PROLOGUE
「まーくん、いい子ね」
女の人の声が聞こえる。
この女の人、誰だ…
顔がよく見えない。
「もしおばちゃんに子供ができたらまーくんも仲良くしてやってね。約束ね」
・・・・
ピピピピピピピピ…
電子音が部屋に鳴り響く。
ベッドから手を伸びて時計を止めて時間を確認する。
…7時45分
ここから学校までは歩いて30分。朝礼は8時15分から
「あ~、やっべ遅刻だ」
とはいいつつ急がずゆっくりと若い男はベッドから抜け出し着替え始める。
この男は加藤衛。高校三年生だ。
衛は着替えながら朝見た夢を思い出していた。
「久しぶりに見たな、あの夢」
あの夢を見始めたのは小学生の頃からだった。
いや、それは衛が覚えている範囲でもしかしたらもっと小さい頃から見ていたのかもしれない。
夢には必ず女の人が出てくる。けど、衛はその人の顔を見たことはない。
絶対にモヤがかかって見れないのだ。
あれは衛に対して話しかけているのかさえはっきりとしない。
衛はいままで誰にも『まーくん』なんて呼ばれたこともない。
でもあれだけ何度も見れば自分にむけて話しかけてくるとしか言いようがない。
ボーっと考え事をしながら着替えていたらすでに時間は8時を回っていた。
「うわ!?やっべ!」
衛はすぐにカバンを手にとって階段を駆け下りた。
「いってきます!」
「衛、あんた朝ごはんは?」
「食う時間ないから今日はいい」
「そう…。あ、あんた今日早く帰ってきなさい」
「何で?」
「いいから。学校終わったらすぐに帰ってきなさい。いいわね?」
「…分かった。あ、俺遅刻するから行ってくる」
衛はそれだけ言うと玄関を飛び出した。
そして、家の駐車場に置いてある自転車に乗った。
普段は乗らないが今日みたいに遅刻しそうなときは乗ることにしてある。
衛は立ちこぎでペダルをこいだ。
このとき、すでに衛の頭の中からは夢のことは抜けていた。