてない。ホント悪かったな」
「いえ。あ、お昼ありがとうございました」
「昼?あぁ、弁当か。結局従兄妹同士って言うのは伝えたのか?」
「一緒にいた二人には教えました。覚えてますか?」
「う~ん…、実はあまり。とりあえず早く渡して逃げようとしか思ってなかったし。あ、そうだ。お前番号教えてくれ」
「え?携帯のですか?」
「他にどの番号を教えてくれるんだ?」
「い、いえ。そういうわけではないんですけど…。でも、どうしてですか?」
「今日のようなことがあったら連絡取れたほうがいいだろ。俺も一年の教室は行きにくいしお前も何かあったら三年の教室に来るのは嫌だろ?」
「ええ。まぁ…」
「だったらメールで中庭に来いとか伝えれるし便利だろ?というわけで教えてくれ」
「携帯取ってきます」
優衣は部屋に置きっぱなしの携帯を取りに衛の部屋を出た。
自分の部屋に戻り携帯を持ってまた衛の部屋に戻った。
衛は誰かに電話をしていた。
「悪かったな…あぁ、今度何か奢るわ。じゃあな」
衛は電話を切ると優衣のほぅに顔を向けた。
「取ってきた?」
「は、はい。あの…電話は」
「あぁ、お前を助けた奴。あいつも少し気にかけてた。当事者の一人だからな」
「え?」
「いや、なんでもない。お前の携帯って赤外線ついてる?」
「はい。えっと…じゃあ私が送信しますね」
「なら俺は受信か。えっと…こっちは準備できたぞ。そっちは?」
「ちょっとまってください。あまり使ったこと無くて…」
優衣はいろいろと携帯をいじってはいるがなかなか機能のところに辿り着かないようだ。
衛が立ち上がって優衣の横から手元の携帯を覗き込んできた。
突然衛が横に来たので優衣は驚いてビックリして衛から離れ顔を向けた。
「あ、悪い。驚かした?」
「い、いえ」
「これ俺の友達が持ってて操作したことあるからわかる。大丈夫ならちょっと貸して」
優衣は少し迷ったが衛に携帯を渡した。
衛は先ほどの言葉通り扱ったことがあるのだろう、手馴れた様子で携帯をいじっている。
「よし、じゃあもう俺が続けて操作していいか?そっちのほうが早いだろ?」
衛の言葉に優衣は頷く。
それを見て衛はそのまま操作を続ける。
携帯を近づけ、すぐにまた何か操作を行い再び携帯を近づける。
そして、優衣に携帯を差し出す。
「とりあえずこれで大丈夫だろ。自分の携帯ぐらい使い方分かれよ」
「う…すいません。そういえば衛先輩嘘が上手なんですね」
「嘘?」
「昼のときに嘘ついたじゃないですか?あれってその場で考えたんですか?」
「嘘なんてついてないだろ?」
「え?だって、私お母さん入院してるし…」
「俺がなんて言ったか覚えてる?」
「学校に会う前に私のお母さんから弁当を預かったって…」
「俺お前の『お母さんから』預かったって言った?」
「え?」
「俺はお前の『おばさんから』預かったって言ったと思うんだけど?」
優衣は昼の衛の言葉をもう一度思い出した。
確かに衛はおばさんから預かったっと言っていた気がする。
しかし、それは普通に考えると優衣のお母さんという意味で取られるだろう。
優衣が考えていると衛が口を開いた。
「だって俺は俺の母さんから朝学校に行く前に弁当を預かった。俺の母さんはお前にとっては?」
「おばさんですね…」
「なら、間違ってないだろ?」
衛は小学生のような笑みを浮かべて優衣に顔を向ける。
確かに間違ってはいない…。けど、何か納得はいかない。
けど、衛は自信満々に笑みを浮かべているので優衣はこれ以上何も言わなかった。
優衣は自分の部屋に戻り携帯を取り出した。
そして、アドレス帳を開くと先ほど登録した『加藤衛』のページを開く。
これを香に見られたらどうなるだろう…
少し恐怖を覚えた優衣は絶対に香には見られないようにしようと心に決めた。




