6話
朝優衣が学校に行くと友人の一人、香がうっとりとした顔をしていた。
周りにいる美樹と真理に優衣は話しかけた。
「ね、ねぇ。香どうしたの?」
「なんかカッコイイ人に会ったんだって」
「へぇ~。どんな人?」
「学校の先輩だって」
「ここの?」
「うん。確か…」
「あ、加藤先輩だ!」
真希が生徒の名前を言おうと思っていたがそれより先にさっきまでうっとりした顔をしていた香が窓にへばりついた。
その行動の早さに美樹と真理は呆れているがそれよりも優衣はさっき香が言った名前のほうに驚いた。
(まさか…。あ、でも加藤ってよくある名前だし。きっと違う人だよね!)
そう思い込んでいる優衣に美樹と真理が声をかける。
「どうしたの?」
「あ、ううん!なんでもないの」
「そ、そう?あ、私達も見にいこっか?」
「え!?」
「そうねぇ。どんな人か気になるし。ほら、優衣も行こう」
「う、うん…」
美樹と真理に誘われて優衣も窓に近づく。
そして、窓から香が見ている所を見るとやはり数分前に子ども扱いしてきた男の姿がある。
優衣が窓から目を離し顔を抑えると隣で美樹が香に話しかけている。
「ねぇねぇ、香」
「もう何よ。加藤先輩が行っちゃうじゃん」
「見たままでいいよ。いつその先輩のこと知ったの?」
「昨日」
「の?」
「放課後」
「どこで?」
「部活をしに体育館に行ったら部活の先輩と話してるのを見たの。もうすっごいカッコいいんだから!」
「あれ…、でも加藤先輩って彼女いるんじゃないの?」
香と美樹の話に真理が思い出すように呟く。
それに香がいち早く反応する。
「ちょっと!それどこの情報よ!」
「ぶ、部活の先輩よ」
「どういうこと!」
「どういうことって…。先輩は加藤先輩と加藤先輩の彼女と同じ中学出身でそう言ってたよ」
「そ、そう…」
香はさっきまでの元気はどこにいったのか肩を落とした。
真理はすぐに香に話しかける。
「あ、でも!先輩は別れたかもって言ってたよ」
「それ本当!?」
「なんか様子がおかしいんだって。加藤先輩はその彼女の人に見向きもしないみたい。先輩もその彼女のことあまり好きじゃないみたいだし」
「なら、私にもチャンスがあるのね!」
「あ、あるんじゃないかな…」
「よし、私頑張る!」
香はさっきまでの落ち込みは嘘のように張り切りだした。
それを見て美樹と真理は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
優衣も笑みを浮かべて窓から衛の姿を見る。
そして、一つため息をついて自分の机に戻った。
昼休み。
優衣はさっきまでの授業に使った教科書やノートを机の中に直している。
美樹と真理も同様に机に直しており、香はすでに違う友人と食堂に行っている。
「優衣~。お腹すいた」
「パン買いに行こう~」
「あ、うん」
美樹達が優衣のところに歩いてきた。
優衣もカバンから財布を取り出して立ち上がった。
三人で購買部にパンを買いに行こうとして教室を出ると同時に優衣は誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「悪い。大丈夫か?」
優衣はクラスメイトと思っていたがその声に聞き覚えがある。
まさかと思い優衣がゆっくりと顔を上げるとやはりそこには衛が立っていた。
何故ここに衛がいるのか分からないので優衣が呆然と立っていると衛がもう一度声をかけてきた。
「大丈夫か?」
「あ、はい!」
「このクラスに伊藤がいるだろ?呼んでくれるか?多分女子だと思うんだけど」
その言葉に美樹と真理が反応する。
「あ、多分その子です」
「なら、良かった。コレ預かってる」
衛は自分の片手に持っていた袋を優衣に差し出す。
優衣はそれを預かり袋を開けると弁当箱が入っていた。
優衣が驚いて衛を見上げると衛は説明するかのように口を開く。
「今日学校に来る前にお前のおばさんにあってそれを預かった。本当は朝持ってこようとおもったんだが遅刻ギリギリでな。昼になった。遅くなって悪かったな」
「い、いえ。それはいいんですけど…」
優衣は弁当と衛の顔を何度も見比べる。
家の時と何か接し方が違う気がする…
優衣が不思議に思っていると衛は何事もなかったかのように優衣に話しかけてきた。
「何だ?」
「あ、ありがとうございました」
「いや。それじゃな」
衛はそれだけ言うと早足で教室から去っていく。
優衣はもう一度袋の中を見ると何か紙が一切れ入っていた。
優衣はそれを取り出すと文字が書いてあった。
『従兄妹とか言ってもいいから。お前に任せる。それと放課後職員室前に来い』
恐らく衛は優衣に気を遣って初対面の振りをしてくれたのだろう。
もしかしたら優衣が嫌なのかもしれないと思って優衣に選択権を渡してくれたのだろう。
優衣が手紙を見ていると美樹と真理が優衣に話しかける。
「ね、ねぇ。優衣のおばさんって入院したんだよね?」
「どういうこと?」
「えっと…、説明するから移動しようよ」
とりあえず優衣は美樹と真理を誰も使用していない特別教室に連れてきた。
そして、昨日会ったことを全て話した。
衛と優衣が従兄妹ということ、今衛の家に住んでいること。
美樹と真理は全てを聞いたあと、やはり少し驚いているようだ。
「そうなんだ…」
「それ香には内緒にしたほうがいいかもね。紹介してって言いそうだし」
「う、うん。だから、朝言わなかったの」
「それで?」
「『それで』って?」
「何かないの?事件的なものとか。例えば裸を見られたとかさ」
「ないない!だって昨日から住み始めたんだよ?」
「家ではどうなの?加藤先輩」
「どうって…優しいよ。衛先輩だけじゃなくておじさんやおばさんも凄いいい人」
「へぇ~」
「な、なに?」
「下の名前で呼んでるんだ。朝言ってた部活の先輩は苗字で呼んでるよ。先輩が言うには名前で呼べる人って限られてるんだって」
「家だと皆加藤だから『衛のほうが分かりやすい』って衛先輩が言うんだもん」
それから昼休みが終わるまで三人は食事をしながら話を進めた。
そして、午後の授業が終わり放課後になった。
優衣は衛からのメモ通り一人で職員室に向かっている。
職員室の前まで来たがまだ衛の姿はない。
壁に寄りかかって数分待っていると衛が駆け足で駆け寄ってきた。
「悪い。HRが長引いて遅くなっちまった」
「あ、いえ。大丈夫です。ところで職員室で何するんですか?」
「あぁ、一応先生には言っておいたほうがいいだろうと思ってな。急用があったときに前の家に電話しても誰も出ないなら意味ないだろ?」
「あ、そうですね。でも、一ヶ月ぐらいの予定なんですけど」
「それでもだ。ほら、行くぞ」
衛は優衣を促して職員室の中に入った。
職員室の中には数人の先生が作業をしていた。
衛は立ったまま中を見渡して優衣に話しかける。
「お前の担任って誰?」
「あ、沖田先生です」
「なんだ、沖田先生か。じゃあ、お前当たりだよ」
「当たりって?」
「あの先生面白いから。去年担任で笑ってばっかだったなぁ。今年もなりたかったのに。まぁ、いいや。行くぞ」
衛と優衣は連れ立って椅子に座っている沖田のところに向かう。
何か作業をしていた沖田は二人に気づいたのか顔を上げた。
「先生、一年の担任になったんだって?」
「…伊藤、加藤にいじめられたのか。そうかぁ~、可愛そうに」
「お~い、先生。話を聞こうぜ~」
「加藤、欠点を取ったお前に一から勉強を教えてやったのに…」
「本当に先生には感謝してるって。…ってそうじゃない。真面目な話なんで茶化さないでください」
「ふむ、ここでいいのか?どこか場所移すか?」
「ここでいいよ。どうする?俺から言おうか?」
衛と沖田はさっきまでのやり取りが嘘のように真面目な顔になった。
優衣が衛の言葉に頷くと衛が沖田のほうを向いて口を開く。
「今こいつの母親が入院してるのは知ってる?」
「いや、初耳だが…」
「俺も詳しくは知らないけど一ヶ月ぐらい入院するんだって。で、さらに言うとこいつの父親は今海外出張」
「ということは今一人ってことか?確か伊藤には兄妹がいないだろ。後、加藤が何でそんなに詳しいんだ?」
「俺とこいつ従兄妹なんですよ」
「ほぉ~。そうだったのか」
「そういう事情で今俺の家で暮らしてるんだ。だから、何か会ったら俺の家のほうに連絡して欲しいってことを先生に伝えてとこうと思って」
「そういう事情なら仕方無いな」
「学校側に何か書類を出す必要ってある?」
「いや、予定では一ヶ月なんだろ?ならいいだろ。俺が把握しとけば」
「んじゃ、俺自分のほうの担任にも言ってくる。戻ってきたみたいだし」
「なら俺も行こう。伊藤はもういいぞ。俺のほうから言っておくから」
沖田の言葉に優衣は衛の顔を伺う。
衛が頷いたのを見て優衣は沖田のほうを見て軽く頷いた。
「お願いします。それじゃあ、さようなら」
「はい、さようなら。従兄妹なのに加藤とは大違いだなぁ」
「いやいやいや、俺も一年の頃はああだったって。それに従兄妹ってあまり似ないもんでしょ」
「お前は一年からそんな感じだ」
「っていうか先生去年来たから俺が一年の時っていねぇじゃん…」
衛と沖田は話をしながら違うところへ歩き出していった。
優衣は職員室の入り口で頭を下げてそのまま職員室を後にした。