9話
20分ぐらい歩いて衛はある建物の前で立ち止まる。
「ここ」
「ここですか?」
優衣は衛が指差した建物を見上げる。
優衣達の目の前にはマンションが立っている。
優衣が呆然と見上げていると衛はエントランスに向かって歩き出している。
急いで優衣も衛の後を追う。
このマンションはオートロックのようで、衛は手馴れた様子で部屋の番号を入れる。
『はい?』
「あ、俺」
『俺という知り合いはいない』
それだけ言うと『ガチャ』という音がエントランスに響いた。
…知り合いではないのだろうか
優衣が衛のほうを向くと肩を震わせていた。
そして同じ部屋番号を入れる。
『はい?』
「おい!テメェ、分かってるんだろうが!」
『怒鳴るような人を入れるつもりはない』
また『ガチャ』という音が響く。
さっきよりも早いスピードで部屋番号を入れる。
『はい?』
「衛だけど」
『初めからそう言え。今開ける』
そういうとドアが開いた。
衛と優衣はドアを通り抜けエレベータに乗る。
エレベータの中で優衣は衛に話しかける。
「あの…」
「なに?」
「どういう知り合いなんですか?」
「会ったら分かる」
衛が言うのと同時にエレベータが目的の階に止まった。
そして、部屋の前に来ると衛はインターホンを鳴らす。
『開いてるから勝手に入って』
「了解」
衛がドアに手をかけると言葉通り鍵はかかってなかった。
衛はドアを開けドカドカと音を立てて廊下を歩く。
優衣はそのあとを静かに追う。
「うぃ~す」
「おじゃまします…」
「何しに来た?」
衛と優衣が挨拶をするとソファに座って膝に子供を乗せている茶髪の人がいた。
どこか見覚えがある人だけど優衣は思い出せなかった。
優衣が考えていると衛はいつのまにかその人の隣に腰を降ろしていた。
「ずいぶんな言い草だな」
「あ?あげてやっただけでも感謝しろ。…その子は?」
「あぁ。お前見覚えないか?」
「…あ!あのときの!」
「深夜?知り合い?」
深夜と言われた男が声をあげると優衣は気づかなかったが女の人がコーヒーを持ってこちらに歩いてきた。
深夜はその女性に顔を向けて口を開く。
「ほら、少し前に衛の知り合いに会ったって言っただろ?」
「あ、あの公園の?」
「そうそう。衛、どういう関係なんだ?」
「従兄妹だよ」
衛が言うと優衣は頭を下げて口を開く。
「伊藤優衣です!この間はありがとうございました」
「気にしなくていいって。俺は衛の幼馴染で山上深夜」
「はじめまして。深夜の…彼女の山下柚子葉です。こっちは私の弟の秀太」
「やましたしゅうたです!」
深夜の膝の上に乗っていた子供が頭を下げてきた。
優衣はもう一度頭を下げる。
深夜は衛に問いかけるように話しかける。
「…あれ?お前従兄妹いたっけ?確か小さい頃従兄妹がいないから羨ましいとか言ってたきがするんだが」
「実はな…」
衛は簡潔に事情を深夜と柚子葉に説明した。
その間衛の隣に居心地が悪そうに座っているだけだった。
全てを説明すると深夜は『へぇ~』と感嘆の声をあげた。
「なるほどねぇ~。で、今日は何の用事なんだ?」
「勉強教えてくれ!」
「…お前に?」
「今度順位が下がると小遣いカットなんだよ~。なぁ、頼むよぉ」
「情けない声出すなよ。まぁ、俺も受験勉強あるしそのついでならいいけど。国語とかはそっちの教科書を知らないから教えれないけど数学とかなら、な」
「助かる!」
「で、そっちの子はいいのか?」
「あ、ちょっと詰まってるところがあって…」
「どこ?」
優衣は教科書を取り出して問題のところを指差す。
深夜は一つ頷いて近くにおいてあったノートに答えを記す。
「ん~と、多分ここで公式が違ったみたいだな」
「えっと…あ!」
「まぁ、これは確かに難しいから仕方無いと思うけどね。じゃあ、勉強するか。柚子はこの子の勉強を見てあげて」
「え?私が?」
「そ。人に教えるっていうのはいい勉強になるから。自分で理解出来てないと教えれないし、基礎をもう一度学ぶのはいいことだし。もし何かあったら俺に聞いて」
「う、うん。分かった。じゃあ、優衣ちゃん。よろしくお願いします」
「は、はい。お願いします」
「衛…みっちりいくからな」
「う…頼む」
それから深夜宅での勉強会が始まった。
勉強を始めて数時間がたった。
衛は頭を抱えて教科書とにらめっこをしている。
その横で自分の分は終わらせた深夜が柚子葉の弟の秀太を膝に抱えて面倒を見ている。
優衣と柚子葉の二人は静かに黙々と手を進めている。
時々優衣が柚子葉に申し訳なさそうに聞くがそれ以外は順調だ。
衛はとうとう手を上げて深夜に声をかける。
「だぁ~!深夜、教えてくれ!」
「今度はどれ?」
「これなんだけど」
「…おい、これ高二で習う範囲じゃないか。お前よく進級できたな」
「そりゃ学校の先生と仲良いから」
「実力で進級しろ!ったく、いいかぁ?これはだな…」
深夜が衛のノートにペンを走らせる。
衛はその横で何度か頷いている。
だが、一度で理解できるわけでもなく深夜は何度も同じ説明を繰り替えす。
そして、何度か説明すると衛は笑みを浮かべる。
「なるほど!分かった」
「…分かってくれてなによりだよ」
衛とは対象に深夜は疲れ果てた様子だ。
すると、秀太が深夜に声をかける。
「しんやおにいちゃん、おなかすいた」
「え?あぁ、もう昼か。あ、この人数の材料あったっけな…」
深夜は立ち上がって冷蔵庫のあるほうに向かう。
その後姿を見送って柚子葉は優衣に声をかける。
「じゃあ、休憩しようか」
「は、はい」
「深夜、材料足りる?」
柚子葉も立ち上がって深夜のほうに歩き出す。
衛はすでに机に突っ伏している。
「あぁ~、頭がパンクしそう…」
「でも、すごいですね」
「ん~?」
「山上さんって頭いいんですね」
「あぁ、あいつには昔からよく勉強を教えてもらってたんだ」
衛は嬉しそうに笑みを浮かべる。
二人で話していると柚子葉がこちらに戻ってきた。
そして、上着を手に取ると二人に声をかける。
「私ちょっと買出しに行ってくるね」
「一人で?」
「うん。深夜は今ある材料で出来る料理を先に作るって」
「なら俺も行くよ。荷物もちに」
「え?」
「衛、お前無駄遣いしたらもう勉強教えないからな」
二人の会話を聞いていた深夜が財布を手にこちらに歩み寄ってくる。
そして、一万円札を柚子葉に渡す。
「分かってるって。じゃあ、山下。行くぞ」
「あ、うん。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。鍵は開けとくから勝手に入ってきて」
深夜の言葉に頷いて柚子葉と衛は部屋を出て行った。
残された優衣は深夜に声をかける。
「あ、あの…」
「ん?どうかした?」
「いいんですか?」
「なにが?」
「衛先輩と柚子葉さんを一緒に行かせて」
「何?二人が心配?」
「い、いえ!ただ…」
「大丈夫だよ」
「え?」
「あの二人が男女の関係になることはないから。衛の中での柚子は恐らく友人とかと違う場所にあると思う。でも、それは恋愛に関してじゃない。柚子は衛にとって恩人だから特別に扱ってるんだと思う。ま、俺の彼女ってこともあるけど」
「恩人、ですか?」
「そう。俺と衛にとって柚子は恩人なんだ。詳しくは衛に聞いて。俺のことは気にするなって伝えてね」
優衣は深夜の言葉に頷いた。
深夜は笑みを浮かべ、そして思い出したように優衣に話しかける。
「それと…多分君も柚子とは違うけど衛は特別だと思ってる」
「従兄妹だからじゃないですか?」
「それもあると思うけど衛があれだけ自分を見せるのは珍しいんだ。多分家ではちょっかいかけてくるだろ?」
「…そういうときもありますけど」
「暮らし始めた最初はどうだった?今の衛からすると他人行儀に感じるんじゃないか?」
「そうですね…。今考えるとそう感じます」
「それだけあいつの中で君は特別になったって事。ま、俺にとって柚子がそうであるように衛にとって君がそうなって欲しいと思うけど」
最後のほうは独り言のように深夜は呟いた。
優衣は聞き取れなかったので聞き直した。
「すいません、もう一度いいですか?」
「なんでもない。じゃあ、俺昼の準備するから悪いけど秀太の相手してくれ」
「は、はい」
深夜はそういうと秀太に少し声をかけキッチンに向かった。
優衣がその後姿を見送ると足元に秀太が引っ付いてきた。
「おねえちゃん、あそぼ?」
「えっと、秀太君だよね?」
「うん!こっちきて!」
リビングで秀太と優衣が遊んでるのを見て深夜は笑みを浮かべた。
そして、今自分の彼女と買出しに出ている幼馴染を頭に浮かべる。
「さて、あいつはどう動くかな…」
その笑みはいつのまにか衛に向けた意地悪な笑みに変わっていた。




