1話
「これで今日の授業は終わる」
「起立!礼!」
「「ありがとうございました」」
挨拶を終え教師が教室を出て行った。
今日の最後の授業が終わり帰りのHRまで時間があるというのにクラスメイト達は部活の準備を始めたり放課後の予定を立てたりしている。
その中の一人、伊藤優衣が明日の授業を確認していると友人の美樹と真理が近づいてきた。
「優衣、今日買い物行くけど行くでしょ?」
「ごめん。無理かも」
「え?どうして?」
「お母さん、入院しちゃったの」
「え!?大丈夫なの?」
「うん。一ヶ月ぐらいで退院できるんだって。だけど、当分は毎日着替えとか持っていくから遊べないと思う」
「そう…。あ、おじさんは?戻ってくるんでしょ?」
真理の質問に優衣は首を振った。
優衣の父親は今海外出張の真っ最中。
でも、仕事が大事だという人でもない。
だけど、帰ってこない。というのも、父親はまだ母親が入院しているということを知らない。
優衣の母親が入院したのは土曜日。入院してすぐに父親に連絡をしようとしたのに母親が止めた。
母親は今父親の仕事がとても大切なことを知っている。
だから、父親には連絡しないで欲しいと頼まれた優衣は仕方なくその要望を受け入れることにした。
放課後、優衣は学校が終わるとすぐに母親が入院している病院に向かった。
母親が入院している病院は学校から歩いて30分ぐらいかかる中央病院。
優衣は途中のコンビニでサンドウィッチを買ってから母親が入院している病室に向かった。
病室の入り口に立つと中から話し声が聞こえる。母親の病室は個室なので恐らく見舞い客と話してるのだろう。
「え~、それ本当に?」
「本当だってば。姉さんも疑り深いよね」
優衣は病室から聞こえた『姉さん』という言葉に首を傾げた。
優衣の母親は一人っ子だ。父親のほうにはお兄さんがいてその奥さん、つまり優衣にとっては叔母に当たる女性がいるが声が違う。
優衣が病室を覗き込むとベッドに座っている母親、そして椅子に座っている女の人がいた。
母親が優衣に気づいたのか笑って声をかけてきた。
「優衣、そこで何してるの。こちらにいらっしゃい」
「あ、うん」
優衣が入るとさっきまで母親と話していた女性が優衣に微笑んできた。
優衣はどこか母親に似ているなぁと思いつつコンビニの袋を母親に差し出した。
「はい、これ昨日頼まれたサンドウィッチ」
「わ~、ありがとう」
「亜由美、それだけ見てると病人には見えないわよ」
「姉さん、うるさい」
言い忘れたが、優衣の母親の名前は亜由美、父親の名前は武という。
やはり亜由美はその女性を姉さんと呼んでいる。
優衣が意味が分からず、首をかしげていると亜由美がにっこりと微笑んだ。
「そういえばまだ優衣には紹介してなかったわよね。こっちは私のお姉さんの栄美。あなたにとっては伯母さんよ」
「え?…でも、お母さんは一人っ子って言ってたじゃない」
「それはね…お母さんがお父さんと駆け落ちしたからなの」
「駆け落ち…?」
「ええ。前に言ったと思うけど私が高校生のときに優衣が出来たの。お父さんはもう働いていたけど、優衣のお祖父ちゃんが反対したの。だから、お父さんと駆け落ちしちゃった」
「し、しちゃったって…」
「亜由美は小さい頃から決めたことは絶対にやり遂げる子だったからね。まさか、駆け落ちするとは思ってもみなかったけど。優衣ちゃん、いきなり伯母さんと言われて困るだろうけどこれからよろしくね。」
「あ、はい。…よろしくお願いします」
「あまりかしこまらなくていいわよ。これから一緒に生活するんだし」
「…え?」
優衣は今栄美が言った言葉に引っ掛かった。
今何か変な言葉が聞こえなかっただろうか…
優衣が考えてるのを見た栄美は亜由美に話しかける。
「亜由美、あんたもしかして言ってないの?」
「…言ってないわ」
「はぁ…。優衣ちゃん、あなた今一人暮らしでしょ?」
「は、はい」
「それでね、亜由美が退院する間私の家で一緒に暮らさない?」
「え…」
「勉強と家事の両立は大変でしょ?だから、一緒に暮らさない?」
「で、でも…」
「遠慮はいらないわ。だって、私達血のつながった家族でしょ?」
優衣は少し困惑した。
確かにこれから試験もある。家事と勉強の両立は少し難しいかもしれない。
それに、一人で生活するよりは誰かと生活したほうが楽しいかもしれない。
優衣は少し考えた後、栄美に頷いた。
「…じゃあ、お世話になります」
「うん。じゃあ、行きましょうか。最低限の荷物を持ってこないとね。じゃあ、亜由美。優衣ちゃんは預かるわね」
「ええ。姉さん、よろしくね。優衣、今までの分伯母さんに甘えてらっしゃい」
優衣と栄美は亜由美に声をかけて病室を後にした。