EPILOGUE
土曜日。
衛と優衣は二人で病院の中を歩いていた。
栄美は駐車場に車を入れなければいけないので二人だけ先に降りて亜由美の病室に向かっているのだ。
「病室どこ?」
「702です」
「…やべぇ、ちょっと緊張してきた」
「え?なんでですか?」
「あのなぁ…、一応おばさんとは言っても彼女の母親なわけ。緊張するにきまってるだろうが」
「…衛先輩でも緊張することあるんですね」
「…俺をなんだと思ってるんだよ」
「いや、ちょっと意外だなと思って」
「ったく。あ、ここか」
亜由美の病室に着いた二人は顔を見合わせると一つため息をつく。
そして、優衣がドアを引く。
個室なので病室の中には亜由美しかいない。
亜由美はすでに着替え終わっていて退院準備を進めている。
ドアの音で気づいた亜由美が二人を振り返る。
「あら、優衣。…そちらは?」
「俺、栄美の息子の衛です。それと…優衣さんとお付き合いさせてもらってます」
「え?…優衣、本当なの?」
「…うん」
「そう」
病室内は無言になった。
そんな中、衛は考え事をしていた。
衛は亜由美の声に聞き覚えがあった。
栄美の話しだと亜由美は衛が産まれてすぐに家を出ている…
だから、声を覚えているはずはない。
けど、確かにどこかで聞いた覚えがある。
衛が考えているとドアがまた開いて栄美が入ってきた。
「どうしたの?皆固まって」
「姉さんは知ってたの?二人が付き合ってるって」
「付き合いだした日に聞いたわ。亜由美は反対なの?」
「まさか。まーくんなら安心だし」
「…まーくん?」
「そういえば亜由美は衛のことそう呼んでたわね」
亜由美の言葉に優衣は隅のほうで肩を震わしている。
恐らく『まーくん』という単語がツボにはまったのだろう、笑っているようだ。
衛はそれを少し睨むと亜由美に話しかけた。
「おばさん」
「なに?」
「小さい頃俺を抱っこしたことあります?」
「あるわよ。一歳になるまで家にいたんだから」
「あれ?確か母さんは俺が産まれてすぐに家を出たって言ってなかったっけ?」
「まぁ、小さな間違いよ。それよりも衛どうかしたの?」
「おばさん、俺を抱っこしてるとき何か話しかけました?例えば…もし子供が出来たらどうとかって」
「…え?まさか覚えてるの?」
亜由美は衛の言葉を聞いて思い出すような仕草をした。
そして、思い当たることがあったのか衛を驚いた表情をして見詰めてきた。
衛は照れているのか頬を掻きながら口を開く。
「いえ。ちゃんと覚えてはないんですけど夢で何度も見たんです。優衣が家に住みはじめてからは何故か見なくなりましたけど…。違ったら恥ずかしいんですけど…言いましたか?」
「確かに言ったわ。約束を守ってくれたのね」
「ええ。けど、結果的にそうなっただけで約束を守ったわけじゃないんです。優衣じゃなかったら俺は…たぶん付き合ってないです。おばさんの子供が優衣だったから…約束が守れました」
「そう…」
「あ、あの~」
衛と亜由美が話してると優衣が申し訳なさそうに会話に入ってきた。
衛と亜由美が優衣に視線を向けると、二人の視線を受けちょっと驚いたようだ。
「なんだよ?」
「あの…さっきから言ってる約束ってなんですか?私にも関係してるようだけど」
「お前が気にすることないよ。もう守られてるんだし」
「気になるんですよ!勝手に変な約束されてても困りますもん!」
「しょうがないな…。じゃあ、耳かせよ」
「…な、なんですか」
「いいから」
優衣は衛の態度を不審に思いながらも約束が気になって衛に耳を寄せた。
それを見て衛はニヤッと意地悪な笑みを浮かべたかと思うと優衣の頬に唇をつけた。
突然のことで栄美と亜由美は驚いた顔をして、優衣は頬を手で押さえ顔を赤くして衛の顔を睨む。
「な、何するんですか!」
「ん?だから、約束はこれなんだよ。ねぇ、おばさん?」
「…え?あ、そうね。間違ってはないわね」
「お母さん!衛先輩とどんな約束したのよ!」
「おばさんは俺にこう言ったんだよ。『もし子供が出来たら仲良くしてくれ』って」
「なら、キスをする必要は無かったじゃないですか!」
「俺がしたかったから。唇じゃなかっただけありがたく思え」
「な!?衛先輩の変態!」
優衣の言葉をきっかけに病室内に笑い声が起こった。
優衣は知らなかった、衛も小さかった…
けれど、確かに約束は果たされた…




